私はそもそも 自分の体が
自分だとは思っていない
あくまで 心が自分であって
この体は 今回を生きるために
今回の人生を生きるために
借りているに すぎない
自分のものではなく
単なる レンタル品である
だから当然 今回の人生が終われば
それはお返しする
それこそ 何度も話しているように
宇宙服や モビルスーツ 衣装 や
着ぐるみと同じである
だからそれが自分ではない
だからそれを 脱いだとしても
それから 自分が離れたとしても
特に問題はない
けれどなかなか
そういった 心の感覚
目に見えない事柄というのは
分かりづらい
今の常識 とも
ずれたものになってしまっている
けれど私が学んだ
ブッダや イエス からすれば
これが むしろ 当たり前であって
なぜ自分の 肉体に執着するのか
死んだ後も その残った自分の体の一部を
自分だと思い続けるのか
ましてや 周りの人間が
それをずっと自分だと思って
供養し続けるのか
それはむしろ 非常識である
だから 墓を作る必要が そもそもない
骨が自分なのではなくて
目に見えていない心こそ
永遠不滅の自分だということ
だから究極 人間は死なない
ひたすらに この世と あの世を
行き来して心を学んでいく
成長させていく
そんな存在であると言われて
どれだけの人が
それを納得してくれるだろうか
その可能性が
あるかもしれない、、と
良い意味で 疑ってくれるだろうか🍀🐈