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日本のメダリストのコーチたち~門奈裕子編〈4〉

 安藤美姫だけでなく、世界ジュニア代表の大庭雅をはじめ、現在も数多くの若手選手を育成中。一流の手腕を発揮する女性インストラクター、仕事一筋の人生かと思いきや…。家庭を大事にし、家族に支えられることこそが、ハードな仕事を続けられる秘訣なんだとか。


 ◆門奈裕子氏・城田対談


 城田「そんな風に美姫ちゃん、真央ちゃんと世界チャンピオンを2人も育ててきた門奈先生だけれど、伸びる選手に共通しているものって何かあると思う?」


 門奈「うーん、以前の子たちにしても、最近見ている選手たちにしても。上手な子たちを見ていると何だかみんな、宇宙人ですね」


 城田「宇宙人(笑)」


 門奈「もう、宇宙人ばっかりですよ。しかも、常識ある宇宙人ならいいんですけれど、みんななかなかそうはいかない(笑)。でも、『いい子』では上に行けないですしね」


 城田「それはそうだ。これだけ厳しい世界で、表彰台に上がるような子たちは、やっはり変わってる。四角い箱の中に入って、何でもきっちりやる子なんて、スケートでは全然魅力がないもの」


 門奈「そうですね、ちょっとやんちゃなくらいの子がいいのかも」


 城田「先生の言うこと聞かないで、どっかにすっとんで行っちゃうような子がいいのよ。誰とは言わないけれど(笑)」


 門奈「そうは思いつつもね、もう、どうしてこんなにきつい子ばっかり…って思う時もあります。だからジュニアぐらいの子たちのレッスンが続くと、そうなる前の小さい子たち、初級ぐらいの子たちをまたいっぱい教えたくなる(笑)」


 城田「そのへんが門奈先生、淡白なのよね(笑)。次の美姫、真央を育ててやろう、ではなくて」


 門奈「だってちっちゃい子を教えるの、楽しいんですもん!」


 城田「大きくなってしまった子に比べると、ただただ無心だから、先生も楽しいんでしょう?」


 門奈「あと、怖いのはママですね…。小さいうちは、ママの考え方に対して『それは違う!』って子どもの方が言えない。ママはその子の人生をゆがめてしまうこともできるし、スケートを奪うこともできる。奪うのは、先生じゃないんです。先生が嫌になったら、別の先生に移ることもできるでしょう? でもママだけが、子どもからスケートを奪うことができる」


 城田「全てのママではないけれど、モンスターと言われるママもいる…。でもそれは、スケートママだけじゃないけれどね。テニスとか色々な個人スポーツでは、大変なママ達の話はよく聞くから。そんな宇宙人と言われる子どもたちや、大変なママたちばかりが多い中、門奈先生は毅然として教えてらっしゃる。それはすごく立派だと思うの」


 門奈「それは違いますよ。私は、何も考えてないだけです(笑)」


 城田「いやいや、愚痴を言いたいこと、もっといっぱいあると思うのよ。あちこちのママに呼びだされ、色々言われるばかりで大変だろうに、良く耐えて頑張ってるいと。ずっと見てきた私は思う」


 門奈「耐えてる、って意識もなくて。やっぱりあまり考えずに来ちゃってるんです。よく取材の人からも、『オフはいつですか?』なんて聞かれるけれど、『ずっとオフですよ』『オンが無いんです』って(笑)」


 城田「それはずっとオンで、オフがないのと一緒じゃないの(笑)。でも美姫はこうして戻ってきたけれど、やっぱりあれだけの愛弟子が離れていく、その時の気持ちは大変だったと思うのよ。それはその後、真央の山田(満知子)先生や、美姫の(佐藤)信夫先生も一緒だろうけれど、先生は特に一から作り上げた人だから。今はこうして淡々としているけれど、当時は辛かったでしょう?」


 門奈「ふふふ、もう大丈夫ですよ。なんでも来い、どんと来いです(笑)」


 城田「でも本当に小さい頃、相手もまだたどたどしい言葉で、通じるか通じないか分からないような言葉で教え込むわけだもの。気持ちの底から教えてきたんだろうし、かわいいと思うだろうし、そんな生徒を手放さなきゃいけないのは辛いだろうな。私もあの頃、先生の心情を聞くだけの時間と余裕があれば良かったんだけれど…」


 門奈「その点では山田先生たちと、やっぱり気持ちが分かりあえるところもあるんですよね。先生のところも、真央だけじゃなくてよっちゃん(恩田美栄)や友加里ちゃん(中野友加里)も卒業していったでしょう? 先生もそんなに色々話さないですけれど、一言だけぼそっと気持ちを言われたことがあるんです。それを聞いただけで、なんだか全部分かる気がした。先生も大変だったんだろうな、と」


 城田「門奈先生の場合はそういう時、ご主人やお子さんがいてくれて、ご家族が違う面でサポートしてくれたんじゃないかな?」


 門奈「ああ、そうですね。私は家庭が一番ですから。家族がちゃんとしてくれてるから、私も仕事ができる」


 城田「幸せね(笑)」


 門奈「幸せでしょう(笑)。美姫のママもいつもそう言うんです。『先生みたいに幸せな人はいないよ』って」


 城田「息子さんも、すごく出来がいいと」


 門奈「自分で生きて、大きくなって、勝手に学校に行ってくれて(笑)。息子は朝、起こしたたこともないくらいです。主人とは毎日必ず一緒に食事をして、『行ってらっしゃい』をしてから私も仕事に出ます。夜も仕事から帰る前に必ず電話をくれるし、家で1人で食事をさせることはない。子どもは手がかからなくて、主人とはそんな感じで…。そういうのも、良かったかもしれないですね。家族に恵まれた、それだけはちょっと、胸をはって言えますよ(笑)。それは満知子先生の所も、信夫先生の所も、きっと同じでしょうけれど」


 城田「でも、家庭は家庭、仕事は仕事ってはっきりしてるのは、山田先生とはまた違うところよね」


 門奈「そうですね。(村上)佳菜子ちゃんと満知子先生は、もう家族ぐるみの師弟愛」


 城田「(伊藤)みどりちゃんの頃から、山田先生はそうだったから」


 門奈「最後まで添い遂げる…そのくらいでなければ、上に行く選手たちの指導は続かないかもしれない。私は、家に帰ったら仕事はしない。仕事を家庭に持ち込みたくはないタイプですから」


 城田「その点では門奈先生、やっぱり普通の先生と違う」


 門奈「本当に私は、何も考えてないから(笑)。いつも聞かれます。』ポリシーはなんですか?』とか』教える時のモットーは?』とか。そうしたら、『無い!』と(笑)」


 城田「じゃ、どうして先生を続けられるのかしら?」


 門奈「それはやっぱり好きだからですよね。本当に、好きなんだろうなあ。やっぱり教えることが、楽しいから」


 城田「毎日毎日、朝から晩まで忙しくても、楽しい?」


 門奈「楽しいですよ。ちびっ子にはちびっ子の楽しさがあるし、宇宙人は宇宙人で、また違う楽しみがあるし…」


 城田「やっぱり宇宙人は困ると言いつつ、楽しみはある(笑)」


 門奈「楽しいです。楽しいけれど、宇宙人と一緒にここまでいきたい! はない(笑)。本当に、『この子と一緒に、絶対あの試合に出るぞ!』がないんです。もう世界選手権も1回行きましたし、世界ジュニアも1回行けたたから、もういいや、と」


 城田「世界選手権は美姫ちゃんね(08年)。世界ジュニアは今年の雅ちゃん(大庭雅)」


 門奈「美姫が棄権したスウェーデン大会。あの時も隣でニコライが興奮してるのに対して、私は『もう、せっかくこんなに遠くまで来たのに…』くらいで、淡々としてた(笑)。それで次の日は、すぐに遊びに行きました(笑)。やっぱりニコライを見ていても思ったけれど、私は他の先生ほど選手にのめり込まない。どんな選手が相手でも、べったりはできない。選手と一緒に心中は出来ないですもん」


 城田「でも夢はないの? やっぱりオリンピックに行きたいなあ、とか」


 門奈「そりゃあ、行きたいですよ。でもこの間の韓国(3月、世界ジュニア選手権)ぐらいの距離だったらいいけれど、遠くに行くのは苦手なんです。『エストニア? ウクライナ? ええっ、それどこ?』って感じですから。遠いのはもう、遠慮したいなあ。今年の雅ちゃんのジュニアGPも、オーストラリアで希望を出したんですよ。近いし、いい所だし、』私、そこに行きたいな! 雅ちゃん、オーストラリアにしようね!』って、無理矢理私の意思を通しました(笑)。でも選手みんな、ほぼ全員がオーストラリアを希望したらしくて、結局違うところになっちゃった(ラトビアとイタリア)」


 城田「その雅ちゃんもいるし、これからも先生のお仕事は限りなく続いていくのよ。やっぱりもう一度、美姫ちゃんや真央ちゃんのような選手を先生の所から出してもらって。もう一度あの頃のような時代を作ってもらわないと!」


 門奈「もう、あの頃のようなことはないですよ。私もきっと、運を使い果たしちゃった(笑)。舞ちゃんもいて、一度に3人もあんな選手を抱えてしまうなんて、きっともうない。それにもう、あんな大変なのはいいです(笑)」


 城田「そうはいっても、名古屋はこれだけ競技人口が多いんだから。あの頃からさらに、スケートをする子たちも増えてるわけだし! やっぱり先生のような人の所から、たくさん選手たちが育っていくのがベストだと私は思う。だからここでやっぱり、選手を育て上げる上での先生のポリシーを聞いておかないとね」


 門奈「そんな、全然格好いいことは言えないですよ(笑)」


 城田「でも教える上で、大事にしたいことはあるでしょう?」


 門奈「大事にしたいこと…。やっぱり『毎日見ること』かな。ジャンプってほかっておくと、1日1日、どんどんゆがんで行ってしまうので」


 城田「毎日見ること」


 門奈「毎日ちゃんと子供たちに会って、遠目でもちゃんと眺めて、毎日接して。それは、心がけています」


 城田「そうやって育てられた子どもたちは、宇宙人でも何でも、幸せなんだと思うわよ」


 門奈「でも私、教えた子どもたちは、スケートをやめた後も幸せになってほしい。私も家庭が大事ですから」


 城田「それは、スケートなんてやめちゃって、忘れちゃって、幸せなお嫁さんになっちゃってもいいの?」


 門奈「いいと思うんです。その子が幸せだな、と思ってくれるなら、スケートを忘れてくれて、全然構わない」


 城田「そうね、スケートをやめても選手生活で鍛錬したものを生かして社会で頑張ったり、社会生活をきちっと送れたりすれば、それでいいわよね。お嫁さんになったにしても、結婚生活で耐え忍んだり、時には自分を前に出したり、そんな駆け引きが試合と同じように出来るんじゃないかしら。門奈先生の教えた生徒たちはね」


(この項おわり。次回からは長光歌子コーチ編)