http://hochi.yomiuri.co.jp/column/shirota/news/20111123-OHT1T00187.htm


GPシリーズ評論 フランス杯編

 【男子】


 密度の濃いプログラムを滑らせたら誰にも負けない。昨季、けた外れの得点をたたき出し、今季もスケート・カナダ優勝のパトリック・チャン(カナダ)。GPシリーズ男の織田信成は少々膝のケガが心配。中国杯(上海)で3位と成長著しいアジアのホープは、4回転ジャンプを得意とする宋楠(中国)。静脈瘤(りゅう)の手術から立ち直りつつあるミハル・ブレジナ(チェコ)ら実力伯仲の大会だった。


 チャンは上質なスケートに巧みなフットワークとステップなど、完成された演技を期待したが…。4回転トーループで転倒し、それをカバーした3回転ルッツ+3トーループのジャンプコンビネーションでもランディングが止まる感じで、減点をつけたジャッジもいた。いつもの滑りより伸びがない印象。それがジャンプミスにつながったのだろうか? スピン、ステップと得意分野では技術評価の加点はもらえたが、いつもの彼らしさと確実性とはいかなかった。それでも2位以下を大きく離し1位通過。フリーは新曲「アランフェス」で演技。冒頭4回転トーループ、続いて4回転トーループ+3回転トーループと少しランディングが引っ掛かり気味だが成功した。苦手意識の高いアクセルは2回転、サキュラー・ステップ・シークエンスではクオリティーの高いステップに深いエッジ。タイミングが合わなかったのか、バランスを崩し手を付いてしまい減点。3回転ルッツはステップアウトで大きく減点。ルッツが2回転、ステップアウトし両足着地気味で減点。1つのスピン要素のフライングエントランス・チェンジ・オブ・コンビネーションを除いてはレベル4と、得意の部分が感じられた。パッケージとしては素晴らしい振り付けであり、構成も中々でパワースケーティングとひとけりの楽なスケートのシャープさは随所で見ることが出来た。5要素でしっかり稼ぎ1位。総合1位でのGPファイナル(カナダ・ケベック)出場を決めた。パトリックの演技が進むにつれ、私の頭の中をあることがよぎった。同じ曲、同じ振り付け師(ローリー・ニコル)で、イーグルからのダブルアクセル、プログラムの後半は若き日の本田と重なった。それぞれの良さをローリーは熟知していて、2人共、個性を生かした良い作品を作ってもらったものだ。パトリックがこのプログラムを完成という形にして来るのは、GPファイナルだろうか? 世界選手権だろうか? 要素から要素にわたる素晴らしいスピードと高度なつなぎのステップ・ワーク、ジャンプ、スピンがレベルを上げて、確実性が増した時、ジャッジはどこまで高得点を出してくるのか。楽しみでもある。


 新鋭の宋楠。トップを狙うなら4回転は必須という所で、SPから勝負に出た。4回転トーループ+3回転トーループのジャンプコンビネーションは力強く、きれいな回転で5人のジャッジから2点の加点をもらった。続くトリプルアクセルも加点対象。3回転ルッツのランディングの少しのミスが惜しかったが、スピンのポジショニングもよくスピードが落ちずに2つのスピンではレベル4をもらえた。ステップではパッションがあり、上半身をよく動かし、頭上に上げる腕、膝の屈伸の動きなどが、曲のビート、リズムに合っていて、多少、クロスオーバーが多いとはいえ、好演技で2位。フリーでは、8つのジャンプをどのように組み合わせ、挑んでくるかが楽しみだった。が、プログラム冒頭の4回転トーループはオーバーターンで減点。続く4回転トーループ+3回転トーループは素晴らしい力強さ、アスリートと思わせる飛距離、幅、高さと中々といい。そしてトリプルアクセルの成功。この3つのジャンプの組み合わせはパトリックと一緒だ。ジャンプのテクニックが中々いい、そして美しい。見ていて気持ちがいいくらい、バシバシと決まっていく。3回転フリップでの間違った踏み切り、3回転サルコーの少しのミスを除いては、スピンのポジションにオリジナリティもあり、見ごたえがあった。各要素間にトラディションの工夫と上質なスケーティングが備わってきたら、脅威の存在になるだろう。結果2位。総合2位で、GPファイナル出場にはロシア杯を待つことになった。


 ブレジナは外国人好みの「鼓童」の選曲。パワーと曲とのバランスが、プログラムの中で演じながら役にはまっているという印象で、ジャッジも観客ものめり込んでいく。オリエンタルなポジションもコスチュームもサプライズだ。トリプルアクセルの軸のある速い回転と高さは、素晴らしい。ジャンプコンビネーションが3回転+3回転にならず第2ジャンプのトーループが2回転になったのは残念だが、ストレート・ステップシークエンスはエッジを使い曲想に合っての演技。スピンでの甘いポジションは惜しい気がしたが、5要素のうち、パフォーマンス、コレオグラフィとインタープリティションでは8点台をもらえるほどの演技力を見せてくれた。3位で発進。フリーは「アンタチャブル」の選曲。難しいビートを上手くこなし、曲に合って演技した。また、得意のトリプルアクセルは美しいと思わせるほど、クオリティの高いもの。多少のジャンプミスは手術の後遺症か? スピンに神経が行っていない感じがもったいなかった。ステップも空間を上手くつかみ、曲想に体の動きを任せるあたりは振付師、パスカーレ・カメレンゴの上手さも手伝っているのかもしれない。4位、総合3位。


 信成はSP6位、フリー9位、総合7位と振るわなかった。実は6月に右膝を痛め、8月にカナダへ練習に行った時には、コーチのリー・バーケルが今年のGPは参加しない方が良いのでは? とも言ったそうで…。本人は膝の回復を待って、試合には3回転ジャンプまでにして挑戦する覚悟で臨んだという。中国杯では何とか2位になり、フランス杯に参加の意欲を見せ戦った。4回転ジャンプなしの振り付けを強化し、5要素で稼ごうと、振付師のセバスチャン・ブリティンを日本に呼び、勝つための策を講じた。しかし、膝の痛みは試合が進むにつれひどくなってきたよう。帰国後、精密検査をし、今後の動向を決めるという。選手にとってけがは最大の敵である。


 【女子】


 ソチの星の一人、才能豊かなエリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)。元気娘・村上佳菜子VS大人のスケートの出来るカロリーナ・コストナー(イタリア)も注目され、アリサ・シズニー(米国)など若手とベテランとの戦いが見ものとなった。


 トゥクタミシェワのSP。ジャンプは上がった所で軸のしっかりした早い回転と、シャープなランディングも力だ。それも3回転ルッツ+3回転トーループは気持ちの良いくらいの形といい流れといい、高さ、技術評価点で加点を思わずつけてしまいたくなる。3つのジャンプ要素は、ほほ完璧。14歳と勢いのある怖さ知らずのせいだろうか? スピンも体が柔らかくしなやかだ。素敵に3つのスピンを、項目をしっかり守りながら可憐(かれん)にまとめ上げていく。演技している時のポジショニングが曲に合っていて、良い感じだ。これですべてレベル4ということになれば、お姉様たちにとっては苦しい戦いになるだろう。SP1位で好スタート。フリーは3回転フリップが2回転になっただけで、各要素は加点のラッシュ。スケーティングの質のさらなる向上、ステップの曲との調和と難しいステップの取り込み、技と技との間のトランディションの使い方、さらに、曲に入り込んで演技する力を付けた時、トゥクタミシェワはロシアの星として輝くだろう。大人のスケーティングにはまだまだという気がするが、先が楽しみな選手だ。このまま順調にソチ五輪に進むといい。フリー2位、総合1位。GP初出場でGPファイナル初出場を決めた。


 コストナー。ベテランの域に達したといってもいいスケーター。昨季の世界選手権銅メダルが、彼女に自信をつけさせたのだろう。少しのミスでは動じなくなってきている、そこが今年の強さだろう。SPは3回転トーループ+3回転トーループ、加速して来るスピードの中で跳ぶジャンプは圧巻だ。もちろん加点。スケーティングの質の高さ、スピードを殺さず、加速しながら跳ぶジャンプは魅力的だ。3回転フリップが2回転、ランディングでバランスを崩し減点。まだ調整が出来ていないのか? ルッツは回避だ。今季もローリー・ニコルの振り付けだ。彼女の良さを一層引き立ててくれている。ストレート・ステップ・シークエンスでも素敵に大人のポジションで曲想に身を置きながら、複雑なステップとチェンジ・エッジの使い分けがスピードを増していくすごさに変えていっている。手足の長さを巧みにアクセントとして使っている。緩急のあるプログラム構成で女性としての美しく、そして強さのある作品に仕上げている。フリーは3位。総合2位でGPファイナルへと道は続く。


 シズニーのSPのジャンプは決まらなかった。始めの3回転ルッツは両足着地でダウングレード。リカバーのジャンプコンビネーションで得意の3回転ループもオーバーターン。後に何とか2回転トーループを付けたが減点。3つのジャンプ要素のうち2つの大きいミスを犯してしまった。グレイスフルな3つのスピン要素はレベル4で技術評価点はほぼプラス3。さすが世界一と言われているスピンだ。曲にもマッチした回転速度での演出だった。サーキュラーステップも優雅で美しい。「バラ色の人生」の曲そのものが演じられているようだったが、ジャンプミスが響き3位と出遅れた。フリーは「悲しきワルツ」曲想と彼女の演技をたっぷり披露。始めの3回転ルッツ、3回転フリップと続き、加点はわずかだが得ることが出来た。シングルアクセル+2回転トーループ以外はミスなく、曲の流れの中にエレメンツが入り、美しくも悲しそうなワルツを演じた。スピン、ステップは何度見ても素晴らしく、美しい。スピンのレベルは4、加点は2つのスピンからはプラス3と得意とするところでしっかりと稼いだ。巧みで上質で上品なスケーティング。エッジをうまく乗り分けられ、そして緩急ありのスケート技術と全身に神経が行き届いた姿。氷上を舞うという感じ。これぞフィギュアスケートと言える。トータルバランスのとれフリー1位、総合3位。


 佳菜子。昨季はパァーと花が咲いたように軌道に乗ってシニアデビュー。今季はジャンプの回転不足が目立ち、らしさが見られなかった。どうも、靴とエッジが合っていないらしい…。SP、フリーとも4位で総合4位。中国杯が6位だから、少しは落ち着いてきたともいえる。パリでよい靴を見つけたとの事。ぴったり合って来れば本来の姿になってくるでしょう。全日本では、元気ハツラツとした彼女を見たい。