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表彰式で笑顔を見せる小塚(左)、高橋(中)、羽生(右)
表彰式で笑顔を見せる小塚(左)、高橋(中)、羽生(右)【坂本清】

 全日本選手権の男子シングル。それは、かつてない世界的にも高レベルなジャンプ合戦となった。ショートでは、高橋大輔が練習では全く挑戦していなかった「4回転+3回転」をクリーンに成功。それに刺激されたのか、フリーでは4人が4回転ジャンプをクリーンに成功させた。稀に見る4回転のオンパレード。技術力や精神力に加え、ここ一番の大会で大技を決めるスターとしての資質を、多くの選手が示す大会となった。


■高橋大輔「ここで守るより攻めた方が良い」 見せた勝負師の勘

 たった1本のジャンプで、今回の男子大会のすべてを手中にしてしまったのが高橋だ。ショートプログラムで、2005年世界選手権以来となる「4トゥループ+3トゥループ」をクリーンに成功。公式練習では全く練習していない「4+3」の成功に、会場は興奮の渦に包まれた。

 25歳。フィギュアスケート選手としてはベテランの域に入った高橋の念頭にあるのは、ソチ五輪の金メダルだ。すべての試合は、そのためのステップ過ぎない。パトリック・チャン(カナダ)が昨季から確実に決めている「4+3」が必要という思いは強かった。

 高橋は、公式練習で4回転トゥループをクリーンに成功。調子が上がっている手応えをつかむと、ここ一番で勝負に出た。
「いつかはやる日がくるなら、こういった緊張感の中でやる方が自分のためになる。ここで守るより攻めた方が良い。自分でも半信半疑で不安でしたが、これを越えていかないと、と思ってやりました」

 もちろん闇雲に跳んだわけではない。成功への布石は、オフシーズンに磨いた基礎スケーティングだ。膝のボルトを取る手術のあと、「しばらくジャンプの練習ができないなら」と、フランスでアイスダンスの元世界王者らのもと、スケーティングやエッジワークの指導を受けた。「スケーティングに関する考え方が変わった」と高橋。氷に吸い付くような滑らかなすべりと、瞬時に深いエッジに乗りかえるエッジワークを身につけた。

 ジャンプを成功させるための条件には、(1)エッジへの適切な体重のかけ方、(2)踏み切るタイミング、(3)スピードなどがある。エッジワークが安定したことで(1)の条件を確実に満たし、それが4回転の成功率アップにつながった。だからこそ、単なる4回転の成功ではなく、さらにレベルの高い「4+3」につながったのだ。
「スケーティングが良くなった事でジャンプに集中できているし、今回はタイミングが全て合っていた」

 ショートで96.05と高得点をマークしたが、フリーはジャンプミスを連発し3位。ショートの得点に助けられ254.60で逃げ切りの優勝を果たした。「こんな演技をしている場合ではない。GPファイナルの疲れが出てしまい、自分の調整ミス」と反省。天才的な演技の後に、弱さが出る演技で次への課題をつくるあたりもまた、スターの証か。ソチの金メダルへとつながる一歩を記した。


■小塚崇彦「コントロールできた」新たな4回転のステップへ

冷静な判断で4回転を成功させた小塚
冷静な判断で4回転を成功させた小塚【坂本清】

 小塚崇彦は、彼らしい、堅実に成果を積み上げていく試合を見せた。今シーズンはGPで本領を発揮できず、ファイナル進出を逃しての全日本。11月のNHK杯後、新調したばかりだった靴もやっと足になじみ、しっかり練習に集中できた。練習を自信にするタイプ。だからこそ、自信と、自身への期待があった。
「すごい緊張した。スピンでは足が震えていて波打っていた」というショートでは、4回転を回避し、今季初となるノーミスの演技。「練習を確実に積んできて、やっと今シーズン自分のすべりができました」。

 そして一番の技術的課題である4回転で、新たな一歩を記す。フリーの朝の公式練習では、身体のキレが良く、スケーティングのスピードがいつもより増していた。4回転ジャンプはミスが続いた。しかし、練習量をこなしていたからこそ、普段との違いに気づいた。
「スピードが出すぎていた。スピードさえ抑えれば、あとの部分はコントロールできている。不安要素はない」。
 そう考えるとフリー本番は、助走のスピードを調整し、これまでの全試合で最もクリーンな4回転トゥループを決めた。「コントロールの中にある4回転だった」。成功する術を手にした瞬間だった。

「やっと今シーズンのスタートに立てたという気持ち」と小塚。銀メダルを手にすると、世界トップスケーターとしての小塚の顔を取り戻していた。

■羽生結弦、フリー1位も「悔しい」

フリーで1位と高得点をマークした羽生
フリーで1位と高得点をマークした羽生【坂本清】

 最終滑走となったショート。高橋の4回転成功、小塚の4回転回避を受けての登場。羽生は迷わず4回転トゥループに挑んだ。しかし、力んで空中で身体がバラけると3回転で両足着氷に。「6分間練習では4回転+3回転が入っていたのに。納得できない。力がまだ余ってる」と4位発進を悔やんだ。

 そしてフリー。今季、確実にしつつある4回転トゥループを見事に成功させ、波に乗った。トリプルアクセル2本など次々とジャンプを決めていく。ところが最後の最後、決して彼にとっては難しくない3回転サルコウが1回転になった。
「気持ちが空回りしてましたね。1回転になって、空中で時間が止まりました。ああ、これどうしよう、やっちゃった?って」。演技直後は、何度も膝をたたいて、全身で悔しがった。

 終わってみればショート4位、フリー首位で総合3位。「サルコウが1回転になっても点が出たのは成長した証。この悔しさを持って世界選手権に臨みたい」と力強く語った。


■町田樹「どんなジャンプでもファイトで降りる」

 トップスケーターにとって一番必要な能力を、とうとう今季身につけたのが町田樹だ。その能力とは、「感触が良くないジャンプでも何とか成功させる」という能力だ。踏み切った後に感触が良く綺麗に回ったジャンプだけを成功させているのでは、いつまでたってもジャンプは一か八かになってしまう。どんな踏み切りになっても空中でまとめる能力は、トップに行くために必ず必要になる。

「今シーズンは、『危ないジャンプでもファイトで降りる』という練習をしてきました。やっと踏みとどまるパワーがついてきたと思います。ものすごい緊張のなか焦らずに耐えられたのが、成長できたところです」

 ショート3位、フリー6位、総合4位と、ファイトでつかんだ四大陸選手権の切符。同選手権の舞台となるアメリカでは、ひと回り成長した演技を披露するつもりだ。


■日本一の雄大さ 4トゥループの無良崇人、4サルコウの村上大介

日本男子で唯一、4回転サルコウを跳ぶ村上。
日本男子で唯一、4回転サルコウを跳ぶ村上。【坂本清】

 日本男子の中でも、高さと飛距離のあるパワフルな4回転を持つ、無良崇人と村上大介。その2人ともがショートの失敗から巻き返し、フリーで完璧な4回転を披露するなど、存在感を示した。

 ショートから果敢に4回転トゥループに挑んだ無良。しかしタイミングが合わず2回転になってしまうなどミスが続き12位と出遅れた。しかしフリーでも臆することなく挑戦。誰よりも高さとスピードのある雄大な4回転トゥループを成功させ、意地を見せた。フリー4位、総合で5位に食い込むと四大陸選手権への切符も獲得。次の大舞台ではショート、フリーともに4回転をそろえ、力を発揮したい。

 日本で唯一、4回転サルコウを持つのが村上だ。ショートではうまく回転軸に入れず転倒したが、フリーではスカッとする切れ味の良い4回転サルコウを成功させた。「今シーズンは確率が高くなっていたので、絶対にショートから入れたかった。フリーでは不安ななかで何とかベストを尽くせたのが良かった」と村上。ショート9位、フリー5位で総合6位。「来年はショート1本、フリー2本を入れたい」と誓った。

■混戦、世界ジュニアの切符は田中、宇野、日野が獲得

世界ジュニアの代表に選ばれた田中刑事。
世界ジュニアの代表に選ばれた田中刑事。【坂本清】

 世界ジュニア選手権(2月27日~3月4日・ベラルーシ)の代表は、全本ジュニア選手権、ジュニアGPファイナル、全日本選手権の3つの総合結果で判断される。結果的に選出されたのは、全日本という大舞台で力を発揮した上位3人の、田中刑事、宇野昌麿、日野龍樹だった。

 全日本ジュニア王者の日野は、トリプルアクセルをショートで1本、フリーで2本降り、昨シーズンより確実に上がったジャンプ力を示した。フリーは大きなミスなく最後まで集中力を保つと、終わった瞬間は感無量といった様子を見せ、総合10位につけた。
 昨季の世界ジュニア銀メダリストの田中も、トリプルアクセルを計3本そろえる貫禄の演技で総合7位。「男子がみな4回転を跳んでいるので焦っているけれど、まずはトリプルアクセルを確実に跳んでいくこと。フリーは最終グループの緊張に負けなかった」と手応えをつかんだ様子だった。
 総合9位に入った宇野はまだトリプルアクセルはないが、身体が小さいわりにスピードのあるスケーティングや、音感のある演技に大きな伸びしろを感じさせる逸材。「全日本の選手はやっぱりみんなうまい。トリプルアクセルを早く跳べるようになりたい」と強い決意をみせた。


■ジャンプを本番で決める“スター性”

 世界と戦うには、やはり男子はジャンプが必須条件だ。そのためには、安定した基礎スケーティングや体力を練習で身につけ、さらには本番への集中力や勝負勘も必要になる。

 試合だけを見てしまうと、ジャンプで失敗した選手はもともと跳べないように感じられてしまうが、誰もが普段の練習ではノーミスの演技をしているからこそ、本番でもそのジャンプ構成に挑んでいる。練習でできたことが本番で出せるか――。その“本番力”を全日本選手権という大舞台で発揮してこそ、魅力あるスケーターとして認められる。

 2009年も2010年も全日本選手権での4回転成功者はゼロだった。しかし、「4+3」を決めた高橋、初めて4回転のコントロール術をつかんだ小塚、ショートでの4回転の失敗というプレッシャーを乗り越えた羽生、無良、村上――。4回転ジャンパーが5人も現れた2011年は、日本男子のスター性のきらめきに心を奪われる大会となった。