おかめと弁慶、しまとほまれのこと | その日暮らしのこっことうさぎ

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無常の世に生かされている

 

「繋いだままの犬2頭~~~飼い主さんの元に帰ることができました」までが弁慶とおかめのこと。
 
 

2024年4月19日(金)晴れ時々曇り   気温20℃

 

一昨日の夜(愛媛、高知で地震があった晩)は寝たのが日が変って

2時過ぎでした。

昨日は身体が怠くて特に何かをするという気力もありませんでした。

眠られなくても横になっているだけでも身体の負担は違うものだと思いました。

何をしてたかというと

ここに越して来た頃にバーニーズが我が家のところを散歩をしていて

別な日に大熊町アラスカンマラミュートで検索したら

載ってたというのを思い出して探していました。

もう古い記事なので削除されたようです。

当時見た保護団体の写真はおかめと弁慶

首輪はしていませんでした。

ご近所さんが帰った時には2匹ともつながっていたとのことでした。

餌も置いてきたと言っていました。

投降日はご近所さんが一時帰宅した直後(日)くらいでした。

t私たちも日を開けず4月14日におかめや弁慶、しまとほまれの保護に

大熊の家に行っています。

弁慶はリードに繋がったままの首輪があるだけ、おかめはリードから離れていました。

ネットに載っていた写真は

おかめは近寄って来ないの文字と写真

弁慶は車の後を追いかけてくるという文字が入っていましたが

どう見ても車の中から撮った写真ではありませんでした。

どこの保護団体だったかは覚えていません。

 

おかめとしま、ほまれは保護団体に託して

(一時預かりよりも里親に出した方がしあわせになれる。との言葉に

どこかで生きてさえいてくれたらと泣く泣く別れました)

弁慶はいなかったのでもしかしたら保護団体の人たちが

見てくれるかもしれないと書置きを残して家を後にして

しばらく経った日にいわき市内で保護されているとの一報が入り

会津からいわき市の保護されているところまで行き

弁慶に会うことができました。

弁慶は鳴いてばかりで持参したおやつも水も飲みません。

保護団体は大熊の自宅におかめと弁慶を見てはいたけれどきっと飼い主さんが

迎えに来てくれると思いって保護はしなかったとのことで

実際に弁慶を保護したのは家から2㌔ちょっと離れた大野駅近くの新聞屋さんの前。

何匹かの犬たちといたらしいです。

 

保護団体の1人(たぶんいわき市内の人だったのかな?)

もしも飼い主さんが現れなかったら自分で飼おうと思っていたと言っていました。

 

いわき市内に住んでいる姉の家に連れ帰り、義兄がブルーシートで

簡易的なお家🏡を作ってくれて

雨も降ってきて小屋に入って寝ている弁慶には黙って会津に戻りました😢

おかめは一足先に伊豆のお山に行っていました。

弁慶が搬送ボランティアさんの車で伊豆に行った日

トライアルに出されていたおかめは和犬で神経質なところがあってか

トライアル先の奥さまとの相性が良くなく

連れ帰るところで弁慶と合流したとのことで聞いています。

ふたりとも喜ばなかったと😅

弁慶が伊豆に行って直ぐに長期預かりでという言葉をかけていただき

申し訳ないと思いながらもお願いしました。

7ヶ月後の11月になってようやくおかめと弁慶を迎えに行きました。

外に出ていたおかめは車の音を覚えていたのか

車の方に向かってじっと待っていました。

やっとやっと会えました。

しまとほまれは別な日に川崎市まで迎えに行ってきました。

 

 

保護団体とは言えど依頼なくして勝ってに人んちの犬を連れて行くというような

言葉も耳にしました。

保護してくれていたとは思いますが、探しても見つからないと

そういう気持ちにもなってしまったかとも思います汗うさぎ

弁慶も私たちが行かなかったら滋賀県に連れて行くと言っていました。

小さなケージに大きな身体を押し込められている感じでしたぐすん

保護犬たちは余裕のあるケージでは多くの犬を保護できないですものね。

私たちがお願いしている保護団体と連絡を取る暇もなく

保護している犬が多いので連れ帰ってくださいと言われて

姉の家に預かってもらうことにしました。

でもおかげさまでおかめ、弁慶、しま、ほまれと一緒にくらし

見送ってあげることができました。

 

飼い主の中には探しもしない人も多くいたと思いますし

探しても見つからない人もいたと思います。

 

保護に入っている方の中には良い犬ばかりを保護?している方もいたとか、、、

保護に入ったついでに泥棒して行く方もいたのだとか?

鍵は閉めてても地震の縦揺れ横揺れで開いてしまったし

避難した後の地震も大きかったと思うので。