私が学校の先生だったら 絶対に授業で教えたいことの一つに
どんな時代になろうと生き抜くのに必要なもの それを教えると思う
時代というのはどうなるかわからない
そして時代が悪化してから もうすでに
軽く何十年も経っている
悪化の一歩をたどっているということ
それがいきなり良い方に変わるかといえば
それは何とも言えない
最悪少しずつこのペースで悪くなっていく
そういう時代だったとしても
おかしくはない
だとしたら、それでも今の若い連中が
生きていけるように 生き延びるられるように
教師にしても親にしても教えなくてはいけないのではないだろうか
世界中の富を、ごく一部の人間が握ってしまっている
それを貧しいものに分け分けすることが
できれば、この世界は一瞬にして天国のような幸せな世界になることが可能だ
そんな話があった
しかし アホみたいに金を持ってる連中は
決してそんなことはしないだろう
そんな磨かれた心の人間であるのならば
世界のどこかで既に変化が起きている
それに連動して何かが目に見えて
起きているのではないだろうか
しかし実際にはそれは起きていない
貧しい者が、もしくは裕福でないものが
そういったことをする
それは一つの使命を持って生まれてきているから、それを当たり前のようにする
そういうことは世界中に起きているのではないだろうか
しかし 金が有り余ってる連中が
私腹を肥やすということは続けていても
それを本当に世のため人のために使う
生きた金として使うという話は
ほとんど聞いたことがない
どうしても人は自分の欲に負けてしまう
一生かかっても使い切れないような金を
大事に抱え込んでしまう
それを自分の子供たちに受け継がせようとするのだろうか 自分があの世に持っていけないというのは分かっているらしい
まだそこまでしか分からない
心の段階だということ
だからこそ、こんな時代になってしまっている しかしこの時代に生まれてきたからには
若い連中には、ちゃんと生き抜いてほしいと
思う
10代や20代で人生に絶望して
自ら命を絶ってしまう
早々とこの世界を去ってしまうというのは
実に悲しいことだ
教師にしても親にしても
それは何よりも避けなくてはいけない
自分の子供にしても、
自分の知り合いにしても
そんなふうに間違った選択をさせてはいけない
そういう意味で親にしても
教師にしても 特に大切なそういった事柄を
子供にちゃんと伝えておかなくてはいけない
だろう
親にしても教師にしても
自分が生きてるので精一杯
そういう場合もあるだろう
だったら それを子供とシェアすればいい
大人ですら、
生きるのが難しい時代だということ
だからといって
無条件降伏しようというわけではない
難しい時代だけど、それでも我々は生きなくてはいけない
それでも生きていけるだけのものがある
それを超えていけるだけのものが
あるから、我々はこの時代に生まれてきているということ
なぜ学校でちゃんと、
心の授業をやらないのか
人生の授業をやらないかと 私は思ってしまう
お呼びが来れば
私は日本全国でも、世界中でも回って
こんな話をしてみたいと思う
今の時代において、
とっても大事なことなのに
それが基本的に学校で教えられてるようには
思えない
子供達の現状や、親の現状を見た時に
とてもじゃないが、
そんなものを知っている、
心で分かっている
それが日常生活に、ちゃんと活かされている
そんな風には全く思えないのである
だからこそ、私はこんなことを
日々書き続けているのだと思う
わずかな可能性であったとしても
それが誰かの心に届く、
そしてそれが誰かから誰かへと広がっていく
初めは小さなものだったとしても
それが本当に正しいエネルギーであるのならば
それはいずれ必ず広がっていくだろう
今の時代において、とっても大切なもの
時代が必要としている、
人々が必要としているものだから
時代に合ってるという意味では
間違いないだろう
ただ間違った常識だったり
くだらない人間の悪意によって
それが阻まれてしまっている
ピカソではないけれど
私が死んで何十年かたって
私のこれが本になるのかもしれない
それは一つの笑い話だ
問題なのは私が評価されることではない
大切なものが、
ちゃんと必要な人に 届くかどうかの問題だ