私はその感覚は
とても不思議に感じる
究極それは同じになる
誰かに何かをするのと
自分に何かをするということは
それができないというのは
自分と他者の境界線が
まだはっきり あるのではないか
もしくは自我というものが
まだそれだけ強く残っている
そういうものを感じる
自分と相手を
まだそれだけはっきりと
分けてしまっているものが 邪魔をしている
だからそういう現象になってしまう
相手のことは見えるのに
自分のことが見えない
他の人たちの色んな悩みは
解決に導くことができるのに
自分の悩みが解決に導けないとしたら
そういうことだと思う
そこは 本来、究極、
同じになるはずなのに
まだそこには
至かれていない という事