no.13 夏
気づいたらもう8月に入っていた。7月の半ばくらいにとても暑い日が一週間くらい続き、本格的な夏がやってきたらどうなるのだろうと心配したが、結局その後気温は20度前後で安定し、8月だというのに長袖を着て、時にはコートまで着ている毎日である。ある人が
イギリスの夏は終わった…
と寂しいことを言っていた。最初はまさかと思ったのだが、どうやら本当になりそうな気配である。しかし、「8月=暑い」という固定観念のある私にはやはり、信じがたいことである。暑いと
はやく涼しくなってほしい
と不満を言うくせに、夏が短いとなんだか寂しいものである。
8月に入り、6日が近づくと「今年もこの日が来たんだなあ。」と毎年思う。今年は戦後60年ということで日本ではどういうふうに取り扱われるのだろうかと最近考えている。イギリスでもBBCで広島の原爆のテレビ番組があるらしい。予告編が流れていた。どんな風に描かれるのだろうか。
7月の初めに近く(と言っても徒歩45分くらいかかったのだが…)の大きな公園で、「花火とオーケストラの祭典」とでも表現できそうな催し物があったので友人と共に好奇心で行ってみた。この催しは午後2時から11時までの長時間あり、バンドやコーラスや歌などの様々なショーがあり、午後9時くらいからクライマックスのオーケストラと花火が行われるようになっていた。さすがに、2時から行くのは大変なので夕方に待ち合わせて行った。
会場に着くと広大な公園の広場いっぱいにたくさんの人が集まっていた。それぞれが小さなイスや敷物に座りビールを飲んだり、ワインを飲んだりしなが
ら自分たちで持ってきた食べ物を食べ、思い思いに夕べを楽しんでいた。私たちも苦労をしてやっと自分たちが座れそうな空間を発見し新聞紙を敷いて座り、
持ってきたサンドイッチなどを食べながらステージで行われていたショーを楽しんだ。
最初は単なるお祭りだと思って参加したのだが、今年は戦後60年ということで違う意味合いも含まれている催しものだった。ショーとショーの合間の休憩時間には戦時中のビデオが流されたり、数日前に行われた慰霊祭の映像が流されたりし、会場の観客をよくよく見てみるとイギリス国旗を持った人たちがたくさんおり、そして年輩の観客も多くいた。中には正装をした年輩の夫婦の姿もあった。そして思った。
そうか。ここでは戦後60周年のアニバーサリーなのだ。
と。確かに慰霊の意味合いもあるのだろうが、日本のそれとは全く違うように感じられた。オーケストラの演奏で歌手が軍歌らしきものを歌うと、観客たちはイギリス国旗を誇らしげに振り、一緒になって歌っていた。そこにまったく悲壮感はなくそれよりも自国を誇りに思い愛する気持ちを強く感じた。私はここにいていいのだろうかと少し思ったのである。よくよく考えて見るとこの国の人は長い歴史の中で「負ける」ということを知らない人たちなのだなと感じた。
最後の花火は、私たちが座った場所が前の方だったのもあって火花が飛んでくるのではないかと思われるほど近くに見え、迫力があった。日本のように大きな花火は少なかったのだが、おもしろい形の花火がたくさんあった。
次々にあがる花火を見ながら、同じひとつの出来事も立場が変われば全く違う物になるんだなあとしみじみと感じた。そして、ひとつの側面だけしか見ないということは、結局その出来事をきちんと見ていないということでもあるのだなあと。
とてもいい経験であったと思う。
no.9 明日またね
イギリスに来て嫌いな言葉ができてしまった…
それは
Register レジスター (登録)
である。
この何の変哲もない、そして普段はあまりお目にかからない言葉がなぜ嫌いになったかというと、答えは簡単。registerレジスター に何度となく苦しめられたからである。
事の始まりは単純であった。今通っているコースの初日、新入生たちが一緒に学生証の登録をするという。聞いたところによると、去年あたりから(定かではないが)すべての登録をコンピュータを使ってすることになったとのことだ。が、何度教えられたバスワードを打ってもコンピュータにログインできない。コンピュータデスクの人は
「きっとまだあなたの情報を入れたばかりでコンピュータが認識しないのでしょう。明日まで待ってみて。」
と言った。なんだかよくわからなかったが、ここのネットワークはとても巨大で複雑らしいので、そーゆーこともあるのかなと素直に納得して明日まで待つことにした。しかし、学生の登録ができない=IDカードがもらえない=コンピュータもつなげない ということを意味しており、非常にがっかりした。
次の日、この日遅れてやってきた新入生たちと共に再度レジスターに挑戦。だが、やっぱりログインできない。どーゆーことだろうか。これまでの手続きに不備があったのだろうか。それとも、9月からのコースへの入学が確定していないということなのだろうか。だんだんと不安が広がってくる…。この日、新しく来た新入生の中にもう一人登録ができない学生がおり、2人でコンピュータデスクの窓口に行くことに。
「昨日からコンピュータでの登録ができないのですが…。」
なにやらコンピュータを操作して、こう言った。
「あなたの登録に関しては何の問題もないようです。ネットワークが認識するのに時間がかかるようなので、明日まで待ってみてください。」
昨日も同じことを言われたのになあ。まあ、時間がかかるようだから。待ってみるしかないのかな。
その日はこれで去った。しかし、次の日に再度挑戦してもできない。その次の日も、その次の日も…。
先生方や事務を担当している方々も再三いろいろな部署にあたってみてくれたのだが、答えはいつも一緒…
「明日まで待って。」
一体いつまで待ったらいいの?辛抱強い私でも毎日繰り返されるこの返事にはイライラさせられ、そしてがっかりさせられた。ただ、唯一の救いは先生たちがとても親切にいろいろとあたってみてくれたこと。彼らも相当イライラしているらしく、
「一体どういうことなんだ。ナンセンスだ。僕たちは君の味方だよ。本当にごめんなさいね。」
と言ってくれた。これで、先生たちも「これはイギリスではよくあることなの。」とでも言っていたら、この国に失望してしまっただろう。ちょうどこの頃授業でイギリスに来てこの国のよいところ、悪いところはどこだと感じたかという質問があり、ついこう答えてしまった。
「悪いところはレジスターだ。なぜパスワードを変えてくれるなどの柔軟な対応をしてくれないのか。」
そしたら、先生はこう言った。
「オー。ソーリー。君の言う通りだよ。でも、イギリス全体じゃあないんだよ。」
その時は、本当にそうなのかなあと疑ったが、それが事実だとすれば多少は救われるかな。でも、柔軟さがないところは否定されなかった。このあたりは、昔からの伝統を重んじる、つまり変化を好まないイギリス人の特徴と関係するのかなと思う。それから、この件で苦しんでいたとき、あるイギリス人はこう言っていた。
「イギリス人はとってもpatient(辛抱強い)なのよ。だから、明日まで待ってと言われたら明日まで待ってしまうのよ。」
これは以前書いたquere(列)を作ってじっと待っているイギリス人に通じる話だなあと感じた。そして、その頃私自身よくこう言われた。
「あなたはとってもpatientだわ。」
確かに、日本人は辛抱強いと思う。でも日本だったら大きな問題になってすぐに柔軟な対応をするよなと思ったわけである。
結局一週間が過ぎようかという頃、今勉強しているコースの教務と事務の責任者が登録を管理している部署に乗り込んでくれて、ついに登録ができた。なぜ、私の登録ができなかったかというと、
あなたはすでに登録済みになっている。だから再度登録しようとしてもできなかったのです。学生証が必要であればすぐに発行できます。
との回答であった。いまだに意味不明である。その日のうちに学生証を発行してもらいに行った。学生証はあっけなく発行された。そして、念願のコンピュータの登録を試みた。コンピュータの登録もオンラインで行うようになっている。しかし…またもやエラーがでてしまった。また、コンピュータデスクにお世話にならなければならない。電話でしか対応しないとのことなので、電話をするが留守電でつながらない。そして無情にも5時を過ぎてしまった。
「本日の業務は終了しました。」
散々待たされてこれである。不運にもその日は金曜日。結局翌週まで待つはめになってしまった。不運は不運を呼び込むものである。
その後の話。NHSの登録(病院の登録のようなもの)をしようと、病院の業務時間が5時だという情報を得て、授業後に病院へ。4時50分に着く。NHSの登録をしたいと言うと、
「登録するのに書いてもらう用紙があるし、今日はもう私たちも帰るから明日また来て。」
と言われる。確かに後10分しかないしなと納得し、その日は帰宅。次の日、前日より急いで病院へ。4時30分に到着。しかし、
「あなた来るの遅すぎるわ。明日の9時から11時の間に来なさい。」
授業があるから無理だと言うと、
「じゃあ、2時から4時の間に来なさい。」
と言われた。そして、次の日、この日は授業が少なかったのもあり3時30分に到着。やっと受け付けてもらえた。よっぽどたくさん記入することがあるのだろうと覚悟していたのにあまり書くこともなく、ドクターとの面会もなく。あっけなく終わった。申し込み用紙を提出すると、
「じゃあ、登録しとくわね。」
と軽く言われてしまった。だったらもっと早くしてくれたらいいのにと思ったわけである。それにしても、「明日まで待って」 と何度言われたことか。これからもこの言葉を何度も聞くことになるのであろうか…。
後日談…私が苦労したNHSの登録であるが、ある人は4時30分を過ぎて行っても受け付けてくれたようである。私は単に運がなかっただけなのであろうか…。
no.8 ジェントルマンな車
以前「やっぱりそうなのね」の話を書いたが、今回は「やっぱりそうなのね」と「あら、ちがってたのね」の話。
まずは「あら、ちがってたのね」話
私は固定観念からか単に単純だからなのか外国人は知らない人でも道で誰かに会ったら
「ハーイ!」
と言うものだと思っていた。だから、イギリスに来たばかりの頃は人とすれ違うたび
「ハーイ」とこちらから言うべきか、言わざるべきか。きっと向こうは「ハーイ」と言ってくるぞ。
と緊張したものだ。しかし、一度も通りすがりに知らない人から
「ハーイ」
なんて軽く挨拶をされることはなかった…。
その後知ったのだが、イギリス人が知らない人に自分から話しかけることはほとんどないそうである。イギリスの名物はキューquere (列) だそうだ。例えば、バス停などできちんと列を作って辛抱強く黙って待っている。知らない人同士が話をすることはまずない。「なーんだ」と思った。どおりで「ハーイ」なんて言われないわけだ。しかも、この「ハーイ」はアメリカ英語。イギリス人は朝だったら「グッドモーニング」を使い、昼は「ハロー」とか「グッドアフタヌーン」。しかし現在では「ハーイ」が多く使われるようになっているそうだが。
このことを知ったとき「日本人に似ているな。」と思った。そしたらなんか楽になった。しかし、アラブ圏からやってきた留学生は寂しさを感じたそうだ。彼の国では知らない人にでも話しかけるのが礼儀だそうで、来たばかりの時はバス停などで一生懸命に彼の国の慣習どおり周りの人に話かけていたそうだ。が、誰一人として彼に話しかけて来る人はおらず、非常に寂しい思いをしたということだ。ところ変われば…である。
日本人に似ているといえば、イギリス人もよく「ソーリー」と言っている。
「別にホントにソーリーと思っているわけじゃないの。でも、よく使うのよ。」
とイギリス人の先生は言っていた。日本人が「すみません。」とよく言うのと同じだなと思った。確かに「ちょっと失礼。」と言う時など「エクスキューズ・ミー」 より 「ソーリー」 と言っている。
「外国では絶対に謝ってはいけない。ソーリーなんて言おうものなら大変なことになるぞ!!」
というのが常識であるが、こちらに来て何度も「ソーリー」という言葉を聞いたり、言っている。イギリス人が外国に行ったら大変なことにあってしまうのだろうか?などとくだらないことを考えている。
つぎに「やっぱりそうだったのね」話
イギリス人と言えば、「ジェントルマン」を思い浮かべる人も多いと思う。実際ジェントルマンだなと思うことが多い。特にドアを開ける時は、必ず「レディーファースト」である。「アフターユー」(お先にどうぞ)の精神が広く行き渡っている。また、先にドアを通った人は次の人のためにドアを支えていてあげるのが常識。支えてもらった人は「サンクス」とお礼を言う。このあたりは大いに見習うべきだなあと思う。たぶん自然に身につけたものなのだろう。
学校への通学路でいくつか道路を横切らなければならないところがある。朝の通勤時間などは車が途切れることがなく、道路を横切るのに長い間待たなければならないことが多い。しかし、永遠に道路を渡れそうにないなあと思っていても結構渡れてしまうのだ。
なぜなら…
車もジェントルマンだからだ。
困ったなあと思っていたら、速度を落として止まってくれる車によく出会う。こちらの方を見てニコッとすてきな笑顔を見せてくれる運転手さんに出会うこともある。さすが、イギリス。車もジェントルマンだ。
しかし、一つ困ったことがある。日本だったら頭を下げて車の前を通れば感謝の気持ちがあらわせられるが、イギリスではどーすればいいのだろうかと未だに悩んでいる。運転手がすてきな笑顔でこちらを見ている時は「ありがとう」の意味を込めて微笑み返してみたりしている。ただ手を挙げたらいいだけのことだとは思うのだか、これが結構むずかしい。
いつも無意識におじぎをしてしまうからだ。そしていつも思うのだ、
「やっぱり日本人だな私」と。
no.7 ラヴリーな話
留学をしようと決意した理由は様々あるけれど、その中の一つは英語圏に住むことでそこで使われている日常会話を体験したいということだった。授業の英語はどうにか聞き取れても、町に出て普通に人々が会話をしているのを聞き取るのはまだまだ難しい。そんな私だが、イギリスに来て日本では知ることのできない新しい会話表現や単語の使い方をいくつか知った。
その1: 「ハイ、デアー」
廊下を歩いていて知り合いに会ったりすると
「ハイ、デアー」 と言われる。言われると、つとめて明るく
「ハーイ」 と答えている。
でも恥ずかしながら、実は未だにデアーは「ディアー」なのか「ゼアー」なのかやっぱり「デアー」なのかわからない。私にはデアーと聞こえる。こんな状態なので綴りもわからない。いつか聞きたいと思っているのだけれど、どうもタイミングが会わない。通りすがりに言われることが多いので、
「ちょっと待ってください。あなたが今言ったのは『ディアー』ですか。『ゼアー』ですか。『デアー』ってとういう意味で、どんなふうに綴るのですか?」
などとと呼び止めて聞くことは難しい。いつか知りたいと思っているのだが…。
その2: 「チアーズ」
例えば、階段で道をあけてあげた時やレジでお金を払った時などに「チアーズ」と返される。
最初は「なに? チアーズ? どういう意味で使ってるの?」 と少し戸惑ったのが、どうやら「サンキュー」の代わりに使っているらしい。私は乾杯の時に言う「チアーズ」しか知らなかったので新鮮だ。どうも若い人が多く使っているように感じる。自分も「チアーズ」と言えたらちょっとかっこいいかなと思う今日この頃である。しかし、未だに私は「サンキュー」というのがやっとだ。せめて、「サンクス」と言いたいのだが、口から出てくるのはいつも「サンキュー」。まだまだだな…
その3: 「ラヴリー」 (エルとヴイの発音に注意!)
最近「ラヴリー」によく出会う。ニュースの天気予報を見ていたら明日の天気は「ラヴリー」だと言っていた。明日の天気はいいらしい。
この間、英語の問題を解いていたら、例文の中で「ラブリー」に出会った。
"This tastes lovely."(「これはおいしいね」という意味。)
こんな使い方は普通の日本人では想像もつかないだろうと思う。この使い方のラヴリーが教科書に出てくることはない。出てきたらきっと文句を言うところであろう。この2つのラヴリーは「すばらしい」の意味なのだと予想できる。しかし、私の知らないラヴリーがもう一つあった。
イギリスに来たばかりのある日、スーパーのレジで会計をしているとき、値段を言われて20ポンド紙幣を出すとレジのおばちゃんに、
「ラヴリー」
と言われた。
? ラヴリーって何がラヴリーーなのだろう? お札がかわいい? まさか。
頭の中でグルグルと言葉の思考回路が働き、結論が出た。
おっそうか。サンキューとかOKの意味なんだ。
その後、何度かこの「ラブリー」に出会っているが、これまでの固定観念からか、言われる度に「ラヴリー」=「かわいい」 とすぐに2つを結びつけて考えてしまう。しかも、この単語には日本語にはないl(エル)の発音とv(ヴイ)の発音が含まれており、しかもイギリス英語独特のちょっとおおげさに聞こえる発音で言われるもんだから、「ラヴリー」と言われる度になんかおかしくなってしまう。つい笑ってしまうのは私だけだろうか…。
レジのおばちゃんに
「ラヴリー」
と言われると、こう言いたくなってしまう。
「いやいやおばちゃんこそラヴリーよ。」
no.6 ビーチホリデイ
イギリスに来て「やっぱりそうなのね」と思ったことと「あら、違ってたのね」と思うことがある。今回は「やっぱりそうなのね」と思ったことの話。
一番の「やっぱりそうなのね」は「天気」である。
イギリス人のイメージを尋ねられたら、
「こうもり傘」をいつも持ち歩いていて、知らない人同士が電車に乗り合わせて交わす会話は「天気」のこと。
と答える人も多いのではないだろうか。(ちなみに、アメリカ人は「どこ出身なの?」と地理的な話をし、日本人は名刺の交換をする。そうだ。)
イギリスでは天気がコロコロ変わる。朝晴れているからといって安心してはいけない。いつ雨が降るかわからないのだ。こちらに来たばかりの頃は朝の天気を素直に信じていたが、今は騙されないように用心している。そういえば、イギリスの天気予報には晴れと雨と曇りをミックスした記号がある。最初は「なんだこりゃ」と思っていたが、イギリスではこの記号がなければやっていけない。天気予報士はさぞ大変だろう。
こちらに来てすぐの頃、傘を持たずに買い物に出たら雨が降ってきた。やばい。と思って雨宿りをしていたらなにやらバタバタという音がしてきた。気づけば10円玉くらいの大きさのヒョウがアスファルトの上でピョンピョン跳ねている。これにはさすがにイギリス人も驚いた顔をしていた。しかし、普通は雨が降ったからと言って動揺したりはしない。「ああ、雨だわ」と言って驚きもせず、バッグから傘を出して歩き出す。これがイギリス人。(さすがにこうもり傘のような大きな傘を持ち歩いている人は見かけないけど。)
だが、これは反対に考えると雨が朝降っているからと言って午後まで降り続くことはあまりないということだ。そういう面では天気に希望が持てる。
それから、一日のうちで気温の差があるように感じる。朝晩は5月も半ば過ぎだとういうのにまだ寒い。日中もまだ寒い日が多い。そうかと思うと日差しが強いため日が差すとトタンに暑く感じる。毎日、どんな服装をしたらいいのか迷ってしまう。まだまだうまく予測がたてられない。みんなどんな服装をしているのだろう見てみると、非常にバラエティに富んでいる。ある人はセーターにコート。ある人はブラウス。ある人は半袖Tシャツに短パン。
どー考えても、今日は寒いだろと思うような日でさえも、半袖を着ている人やおへそを出している人に出会う。見ているとこちらが寒くなる。きっとどんな寒さにも負けない肌を持っているんだなと思ったりする。ホントに寒くないんだろうか?一度聞いてみたい。
そういえば、イギリス人の海外旅行先人気NO.1はスペインだそうだ。とにかくSun(太陽)を求めて旅をするのが一番の贅沢らしい。(まだ、経験してないけど、冬などは日照時間もかなり短くなるのも一つの理由)珍しくスカッと晴れた日などは、日焼けなんてもろともせず緑の芝の上でサンドイッチ食べたり、本を読んだり、友達とお話をしている人たちがたくさん出てくる。はじめは「日に焼けるとお肌によくないよ!」と思っていた私だが、今は太陽の下に出たい気持ちが分かる気がする。もしかして、半袖を着ている人たちはSun(太陽)を体で感じるためにああいう服装をしているのかな。やっぱり聞いてみたいかも。
ある日の授業。どんな旅行をしたい?という質問に私を含めてクラスの生徒たちは史跡めぐりや美術鑑賞などをあげていたが、イギリス人の先生は、
ビーチホリディに決まってるじゃないか。
と言っていた。ビーチホリディ…言い響きである。
no.5 氷の国
私は今寮生活をしている。寮の中はフラットと呼ばれる区画に分かれていて、それぞれのフラットへの入り口にはドアがあり、鍵がかかるようになっている。寮にはたくさんの学生が住んでいるわけだが、違うフラットの住人に会う機会はほとんどない。(寮のフロントのあたりや洗濯室で会うくらい。)
私の住んでいるフラットは短期滞在者用のフラットらしく、秋に向かってどんどん住人が増えてくるらしい。下の階のフラットとはキッチンを共有しているため出入りができる。が、そこはさらに短期の滞在者用のフラットらしく、いろんな人が出たり入ったりしている。今はフランスからの女の子3人が暮らしている。彼女たちはいつも部屋のドアを開けっ放しにしており、部屋からは香水のいい香りがただよってくる。彼女たちは一日中ひたすらフランス語でしゃべりまくっており、何をそんなに話すことがあるのかなといつも不思議に思う。どうも、彼女たちは英語が苦手らしい。初めて話した時は英語の辞書を片手に話しかけてきた。
さて、4月に寮に入ったとき、寮の管理を担当している親切なおじさんに部屋や台所を案内してもらった。
「今は誰も住んでないから君ひとりだよ。自由になんでもつかえるよ。」
とおじさんはにこやかに言った…。
実際最初の一週間程度フラットの住人は私一人だった。しかも、下の階の住人も誰一人おらず、本当に一人だった。台所は使い放題。おじさんの言うとおり、自由に使えた。
部屋は想像していたより広く、小さな冷蔵庫まであった。(ホテルの冷蔵庫より少し大きめかな)台所には部屋の冷蔵庫よりずっと大きな冷ぞう庫が4つもあり、部屋ごとでスペースが割り当てられていた。
「なんて気が利いてるんだ!部屋の冷蔵庫の他にも台所に冷ぞう庫があるなんて!」
ひたすら感激した。
スーパーを見つけ野菜を購入し、早速台所で料理。あまった玉葱や人参は台所の冷ぞう庫に保存。これでOK。久しぶりに食品が入った冷ぞう庫はうれしそうにも思えた。
数日後、そういえば台所に玉葱と人参保存してたよなと思い、取り出す。
「うん?なんか変だぞ?この玉葱と人参冷たすぎやないか?もしや、久しぶりに電源を入れたせいで、冷ぞう庫がこわれてしまったのかな?それとも、設定が強になっているのかも。」
冷ぞう庫の電源や周囲をいろいろ調べてみるが何も悪いところはないようだ。
「それにしても、この冷ぞう庫久しぶりに働くからといって、はりきって冷やしすぎではないか。玉葱も人参も凍っているじゃないか。」
「うん?凍る?」
「もしや…」
あわてて壁にあった張り紙を読む。そこにはfreezerとあった。つまり、冷凍庫であってfridge(冷蔵庫)ではなかったのだ。しまった。やられた…。完全に騙されてしまった…。どおりで凍るはずだ。
が、また一つの疑問がわいてきた。
「どうしてこんなに大きな冷凍庫が必要なんだろう?部屋の冷蔵庫と同じくらいのものが入るぞ。冷凍庫じゃなくて冷蔵庫の方が必要だと思うけど…。イギリスって分からないことだらけだ。」
フラットに一人しかいなくて自由に使えるのはいいけど、一人しかいないって誰も教えてくれる人がいないってことなんだよなとしみじみ感じながら、凍った玉葱と人参を煮てみたが、言うまでもなく非常にまずかった…。せっかく買った野菜なのに…。
その後、近くに(といっても徒歩15分だが)大きなスーパーを見つけ、買い物をしていたとき、謎が解けた。スーパーの冷凍食品
売り場がとっても大きく充実している。
「きっとイギリス人は冷凍食品をたくさん買って保存してるんだ。だからあんなに大きな冷凍庫があるんだな。」
と勝手に納得したのであった。
そういえば…日本語に訳したら「氷の国」とでも訳せそうな名前のスーパーがある。そのスーパーには言うまでもなく冷凍食品がたくさんならんでいる。
イギリスは奥が深い。
no.4 電気製品あれこれ
日本から持って来た電気製品あれこれ
さて、荷物は無事到着した。今回は日本から持って来た電気製品を紹介しよう。
海外生活が初めてとなる私にとって何を持っていけばいいのか考えるのは思った以上に大変な作業だった。日本以外で生活をしたことがないので、一体どんなものが必要になるのか想像できなかったからだ。準備に時間をかけられなかったので(のんびりしすぎていたため?)、さらに大変な作業となった。幸い、海外生活経験者が家族にいたのでいろいろと考えてくれた。私はただ「そーか。そーか。」といろんな人のアドバイスに従っていただけだけど…。感謝してます。
1.パソコンさまさま
これがないと今は学生生活が送れない!手書きのレポートは受け取ってくれない。しかも、テレビのない今の生活の中では、唯一私の部屋と外界とをつなぐものだ。私の場合パソコンをつなぐまでに、非常に時間がかかってしまった(この話はまたの機会にじっくりと書く予定)。だから、つながった時はとってもうれしかったなあ。
私はパソコンを電話として使っている。パソコンに詳しい家族がこっちに来る前に設定をしてくれていたのだ。というわけで、パソコンを通して家族と会話をしている。(パソコンカメラは持っていないのだが、カメラがあったらテレビ電話になる。)パソコンで会話をしている時はイギリスにいることを忘れてしまうくらいだ。
それから、パソコンと一緒に小さなスピーカーを持ってきた。音がクリアに聞こえるのでとっても便利。音楽を聴くのにも活躍している。
そういえば、クラス(世界各国の人がいる)の全員がメールアドレスを持っていた。これは、ちょっと私には驚きだった。世界中の人がメールアドレス持ってて、インターネットでメール送っているなんて。よく考えたら当たり前だけど、なんか…びっくりした。すごい時代だ!
2.いつも一緒のデジカメくん
手軽に撮れて、パソコンに取り込める。しかも、メールに添付すれば簡単に送付できる。なんて、便利な世の中なのだろう。
3.これがなくっちゃ炊飯器
旅行好きの私はいろいろと海外旅行をしてきたが、これまで一度も日本食が恋しいと思ったことはなかった。が、「持っていった方がいい。」というアドバイスもあり、変圧器と一緒に持ってきた。今、しみじみ持ってきてよかったと思うものだ。やっぱり日本人だったらしい。お米を初めて炊いた時の感動は忘れないだろう。
これは初めてイギリスでご飯炊いたときのもの。レトルトのカレーと共に。なんだかうれしくて写真を撮った。
4.案外便利じゃんMP3プレーヤー
イギリスに持って行くものを考えているときに、ボイスレコーダーがあったら講義などを録音できていいだろうなあと思い、いろいろとリサーチした。その途中で、MP3プレーヤーにも録音機能があるということを知り安売りの時に一つ購入。結局録音してもあまり音質はよくなかったので、レコーダーとして使うのは断念。でも、せっかく買ったのだからとCDをいろいろいれて持ってきた。というわけで、あまりこちらで活躍することはないだろーなーと思っていたのだ。
しかし…
これがとっても便利だった。世界どの国のラジオも聴ける機能がついていたのだ!!日本の実家は電波が入りにくいところにあるためかラジオがうまく聴けず全くあてにしていなかったが、こちらでは電波がちゃんと入る。パソコンがつながるのに時間がかかったのもあってラジオが聴けるのは非常にありがたかった。小さいのに頼もしいヤツである。
5.これからの活躍期待してるよICレコーダー
授業についていけるか心配だったので講義を録音できるものが欲しいといろいろとリサーチ。結局、録音が本職のICレコーダーがいいだろうという結論のもと、購入。ちゃんと授業を録音できた。よかったよかった。大きなホールの講義でも聞き取れるくらいの音質でとれた。これから授業がハードになってきたらさらに活躍してくれるであろう。ハードになるのは怖いけど…。
というわけで、今回は日本から持ってきた電気製品を紹介。今度はこちらで買ったものなど紹介するつもり。
no.3 イギリス生活スタート!
4月13日バーミンガム2日目
再び学舎へ
バーミンガムに到着して2日目。時差ボケのためかやけに眠い。前日大学の人に
「今日は必要な書類とか用意できてないから明日また来て。」
と言われていたので、今日もう一度学校を訪ねていった。行くと事務を担当しているsecretary(セクレタリー)のBさんがいて、いろいろなパンフレットなどをもらった。でも、授業のスケジュールとか、コンピュータの登録のことなどの話は出てこなかった。結構のんびりしたお国柄なのかなあと思う。ソファに座っていると、もう一人のsecretaryのCくんが大学のキャンパスを案内してくれるという。どうも私はここに到着した第一号らしかった。
イギリス人は歩く速度が速い!!
少し待って、Cくんと共に大学をまわる。やたらに広い大学のキャンパスを歩いて回るのは結構たいへんだったが、一生懸命に説明してくれたので、こちらも一生懸命に聞いた。が…やはり早口でしゃべられるとどうも聞き取りにくい。しかも、ついて行くのが大変だった。Cくんは普通に歩いているらしかったが、私には歩く速度が速すぎた。英語の聞き取りをしながら、一生懸命に歩くのはかなり大変だった…。
荷物が到着
大学を案内してもらっている間にCくんの携帯が鳴る。私が前もって送っていた荷物が着いたという知らせだった。大学に到着するまでどこに住むことになるか分からなかったので学校宛に荷物を送っていたのだ。学校へ戻るとお久しぶりの対面となる荷物が積まれていた。荷物が来たのはうれしいが、さてどうやって運ぼうかと途方に暮れていたらCくんが車で運んでくれるという。助かった!!学校と寮の距離が思っていた以上にあったので非常にありがたい。Cくんありがとう!でも、こういう時に使ううまい感謝の言葉を知らない私はひたすら
「サンキュー、サンキューベリーマッチ」
と繰り返していた。まだまだ未熟者だな。
重い荷物と共に寮に戻り、荷を解く。日本から送っていた洋服や本、電気製品などなどチェックしてみる。無事到着しているようだ。ほっと一安心。結構早く到着したな。よかった。よかった。これでやっとちゃんと生活がスタートできそうだ。
それにしても眠い。今日もよく歩いたな。
no.2 到着
4月12日(火) イギリス2日目 いよいよ目的の地バーミンガムへ
7時前に目が覚める。時差ボケのため寝たのか寝ていないのかよく分からない。10時にチェックアウトをしてホテルを出る。ホテルを出たところで同じホテルに滞在しているらしい日本人のおじさんに声をかけられた。
「もう出発?」「イギリスのどんなところに興味があるの?」
…うーん…。
「歴史があるところですかね。」
「へえ、そうなの。」
どうもうまく答えられなかったがおじさんは納得してくれたようだ。おじさんは一人で旅行に来ているらしい。でもどうして4月に旅行できるのかな?しかも一人だし。ライターか何かだろうか?…なぞだ。
前日の教訓により地下鉄での移動は止めて、タクシーに乗ってユーストン駅へ行くことに。空車のタクシーを探してキョロキョロしていたら一台のタクシーが止まってくれた。
タクシーは黒色でクラシックな形をしている。ローバーミニみたいな形。(中は結構広い。)ああ、イギリスに来たんだなあと実感できた。タクシーに乗ってほっと一安心。歩かなくて済むし、なんと言っても迷うことがない。タクシーの運転手は親切な人で安心した。チップも忘れず払う。どうも、チップには慣れないなあ。変に緊張する。
そして11:10発の電車に乗っていよいよバーミンガムへ。これはこのとき乗った電車。
電車は思ったよりきれいで、広々していた。イギリス人仕様のためか(これはどこに行ってもだが)きちんといすに座ると、足がちゃんとつかない。イギリス人は脚が長い。なんか悔しい。平日だったためか、車両はすいていた。そーいえば、でっかい犬も乗っていたな。イギリス人はペット好き(特に犬)だというのは知っていたが、さすがにちょっと驚いた。今日はちゃんと酔い止めを飲んでいたが、ちょっと気持ち悪くなった。バーミンガムは遠かった…。
1時間40分くらいでバーミンガムに着く。(驚いたことに電車は時間通りに出発し、時間通りに到着した!)駅からタクシーに乗り、いざ大学へ。
やっと着いた!!
まずは寮のことを扱っている部署へ。この日まできちんと自分の住む寮のことを教えてもらえなかったので、ちゃんと今日寝るところがあるのだろうかと不安だったが、行ってみたらすぐに手配してくれた。これまで何度となく「どの寮に入るのか教えてくれ」とメールを送り続けてもいっさい返事をくれなかったので、いったいどんな人が出てくるんだろうと思ったら案外若い人が出てきて、なんだかとても忙しそうだった。
少し待っていると担当の人が来て、契約についていろいろと聞かされた。早口でペラペラしゃべられたので、疲れている頭にはどうも理解しにくくて何度も繰り返し聞いてしまった。
「ここですぐに契約書を読んで、内容に同意してください。」
あまりに疲れて果てていたので、
「持って行って読んでもいいか。」
と聞くが、
「ここですぐ読んでくれないと契約できない。」
と言われる。仕方ないので、疲れた頭を働かせて読み、サインし、やっと契約成立。このあたりは結構シビアだなあと思った。そして、寮の場所を教えてもらう。
「タクシー呼ぼうか?」
と言われたのだけど、なんで?と思い、
「いいです。」
と答え、荷物を持ってゴロゴロ移動。
同じ大学の中だと言うのに10分以上はかかってやっと寮に到着。タクシー呼ぶ?と言われた訳がしみじみわかった。2時すぎくらいにやっと部屋に入れた。
学舎へ!!
大学の人に到着したら顔を見せてと言われていたので、少し休んで行ってみた。地図を見ながら15分くらいかかってやっと着いた。よく歩かされるな…。
建物は想像していたのとは全く違った趣だった。学部ごとに建物があって、それぞれ近代的なビルのようなところもあったり、昔ながらの建物だったり、いろいろだ。よく見てみると人文系は古いこぢんまりした建物が多いようだ。後で聞いたところによると私が勉強している建物は昔の邸宅だったそうで200年前のものだそうだ。昔暖炉として使っていたところがあったり、裏手には庭が広がっている。庭が広がっているのがいかにもイギリスらしい。
中に入ると、いろいろ相談にのってくれたAさんがいました。前もって今日到着することを伝えていたはずなのに、何か勘違いしていたらしく、私が会いに行くと
Surprise! Surprise!
と非常に驚いていた。ちゃんと言っといたはずなのになぜ??でも、とにかく会えてよかった。少し案内をしてもらって寮に帰った。
思いがけないプレゼント
部屋に帰ると机の上に鍋や包丁お皿が入った入れ物が置いてあった。寮に着いた時に部屋に案内してくれたこの寮の管理を担当しているおじさんが持ってきてくれたようだ。
「鍋とかお皿とかないだろ?君のために持ってきてあげるよ。」
とやけににこやかにと言っていたがホントにくれるなんて思っていなかった。とても親切なおじさんだ。この間も、部屋の修理を頼んでおいたらすぐ直してくれていた。しかも、トイレの洗面台の隣にタオル掛けまで取り付けてくれていてびっくりした。どうみても手作りで作ってくれていた。ホントに親切な人だ。知らない土地で親切にされるととてもほっとする。ありがとう、おじさん。
それにしても…イギリスは遠かった。
no.1 出発
2005年4月11日(月)[大安] 5:30起床。
とうとう出発の日になってしまった。あまりよく眠れなかった。前日までバタバタと準備をし、当日の朝まで何かとせわしない。いよいよ留学が現実のものとなると不安や心配、寂しさの方が大きくなってしまい、かなりナーバスな状態に。でも、時は待ってくれないのだ。とうとう当日の朝を迎えてしまった。朝9:45発のKorean Airのため、朝早くの出発。空港までは両親が車で送ってくれた。この日までにいろいろなお別れをしてきたが、今日は家族ともお別れしなければならない。やはりかなり寂しいものだ。でも、時は待ってくれないのだ。応援してくれる人のためにも自分のためにも行くしかない。
まずは日本から韓国まで1時間30分の旅。これは乗ってみて気づいたのだが今はサマータイムのため?か時差がない。しかも、サンドイッチやプリンもついた朝食が出た。隣の2人組のおばちゃんたちは韓国へ旅行に行くらしい。ペ・ヨンジュンの話で盛り上がっていた。
これは韓国のインチョン空港。かなり広くてきれいな空港だった。何か買おうかと思ったが、円では何も買えなかった…。
1時間近く待ち、13:05発のロンドン行きの飛行機に乗る。12時間の長旅の始まりである。飛行機の中では機内食が2度出た。最初の機内食はビビンバと肉料理から選ぶ。興味もありビビンバを選んだ。温めてあるご飯とナムルがそれぞれ分かれた容器に入っていた。それからコチュジャンソースとごま油がついていた。ビビンバを頼んだはいいが、どうやって食べたらいいのか分からず隣を見ても、隣の学生らしき韓国人はなぜかわかめスープしか食べていない。困って周りをキョロキョロすると、みなさんご飯とナムルとコチュジャンソースとごま油を混ぜて食べていた。そうか、と思い、まねをして食べてみたらとてもおいしかった。さすが、こりアン・エアーである。ちなみに隣の学生さんはやはりスープしか飲んでなかった。スープを飲んだらすぐ寝ていた。
4月11日(月)[大安]16:30頃(あれだけ時間がたったのにまだ11日だ)
やっとロンドンに到着。
出発前、旅行会社でホテルをとってもらったときに地図に印をしてもらっていたので、それを信じてホテルを探したが、実は全然違う方向で、結局2時間くらい歩いてやっと見つけた。荷物が重くて重くてたまらなかった。駅から近いから選んだホテルだったのに…。あんなに荷物が重いと感じたことはない。永遠に歩き続けるのかと思った…。
ロンドンで泊まったホテル。
実は…恥ずかしい話…飛行機の長旅がかなりこたえていて、最後に到着するころに気持ちが悪くなって、着陸とともにトイレに駆け込んでしまったという最悪の状態だった。やっとロンドンについたと思ったらホテルは見つからない。やっとホテルに着いたと思ったら写真でもわかるように入り口まで階段があった。まあ、ここまでは覚悟をしていた。しかし、中に入ると、ホテルにはエレベーターがなく、ロビーから部屋まで(3rd floorにあった)急な階段を登らなくてはならなかった。
ちなみに…3rd floor は3階だと思うだろうが、イギリスでは階段の数え方が違うため3rd floor は4階になる。1階はground floorといい、日本の2階にあたるところが1st floor なのだ。あのときは全く気づかなかった。なんで3階がこんなに遠いのだろうか?とは思ったのだが…
えっ?荷物持って登るのか?とぎょっとしていたらホテルの人が荷物を運んでくれてた。おっ!チップがいるのだろうか?小銭まだないぞ!!とそわそわしていたのだが、チップをほしがる様子もなく純粋に運んでくれただけだったらしい。いい人だ。助かった。
ホテルがあったあたりは小さなホテルの密集地だった。もとは長屋風のアパートを改造してホテルにしているらしい。どおりで、ホテルが見つかりにくいわけだ。見つかってみたら駅のすぐ近くだった。
というわけで、最初の第一歩はこれ以上ないというほど、よくなかったなあ…
それにしてもイギリスは遠かった…。





