前回は、27歳くらいまでの話であったが、28歳くらいに異動で離島署勤務となり、留置場と警備警察、要人警護(SP)などを経験した。
30歳くらいのころ、警察本部に異動となったが、その頃には個人的に違和感を感じていた。
元々、警察官になった理由が、叔父さんが、米軍で働いていて、軍人や官職にかっこいいなと感じていた。
高校3年生の頃、最初に海上保安官を目指し受験したが不合格で、次に受けた警察官は合格となった。
警察官のイメージは、交番で書類を書き、たまに、住宅をパトロールして、お年寄りにの話を聞いたりする穏やかな印象だった。
今のように、テレビで警察特集の番組などがやっていなかった時代、踊る大捜査線以前の話である。
また、警察は航空機(ヘリ)を持っており、整備士にもあこがれていた。

※ 警察署勤務になって知ったが、整備士は警察官では無いとのこと。
 未成年ゆえに、よく調べもしなかったせいである。

それでも、何年かやってるうちに、それなりに楽しく、充実したものがあったし、同僚もよい人物が多かった。昇任もした。
しかし、離島時代、自分は警察官に向いていないと感じることがあった。
勤務終了時間前、事件が発生し、私は、帰宅できなくなったとがっかりしたが、同僚の刑事は、目を輝かせて、捜査車両で現場に急行した。
まるで獲物を見つけたハンターの様に。 
その時に、警察官の才能とは何かを気づかされたと同時に、このまま定年までやっていけるのか考えさせられた。 
そんなモヤモヤを持ちながら、警察本部でソリの合わない上司のもと、定年まで何度も理不尽なことを言われ続けなければならないかと思うと、一生後悔すると思い退職を決意した。
31歳くらい、転職を決意するのには、きわどい年齢であった。
 
退職後の転職先と選んだのは、保育園の調理師である。
1人暮らしが長いおかげで自炊するなど料理が好きで、一流のシェフがかっこいいなと感じていたし、彼女ができたら、かっこよく作って自慢したかったのもある。
 しかし、所詮は素人、最初の数年は下積みに苦労したが、調理師免許も取得し、厨房を任されるまでになった。
そして、現在も調理師として働いている。
そして、4月からパートタイムの平調理師として、働くことを選択した。
タイトルの理由に話しを戻すと、面白そうなタイトルのほうがブログにしたら、読んでもらえそうだから、である。
ここまで長々と読ませてしまって、申し訳ありません。しかし、正確に言うと
   
元スナイパー・ 対銃器部隊・爆発物処理隊・核、生物科学兵器隊・留置管理・警備・要人警護(SP)、で現調理師兼業主夫である。
就職の履歴書に書いたら危ない人扱い。        変人扱いか?