何年振りかで、また見たくなった
通算 三回か、四回目だろうか
初めて見た時の印象が とても強烈だった
その頃は、私も まだ若かったり、刀や侍
悪を斬る、などへの興味が強かった。
昨日 見た時には、やはり感じるものが違っていて、味方が斬られ命を落としていくのは
辛いけど、敵たちが斬られ命を落としていくのも、どこか淋しい 悲しい事だなあと感じられた
稲垣吾郎さんの 悪役ぶりが なかなか腹が立つ
しかし それも今回 見た時には、
彼が そんな非情で、人でなし、ろくでなしな
バカ殿になるまでには、やはり それだけの
環境、状況、周りの人たちの存在、
本人の意志や選択が必ず関係しているはずで
そう考えると、一人の気の毒な人、
大きな間違いをしてしまった人生、と
見えて、以前とは 随分 違う印象と感慨だった
そして、時代劇と現代も さして変わっていないように感じた
明らかに、上の者が間違っていても
それを黙認して、自分や相手を守る
悪い事と 百も承知だから、当然 自分の中に葛藤があり、大きく悩み 苦しむ
侍は それでも、殿に忠義を尽くすのが道
そのために斬るし、斬られるし、腹も切る
そこには何か、侍としての満足、達成感がある
だから、映画の中のみんなは、どこか満足そうに見える
自分で その戦いに参加する事を選ぶ、
そもそも生きては帰って来れない戦い。
死に場所を求めている人、武士としての志を貫きたい人、世のため みんなの為に どうしようもない悪人を退治しようとする者、
敵同士には なっても それでも この人は!
とお互いに認め合っている好敵手。
個人的な自己満足も少なくないだろう、
その戦いの後始末をする人たちは さぞ大変だろう
それでも、その戦いによって、不幸になる人
悲しい思いをする人、命を失う人が
これからは減らせるとしたら
最善手ではなかったとしても、
最悪の選択でもないのだろう
しかし、斬り合いにしても、現代的な戦いにしても、やはり 結局は同じ事かもしれない
最善手には なり得ない
必要悪や、やむを得ない、などと同じように
う~ん、と悩みながら、苦しみながら
選ぶ手であって、どこか最初から
絶対 正しい訳ではない、と みんな分かったいる事
昔の時代劇を あの時代は、ああするしかなかった
というように、後の時代の人たちから見たら
我々の時代もまた同じように、
あの頃の人たちには、あれば普通で
ああいう 善悪の基準が世界の常識だった
と、きっと そんな古い時代ゆえの感覚に
思ってもらえるのだろうと思う
それは、人が先の時代になればなるほど
一応にも、心や人間性の成長を続けているという事
それはそれで、何か ホッとできる😊