自分の心が落ち着いて 親というものの存在を
少し考えられるようになってきたとしたら
こんな話も いいかもしれません
肉体的に見れば 親というのは子供よりも
年上になっています
しかし お話ししたように心の年齢という
意味では 、まったく話は 違ってきます
心の年齢というのは 肉体が生まれた時に
0歳とか、一才 というものではありません
心の年齢という意味では
人それぞれ十人十色にできています
人によって過去の記憶があったり
それらをはっきり思い出せる人もあれば
微妙に思い出せるような人もいる
そんなものはないと 言い切る人もいる
ひとつわかりやすいのは
自分にとっての 運命の仲間や友達と出会うこと
その人達とは不思議なほどに
心の距離が 簡単に縮まっていきます
まるで昔から知ってるような感じで
お互いに安心感を感じます
あれが一つの 証明になります
普通に初めて会った人の場合は
自分が子供でしたら無邪気に仲良くなることが可能です
それは心と心そのもので、
基本的には溶け合うから、ぶつかり合うから
今の子供たちは頭で考えてしまう
心を変に警戒してしまうというのがありますから、昔の子供達のように
そういうのがうまく できないかもしれません
どこか大人達のそれのように
ちょっと警戒感があったり頭であれこれ
計算しながら、相手との距離を測ってしまう
それは難しくさせてしまう時があります
しかし自分の運命の仲間達との出会いというのは、その辺をすでに飛び越えたものがあります
最初のうちこそ 短い期間そういうものがあるかもしれませんが
しかし どこかお互いの心が、
自然に引き合うというのが起こります
理由は分からないけど、
安心感があったり、知っている感じがあったり大丈夫だという風に感じられたり
相手に明らかにいいものを感じる
相手と一緒にいる時間が
明らかに自分にとってプラスなものに
感じられる
相手の言動が自分にとって
とても良い影響を与えてくれるなどなど
プラスのエネルギーの要素が
とても多かったり大きかったりします
そういう意味で自分にとって
特別な存在というのになります
そしてその相手が本物だった場合
自分に多少の欠点があったとしても
簡単に縁が切れるということはありません
運命の赤い糸ではありませんが
赤ではない何色かの糸がついてる可能性が
とても高いからです
だからこそ、お互いにちょっとやそっとの
欠点があったとしても
相手を怒らせるようなことをしてしまった
としても、簡単に縁が切れるということは
ありません
それはそれだけの糸が
最初から繋がっているからです
運命の糸が繋がっているからといって
それはこの世的な肉体的な、
常識的な条件には縛られていません
だから相手が外国人である可能性もあれば
異性である可能性
年齢が大きく離れている可能性
既にこの世を去っていて
間接的に自分と繋がる可能性
そして人生で一度しか出会えなかったり
もしくはちゃんと同じ時代を生きてるけれど
一度も会えずに終わってしまう
そういった可能性もあります
それは運命の糸の色が、
実に様々な色があるということです
だから出会いや、出会う回数にしても
二人が存在してる その距離にしても
様々で条件が違うのも
そういった理由があるからです
しかしそういった特別な相手というのは
目に見える そういった条件には、常識というのは簡単に飛び越えていますから
ちゃんと 心と心で相手と関わることが
できるようになれば
全く気にはならなくなります
それらの条件というのが
実は大したことがない
本当に心と心で相手と話をする
関わることができるとしたら
実に小さな問題になってしまうからです
ただ相手が同じ時代にいるということ
自分が心と心で相手と関われること
相手と自分の心が一つになること
その圧倒的な幸せだったり
安心感だったり
プラスの影響だったりが
あまりにも大きいということです
目に見えることや
常識を圧倒的に上回るほど大きいのです
だからこそ 相手の歳がどうとか
性別がどうとか、住んでいる場所
そういった一般的なこと、常識的なことは
簡単に消し飛んでしまいます