2025年10月17日(金)の朝、僕は仕事に行くためにいつも通り朝6時頃には目が覚めた。

しかし、ベッドから起き上がろうとしても体が拒否をしているのか、起き上がることができず、

それどころか、寝た状態のまま目から涙が溢れ出してくる…

 

あれから今日で4か月になるが、僕はあの朝を生涯忘れることはないだろう。

「仕事に行きたくない。」と妻に涙ながらに話し、異常を察した妻は事情を深く追及するまでもなく了承してくれた。

妻のこういったあっさりとした性格にはいつも僕は助けられている。

 

その後、僕は自分が何をすべきなのかを知っていたかのような自然な所作で、会社の上司に体調不良で休む旨を連絡し、入社以来親切にして下さった人事部の方に概況を伝え、近所の心療内科を探しだし、予約をした上で同日の16時半からの心療を受け、うつ病と診断された。

先生は厳格さと知性を併せ持つ印象だったが、とても良い先生で安心した。

精神科の分野では一定の知名度を誇る先生のようだった。

(これは病院の受付に置いてあった機関紙を通して後から知った。)

 

この日から僕はうつ病で会社を休むことになった。

厳密に述べると、私傷病休暇扱いでの休みということになった。

そして、向精神薬や睡眠薬をもらってうつ病患者として自宅での休養と週1回のカウンセリングを実施することになった。

 

すべてが初めてのことだった。

まさか自分が。と思ってとても落ち込んだが、安心した気持ちも同居していた。

 

僕は会社を休みたかったんだと思う。

いや、もっと言ってしまうと会社に行きたくなかったんだと思う。

それも今だから言えるが、長い間ずっとそう思っていたんだと思う。

 

どうしてそう思ったのかは後記に譲るとして、とにかく今日で休んでまるまる4か月となった。

僕はこの期間うつ病であったので、心が沈み込んでしまう時や仕事を休んでいることによる焦りを感じる瞬間も多かったが、総括して「良い時間」であったと振り返ることができる。

 

なぜなら、休むことによってやる事がなくなる。

色々な事柄についてゆっくりと考えたり、向き合ったりすることができるようになるのだ。

自身のことについて、妻のことについて、愛犬や愛鳥について、将来の夢、好きなこと、嫌いなこと、仕事観、人生観、幸せについてなど。

ゆっくりと時間をかけてそれぞれの考えを育むことができ、自分という人間として芯が醸成されたと考えている。

とても幸せで贅沢な「良い時間」の使い方をうつ病のおかげでできたと感じる。

 

僕はまだこの「良い時間」の中途であり、なかなか縁遠く、社会復帰することができていない状況であるが、

この期間中に考えた事を文章として残したいと思う。

同じような境遇の方や、その方を支えている方に少しでも役に立てばと思う。

 

そして僕の大切な家族に感謝の気持ちを伝えたいと思う。