http://hochi.yomiuri.co.jp/column/shirota/news/20120419-OHT1T00242.htm


ニース世界選手権・男子総評

 3シーズン続けて同じSPのパトリック・チャン(カナダ)だが、多少プログラム自体は難しく手直ししている。しかし、ここでの「Take Five」のビートの取り方がズレていて、体全体にも何か硬さがあり、いつもの余裕は感じられなかった。2位以下を大きく引き離す得点差で連覇を狙う、自分自身への思いの挑戦の構えか?


 最初の4回転トーループがステップアウトし減点。他選手ではマネできないステップ、ムーブメントの入り。成功すれば、高い技術評価点がもらえるはずだった。その他のジャンプ要素の中でジャンプコンビネーションを3回転ルッツに+3回転トーループでリカバー。ベテランとなりつつある若き王者は、抜かりなくやってのけた。スピン要素もそつなく、パトリックのオリジナリティを入れながらやり通した。


 見せ場のストレートステップシークエンスではアウトとインの両エッジに引っ掛かり、前半のステップはいつも通り、魅力的にはいかなかった。音をつかめない部分、ジャンプに安定感が欠けた部分、どこか硬い感じが否めず、プログラムを少し壊した気がした。そのせいか、5コンポーネントがズラリ9点台並ぶわけにはいかなかったが、1位でSPを通過した。


 フリーでの前半はパトリックの良さを出した動きだった。4回転トーループ、続けて4回転トーループ+3回転トーループのコンビネーションジャンプ、トリプルアクセルと3つ続けての大技だ。今シーズン、アランフェスに曲を変え、凝ったステップ、ターン、フリースケーティングムーブメントをふんだんに使って構成。パトリックならではという感じがするし、ソチ五輪に向かっての指針の表れとも感じる。


 サーキュラーステップシークエンスは文字通り、素敵なものだった。後半でのコレオステップも曲想に沿いながら、調和していて、さすが第一人者と思わせた。3連続のジャンプから少し調子が狂いだした。3回転ルッツ+1回転ループ+2回転サルコーで、2番目のジャンプが回転不足。ダブルアクセルが、シングルアクセルのダウングレード扱いでスッパ抜け、キックアウト。その他のジャンプは加点対象であったが…。


 締めのコンビネーションスピンはレベル4でかなりの加点はもらえたが、今一つ。後半の演技に響いてしまったように感じ。また、観客、ジャッジに訴えるものが少し欠けていたように感じた。滑り、演技の質はチャンピオンとしての風格を失わず5コンポーネントで得点を稼ぎ、1位。総合1位で連覇を成し遂げた。


 高橋のSPはベテランの域に達していた。彼の滑りは素敵で大人の演技だった。スケートの質感、スピード、リズムが曲想に同調し、そこに高橋のオリジナリティが加わり、見ごたえがあった。手、腕の位置、体の動かし方など、ソウル・ミュージックの特徴をさらに生かした、今シーズンの努力がここで見られたように感じた。


 序盤の4回転トーループ+3回転トーループの最初の4回転は回転の速さ、軸がきれいだった。ランディングの伸びが少しかけ、第2ジャンプに響いてしまい、ダウングレード扱いでマイナス3の減点を余儀なくされた。トリプルアクセルはキュッと締まり、高橋ならではの回転で加点対象、3回転ルッツも同様だ。音との調和も良いものだった。スピン要素は全てがレベル4とはいかなかったが、ストレートステップシークエンスは高橋の技、そこに巧みさが加わり、誰もがマネ出来ないものだった。


 ジャンプ、スピンの前後にステップがあり、パトリックとの対決を見据えての構成だと感じた。今日の演技でのパトリックは音楽に乗り切れず終わってしまったSPに比べ、高橋の表現力の方が勝っていたように思った。4回転トーループを単独のジャンプにし、3回転ルッツの後ろに3回転トーループを付ける切り替えが欲しかった。しかし、改めて、高橋の素晴らしさとスケーティングの余裕と、奥の深さを再確認した。


 フリーでは大人の雰囲気の中、4回転トーループ、トリプルアクセルを決め、次々とジャンプを確実にやってのけた。ジャンプを確実にするためか? 少しスピードを抑えてコントロールしているようにも見られた。それが、観客、ジャッジに対してインパクトが弱いかとも思えた。ブルースの曲想を思うばかりに高橋の動作に緩急が見られなかったことが、一歩、羽生に譲った形になってしまったのだろうか? 後半の3回転フリップの回転不足も響いたのだろうか? スケートの上手さと、巧みな引き付けと解放への動きは彼だけにしか出来ないだろう。


 スピン要素もステップシークエンスも全てレベル4で取りこぼしがない。さすが高橋と褒めたい。よくここまで頑張ってきた。膝のじん帯損傷のため手術、リハビリで1年間棒に振ってしまったが、彼が努力してきた証しとして、もう一つ成長した高橋を見ることが出来たことはうれしい限り。総合2位で銀メダルだ。


 新星と世界中からの期待の羽生結弦は、今季念願の世界選手権出場を迎えることが出来た。公式練習の持って行き方もまだ要領が必要なように感じた。試合前夜の練習中に右足首をねん挫してのSPだった。いつもより重い感じで、滑りにもリズムが欠けているように感じた。4回転トーループ+2回転トーループと第2ジャンプに3回転がつかなかった。トリプルアクセルのランディングもスムースさに欠けた。単独の3回転ルッツがシングルになってしまい大きく減点。


 スピンは全てレベル4で加点が貰えたのが救いか? ストレートステップシークエンスはレベル3で、いつもの羽生らしいキレが見られなかった。全体的には流れに欠けているようにも見えた。初めての世界選手権SPは、7位からのスタートだった。


 若さを前面に出し演技した羽生は全体にスピード感は最後まで落ちなかった。サーキューラステップ後の転倒を除いては確実にジャンプをこなした。ステップ中の転倒でなくて良かったと胸をなでおろす関係者も多かったと思う。痛み止めを使ってのフリーだったから…。それでも潜在的な実力を十分に発揮した。4回転トーループと見事なこと、続くトリプルアクセルも高さといい、飛距離といい申し分ない。スピンにおいても曲想と彼のオリジナリティを織り交ぜながら、クオリティの高いスピンを入れてきた。


 また、プログラムの中での滑りの緩急は観客の心をつかむのに十分だった。彼の一つ一つの要素が終わるたびに、歓声が沸いたのもうなずける。彼のエネルギーと挑戦する姿は好感度抜群であった。サーキュラーステップが音に合わなかったのが残念だったが、終盤のコレオステップの躍動感あるシークエンスはプログラムを盛り上げるのに十分だった。


 これも、4、5回とモスクワに通って、ベステミノア・ポプリン夫妻のプログラムへの強力なアレンジメントも大いに手伝っていると思う。初出場の羽生は総合3位。夢の第一歩の銅メダルを手にした。高橋とともに日本のフィギュア界史上初の表彰台2つの快挙だ。


 小塚のSPは、体がこわばっ感じでのスタート。4回転トーループは回転不足の足が絡んでしまったように転倒。トリプルアクセルでも転倒。ジャンプ要素の中でもっとも得点の高いものでの転倒で大きく順位を下げてしまい、その他の要素も生き生きとしたいつもの小塚が見られなかった。スケートの質では定評があるが、それも生かし切れずにプログラムが終わってしまった感じ。13位、昨年の銀メダリストは苦しいスターとなった。


 気持ちを入れ替えてのフリーだったと思うが、思うように進んで行かなかった。不安な材料を持っているジャンプと、昨年の銀メダリストのプライドが交差した形で大技を成功できなかったのが、上位に食い込めなかった原因かもしれない。


 最初の見せ場の得点源で、3つのジャンプが思うように成功しなかった。4回転トーループは2回転トーループに。4回転トーループのコンビネーションは後のジャンプが2回転となり、さらにランディングにミスが出てマイナス1~2点。続くトリプルアクセルは跳べたと思ったが…手を付きステップアウトで2点ほどの減点になるなど、取るべきところで得点を稼せげなかった。見るものに不安を残しながら、最後のコンビネーションの第2ジャンプで回転不足を取られてしまった。


 中盤以降は、硬かった感じから本来の小塚に戻ってきたように感じられた。「ファンタジー・フォ・ナウシカ」への思いが彼自身強く、音源を取るため直接、オーケストラーの現場へ足を運んだり、曲想への心の入った表現力を勉強したり、メダリストとしての歩みをもう一歩踏み出そうという思いが今シーズン感じられた。だが、曲に乗り切れず、ジャンプ、スピン、ステップと要素を確かめるように遂行。表現力の問題はさておき、プレッシャーが課題だった昨年の銀メダリストは、フリーの後半で向かう気持ちを取り戻したように思えた。