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日本のメダリストのコーチたち~長光歌子編(6)

 長光コーチの教え子は、高橋大輔だけではない。また大輔も、ソチ五輪という目標の先に、大きな夢を持っている。それぞれの進む、この先の道とは?


 ◆長光歌子氏・城田対談


 城田「ホント、大ちゃん話は尽きないわねえ。この後も先生は、大ちゃんとずっと仕事を続けられるし、さらにその後も…。長光先生のコーチとしての夢やビジョンを、聞いておこうかしら」


 長光「でも私、正直に言えば、バンクーバーで終わるつもりだったんですよ」


 城田「え、先生を辞めるつもりだったの?」


 長光「そのつもりだったんです、本当に(笑)。色々な意味でもう疲れてしまったから、これで終わろう、って」


 城田「疲れるわよね…。じゃあ今頃は、旦那様とのんびりしているはずだった?」


 長光「そうなんです(笑)。だからバンクーバーの年はね、スケートカナダに行けば、『ああ、もうグランプリに来ることもないだろう。この雰囲気、よく見ておこう』と。で、東京のファイナルにたまたま拾われて出られた時も、『もうファイナルはこれで終わり、よく見ておこう』。そんな事を考えてたんですよ(笑)。それなのに大輔が、続けるって言うから! でもね、私も好きなんですよ。たとえば試合の緊張感のようなものが。たぶん城田さんも、同じでしょうけれど」


 城田「私も好きよ(笑)。ジャッジの仕事もだけれど、それ以上にリンクサイドで色々策を考えながら、選手たちを前に進めていくこと。そんなことを一つ一つ積み上げて、大きな結果につなげて行くこと。それは数字で選手を評価するジャッジより面白いわね。精神的な負担が大きい方の仕事の方が、実は面白い」


 長光「分かります。私もやっぱり、アイスショーで気楽に選手を見ているよりも、しんどい試合の場が好きなんです。だから、良くないシーズンの結果とはいえ、またこうして続けることになってまあ良かったかな、と。そうこうしてるうちにね、不思議なことに、今度、男の子が一人、釧路から大阪に来ることになったんです」


 城田「あら、幾つくらい?」


 長光「今、中学3年生で、中村優くんっていうんです。関大の(付属)高校に進みたいってことで、最近もちょくちょく練習しに来てるんですよ。なかなかかわいい子(笑)」


 城田「中学3年っていうと…」


 長光「ね、なんだか誰かさんがうちに来た時も、同じくらいの年齢やったな、と。でね、彼が今滑ってるプログラム、『ワルソー・コンチェルト』なんですよ」


 城田「まあ、そこまで重なる(笑)」


 長光「(本田)武史君も、彼と一緒にジャンプ勝負するくらいかわいがってくれていて。まあ武史君がいてくれれば、技術的なことは問題なく教えられる。私も経験値というか、また違う側面でバックアップ出来ればって思うと…。これはまた、辞められないのかなって気が、ちょっとしてるんですよ(笑)」


 城田「いいじゃない! でもスケートの先生の苦労って、並大抵じゃない。普段のコーチングはもちろん、試合で選手を落ち着かせて氷の上に送り出す、その時の精神力。しかも勝たせなきゃいけないという、すごいプレッシャーのなかで。そんなすべてのプロセスにおける苦労が、表彰台の上に選手が上がった時には、バーンと吹き飛ぶんでしょう?」


 長光「ええ、そうですね…」


 城田「その喜びもつかの間、表彰台に上がったら上がったで、次はどうしようってことをもう考えちゃうんだけれど…。でもとにかくその瞬間、『君が代』を聞く、その時は本当にうれしいものね」


 長光「そう、『君が代』がいいんですよねえ」


 城田「何回でも聞きたいわよね(笑)。やっぱり才能がある選手は必ず台の真ん中に立たせてあげたいし、先生はまたそんな、伸びていきそうな選手も探さなきゃいけないわけで。今、教えてるのは何人くらい?」


 長光「結構多いんですよ。30数人はいるんです」


 城田「それは大変な人数ね」


 長光「でもスタッフが、武史君含めて5人くらいいてくれますからね。私なんてもう、ちょこっと顔を出せばいいくらい(笑)。でもこの30人の中に、釧路の子をはじめ、なかなか頑張ってるな、と思う子がいるんですね。そんな彼らをどう指導していくか、これから悩みどころなんです。私たちの目の届く範囲にいてくれれば安心感はあるけれど、やっぱりチャンスがあるなら大輔みたいに、色々な所に出してあげたいですし」


 城田「今年は女の子が何人か、いい振付師さんに見てもらったって聞いたわよ」


 長光「国分紫苑ちゃん(冬季ユニバーシアード3位)と、ジュニアの上野沙耶ちゃん(全日本ジュニア6位)ですね。SPはうちのスタッフが作ったものなんですが、フリーは今年、ジェフリー(バトル)に振り付けしてもらったんです」


 城田「それはまた、どういう経緯で?」


 長光「この2人を、ちょっと外で振り付けさせてみたい。じゃあ誰に頼もうかって話を、武史君としてたんです。パスカーレ(カメレンゴ)みたいな一流どころは忙しいわよね、どうしようかな、と。そうしたら武史君が、『僕で良かったら作りますよ、とジェフリーが言ってますよ!』って。『じゃあ、ちょっとコンタクトしてみて!』ということに(笑)。そんなチャンスがあるのなら、どんどん生かしてあげたいわねって」


 城田「そんな時は先生も一緒にカナダに行くの? それとも選手たちだけで行かせちゃうの?」


 長光「今回は、武史君がついていってくれました。これが、両方ともなかなかいいプログラムなんです。ジェフリーらしい間の取り方でね。紫苑ちゃんたちに、『このプログラム、実際にジェフリーが滑ってくれたのね?』なんて聞いちゃった。きっとステキだったんだろうな、と思いながら(笑)」


 城田「じゃあ、2人のプログラムにも、今シーズンは注目ね。楽しみは多いじゃないの! 大ちゃんだってソチでどうなるか分からないけれど、ソチの後どうするのか、なんて考えてるんでしょう?」


 長光「そう、実はあの人も、すごく壮大な夢を持ってるみたいなんですよ」


 城田「なあに、リンクでも作る?」


 長光「リンクだけじゃなくて、トレーニング設備もあって、バレエもできて、スケートに関することはそこで何でも出来るっていう施設を。ロシアなどにはあるでしょう? あんなスタイルで若い選手を育てられる施設を作りたい、なんて」


 城田「外国のオリンピックトレーニングセンターみたいなものね」


 長光「そんなものを作りたいと話してるんですけれど、まあなかなかそれも難しいですよね」


 城田「でも、決して出来ないモノではないと思うのよ。かつて、野辺山とか山梨とかで、自治体に協力してもらって学校も近くで通える施設を作る話、あったみたい。やっぱりあれこれの事情でダメになってしまったけれど、大ちゃんがそんな考えを持ってくれるのは、素晴らしいことよね」


 長光「私はまあ、引退したらそこそこプロでやって、なんて普通に考えていたんですが、大輔の方にはそんな大きな夢があるみたいで(笑)」


 城田「でも、誰かがそんな事業をやってくれないと…日本のフィギュアスケートも、この先続かないかもしれない」


 長光「そうですよね。日本はこんなに環境に恵まれていないのに、みんな頑張っている。選手たち、外国に行くと施設の素晴らしさにがく然としますよね」


 城田「そうよね。リンクなんて幾つもあるし」


 長光「大輔、バンクーバーのエイトリンクスなんて、本当に感動してましたよ。ここだけで8つもリンクがある! って」


 城田「カナダのヨーク大学には12もリンクがあるのよ。ホッケーだけのリンク、フィギュアだけのリンク、スタジアムの付いたリンク、練習専用のリンク…。もちろん食堂もあるし、大学の寮を使って合宿もできる。自転車1台あれば施設中どこにでも行ける」


 長光「もうその、発想からして違いますよねえ」


 城田「大ちゃんも今度、見に行ったらいいわ。そして大ちゃんの夢がかなったら、先生もそこの校長先生か何かになって」


 長光「いやもう、私は(笑)。うるさいことだけはいくらでも言えますけれどね。そんな計画がもし実現すればいいなって、思いますけれど」


 城田「でも、まだまだ続く長光先生のコーチ人生。これまでもこれからも、一番大事にしてることって、何かしら?」


 長光「子どもたちには、スケートの練習や試合が実社会に出る前の擬似体験になってくれればいいな、と思うんですよ。社会に出ていってもしっかりやっていける強い子に、スケートを通してなって欲しい、それが一番ですね」


 城田「スケートを基礎にして、社会に通じる、出来ればしっかりと通じる人間に育ってほしいってことね」


 長光「そうです。みんながみんなチャンピオンになれるわけじゃないから。社会に出る前に、大きな目標を持って、目の前の小さな目標をクリアしながら前に進んで、周りの人に助けられつつ色々な経験をして。それをベースに強い人間になってほしい。今、頭でっかちで、勉強は出来るけれど何も出来ないって子ども、多いですからね」


 城田「私もそう思う。トップクラスの選手だって、いい時ばかりじゃない。辛い時だってしょっちゅうあるけれど、そこからまた次のステップを踏めるから、今は我慢して頑張ろう、って思えるような強さね。フィギュアスケートは特に、小さい頃から大人になるまで一つのものを続けるから、長い時間かけて色々なことを学べる。その道を経て、社会に出ても頑張る子になれるといいなって」


 長光「そうですよね。大成しなかったら、それですべて終わり、では惜しい。どんな子にも『スケートやってて良かった』って思ってもらいたいですから。でもたまに大輔がいい結果を出すと、以前の教え子たちがメールをくれるんですけど、ほとんどの子が『やってて良かったです』って言ってくれるんですよ」


 城田「うれしいわよね。スケートはそこで終わるかもしれないけれど、社会で活躍できて、そこでスケートの経験が生きているんだとしたら。スケートをやることで、他のことも学んでくれてるのだとしたら」


 長光「本当に私もそう思います。今回は城田さんとお話できてうれしかった。一番大切にしていることが、同じだって分かったから。『学ぶのは、スケートだけじゃない―』。私も、ずっと思ってきたことです」(この項おわり)