世の中の連休とは無関係なので、今週もいつもと変わらない一週間だった。だが一日だけ、思いたって上野の東京都美術館へと出かけた。以前から気にかかっていたアンドリュー・ワイエス展が4月28日から開催されていたのだ。前回渋谷で開催されたときに比べ、テンペラ画も習作の水彩画や鉛筆デッサンなども豊富で、とても楽しめた。

 ワイエスは父も息子も画家で、とりわけ挿絵画家だった父の影響を受けて、若いころから写真のようなスーパー・リアリズムの画風で、古き良きアメリカの田舎風景を描き出している。

 私が最初に観たワイエスの絵もアメリカの田舎風景で、尻が直角の牛やら、いつ車が通るかもわからない道端で、多分茹でた栗を売るために佇んでいる青年を、ち密な筆致で描いたりしていた。とりわけワイエス夫人が一週間分まとめて洗濯した後の風景など、アルミか何かのバケツが余りにもくっきりと鮮やかに描き出されてあって、感心したり呆れたりした印象が強い。ピカソは3度画風を変えたけれど、ワイエスはスーパー・リアリズムが流行る前も後もこの画風にいた。

 今回は「灯台」という画題の上の絵と「クリスティーナ・オルソン」という、乾燥顔料に水と卵を混ぜたテンペラ画がメインになっているようだ。とりわけオルソン家の人や建物が多く、縁もゆかりもないのに何故か懐かしい感じが込みあがってくる。そしてこのクリスティーナはあのNY近美の階段の上に飾られてあった、後ろ姿の彼女だ。若いころからCMT(筋萎縮症)という物語を背負った彼女の横顔・・。

 

 習作のデッサンなど観ていると、挿絵画家だった父の影響か物語の試行錯誤が感じられる。前回の時は「決闘」という画題で、海辺の大岩だけが描き出されてあった。その習作に折れた小船の櫂などが試されてあって、あの大岩のあった場所でよんどころない決闘があったのだろうと、感じさせられた。つまりストーリーを展開させた推敲の果てが、テンペラの完成画に昇華されているのだ。この「灯台」の犬には、どんな物語があるのだろう。そういえば、襟を立てたPコートの青年が、灯台の螺旋階段を登っていく後ろ姿の絵もあって、あれもよかった。

 そしてテンペラの完成品はなかったけれど、デッサンの中に「海からの風」の習作があって、古いレースのカーテンが揺れている構図がありありと浮かんだ。大昔、とても気に入っていたあの絵たちを、是非もう一度観たいと思う。

 

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