ロシアのトゥクタミシェワとソトニコワ。
フィギュア界に五輪金メダル候補現る。

田村明子= 文

http://number.bunshun.jp/articles/-/169291


 いよいよ来るべきものが来たか、という気がした。


 ロシア出身のエリザベータ・トゥクタミシェワが、10月28日からオンタリオ州ミシサーガで開催されていたスケートカナダで、初出場、初優勝を飾った。


 トゥクタミシェワとはまた、覚え難い名前である。だが間もなく、世界中のスケートファンがその名前をスラスラと言えるようになるだろう。何しろ彼女はまだ14歳。おそらくこれから長いこと、女子のトップに君臨するに違いない。


「初めてのシニアGP大会で、ジャッジがどこまで点を出してくれるのか、まったく想像もつかなかった。でもいい演技ができて嬉しいわ」


 シニアデビュー戦の優勝会見なのに、トゥクタミシェワははしゃいでいる様子はまったくなかった。質問した記者の目を見ながら、落ち着いて自分の言葉で語った。


「ジュニアとシニアの大会の違い? 正直に言うと、あまり感じなかったの。試合は試合。どこの大会に行っても、その大会の規模はあまり考えずに、集中して滑るようにしているんです」


 14歳とは思えないこの落ち着きは、子供のときからチャンピオンになるべく教育されて培われてきたものに違いない。

メンタルや技術、演技力にも隙が無い、恐るべき新人。

 スケートカナダではSPからいきなり、3ルッツ+3トウループを完璧に跳んでみせた。これまでイリーナ・スルツカヤなど、数えるほどの女子しか成功させていない難易度の高いコンビネーションジャンプである。重箱の隅をつつくように回転の判定が厳しくなった今の採点ルールに変わってから、こんなリスクの高いコンビネーションを成功させたシニア女子はキム・ヨナだけだ。


 トゥクタミシェワはこの試合では見せなかったが、トリプルアクセルも練習で成功させているという。しかも子供体型のスケーターにありがちの、「ジャンプだけ」の選手ではない。洗練された体の動きとリズム感、ぱっちりした目でジャッジを見据える目力など、パフォーマーとしても必要なものをすでに兼ね備えている。


 怖い新人が出てきたものだ。


 だが本当に怖いのは、実は彼女がジュニアで2番手だったということである。

トゥクタミシェワより実力があるソトニコワもデビュー。

 昨年度の世界ジュニアチャンピオンは、この週末中国杯でシニアデビューを飾るアデリナ・ソトニコワだ。


 同じくロシア出身で、12歳でロシアタイトルを手にした選手である。この7月に15歳になったばかりで、昨シーズンは出場した大会すべてで優勝している。ライバルのトゥクタミシェワに比べると、すでにシニアの体型だけに、技術もおそらくこれから大きく崩れることはないだろう。


 ソトニコワは、さらに難易度の高い3ルッツ+3ループを跳ぶ。過去にスルツカヤと安藤美姫しか成功させたことのない組み合わせのコンビネーションジャンプだ。


 トゥクタミシェワはスケートカナダで鈴木明子らベテランを退けてデビュー戦で優勝したが、ソトニコワのデビューはどのような展開になるだろう。カロリナ・コストナー、村上佳菜子らが、彼女のシニアデビュー戦優勝を阻むことができるだろうか。

ロシアだけでなく世界のフィギュア関係者が待っていた逸材。

 バンクーバー五輪でロシアが1個もフィギュアスケートの金メダルを取れずに終ったのは、1960年スコーバレー五輪以来の屈辱だった。2014年ソチ五輪を控えて選手の強化に必死のロシアにとって、トゥクタミシェワとソトニコワの二人はまさに救世主。大切な金の卵なのである。


「ソチ五輪に向けてのプレッシャーというのはあります。色んな方面から感じるわ。でもあまり考えないようにしているの」


 トゥクタミシェワは、あっさりとそう答えた。


 もっとも彼女たちに期待をしているのは、ロシアの関係者だけではない。フィギュアスケート関係者全体の中で、彼女たちのシニアデビューを待ち望む空気が充満していた。


 過去何年間か、女子シングルは停滞していると言われてきた。そのもっとも大きな理由は、ジャンプの回転不足の判定が厳しくなったことである。


 今の採点ルールでは、選手が演技中に体を休めて息をつく間がとれない。スピンもステップも、少し気を抜けばレベルが取れずにポイントを落とす。そんな中で難易度の高いジャンプを次々完璧にきめろというのは、確かに酷な要求ではある。


 数年前、男子でも4回転ジャンプをやる選手が減り、リスクをふむより安全にまとめる戦略が主流になった時期があった。だが男子はおよそ3年でその停滞期から脱出し、選手たちは新採点方式に体力を順応させて再び4回転が必須の時代が戻ってきた。


 だが女子ではまだ、20年も前と同じジャンプコンビネーションで選手が表彰台に上がるというのが現状である。

「ロシアには、まだ下にすごい才能の少女たちがいる」

 そんな中で唯一、男子並みのコンビネーションジャンプを跳んで一人勝ちをしてきたキム・ヨナは、今季休養中。3アクセルでキムに対抗した浅田真央は、現在ほかの種類のジャンプやスケートの基礎技術などを佐藤信夫コーチの指導のもと改善中である。


 かつてジャンプのミキと言われていた安藤美姫は、5月のモスクワ世界選手権で4回転はもちろん、3+3にも挑まないまま、二度目の世界タイトルを手にして今シーズンは休養している。


 こうした中、そろそろ目の覚めるような技術を持った大型の新人スターが欲しい。次の世代へとこのスポーツを引っ張っていってくれる新人はいないのか。関係者の間でそうした空気が鬱積していた。その欲求に応えるようにして登場したのがこのロシアの2人なのだった。


 もっとも、ジュニア時代は天才と呼ばれた選手が、シニアに上がって伸び悩むことは珍しくない。女子の場合は、特に第二次性徴期の体の変化というやっかいなものがある。カロライン・ザン、長洲未来などアジア系の選手ですら、この体型の変化には悩まされてきた。


 あるISU関係者は私にこう語った。


「でもロシアには、まだまだ下にすごい才能の少女たちが控えている。今の2人がダメになっても、誰かはソチ五輪まで生き残りますよ」


 年齢制限のルールのため、ソトニコワもトゥクタミシェワも今シーズンの世界選手権にはまだ出場することができない。だから今季のGPシリーズが彼女たちのシニア選手としての評価を決定することになる。


 いよいよ女子にも、次の世代の新風が吹き込まれるのか。