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日本のメダリストのコーチたち~長久保裕編〈5〉

 名選手が何人も育った仙台・泉のリンク。しかし04年にリンクが閉鎖されたことを機に、長久保は名古屋へと拠点を移す。新たな挑戦を始めたこの地では、仙台時代から指導をしていた鈴木明子が開花し、バンクーバー五輪代表に。長久保は長野五輪以来12年ぶりに、五輪の地を踏むことになる。


 ◆長久保氏・城田対談



城田「静香ちゃんの後にもたくさん選手を育てたけれど、最近の長久保君といえば、やっぱり鈴木明子ちゃん。いつから預かってるの? 中学生くらい? 豊橋(愛知)の子だけれど、その前からちょこちょこ仙台に来てたのかな?」


長久保「実はね、彼女は小学生の時から仙台に来てるんですよ」


城田「そうか。名古屋の選手たち、よく仙台に合宿に行ってたようですね。門奈先生の生徒たちも、よく行ってた」


長久保「そう、そのころ美姫ちゃんや真央ちゃんと一緒に、先生は違うけれど明子も来てたんです。美姫ちゃんは3回、真央ちゃんは1回だけ。でも明子だけは毎年、夏だけじゃなく、春、夏、春、夏と来てたね」


城田「それで大学は仙台(東北福祉大)に入って、本格的に長久保君についた。でもシニアの最初のころ、体調を崩しちゃったのよね…」


長久保「あいつは、責任感がすごく強いからね。それからやっぱり一番の原因は、私が作ったんでしょう。大学に入ったばっかりの頃、『おまえ、重くないか?』って言っちゃった」


城田「それがいけなかったのか…。私も何の気なしに言っちゃった言葉が、結構鋭く選手の心臓につき刺さっちゃうらしいからね。あの時は明子ちゃん、本当に痩せちゃって。体重も、35キロぐらいになっちゃったんでしょう?」


長久保「いや、30キロを切りそうだったんです。医者からも『これ以上やせたら命がないよ』と言われるほどだった」


城田「それでも長久保君から逃げ出すことなくついて来て、ちゃんと復活して五輪に連れて行ってくれたじゃない!」


長久保「うん、実は選手として最後の仕上げまで面倒みたのは、彼女が初めてなんですよ。後はみんな、大学生になった時には仙台から出ていって、『さようなら』でしょう? 仙台の大学に入った岳斗だって、最終的には佐野先生が仕上げてくれた。ただ、それでいい、ってずっと思ってきたんですけどね。海外の試合に出るような選手になって、8時間も飛行機に乗るのは嫌だし(笑)」


城田「明子ちゃんの試合の時は、一生懸命ついていってるじゃない(笑)」


長久保「もう体が持たないから、『俺、自分で金払うからビジネスで行かせて』って言ってます。私もまだまだ若いつもりなんですけど、インストラクターはまず健康管理が大事ですから。それに病気をしたことで、ビジネスに乗ることにもあまり抵抗がなくなったからね」


城田「そうか、先生はバンクーバーの前のシーズンに病気をしてるのよね」


長久保「胃を半分切ってもらった(笑)。シーズンの初め、明子と一緒にオーバスドルフに試合に行ったんですが(08年ネーベルホルン杯)、お腹がすいてるのにうまいはずのスパゲッティが全然食べられない。そんなことが1週間続いたら、『先生、おかしいよ!』って明子に言われて。それでお医者さんに行ったら『潰瘍(かいよう)が出来てますね』ってことで、胃潰瘍の治療を始めたんです。その検査の時に取った胃の組織から、ガンが見つかった」


城田「大変だったけれど、早く見つかって、ある意味良かった」


長久保「08年の全日本選手権のフリーの直前に、病院から電話がかかってきたんですよ。『ガンが発見されたから、すぐに手術してください!』と。もう、『ガーン』てね(笑)」


城田「それですぐに半分取っちゃった」


長久保「取っちゃった(笑)。手術は、09年2月の四大陸選手権(バンクーバー)の直後です。明子の試合を終わらせて手術して、3月には崇人(無良)の世界選手権(ロサンゼルス)に行ったんですよ」


城田「明子ちゃんは久しぶり(7年ぶり)の四大陸で、無良君は初めての世界選手権…。あの頃、2人ともバンクーバーを狙えてたから、大変だったのよね。ガンの手術なのに、入院もほとんどしてなかったって聞いたけれど」


長久保「あと1日入院すれば保険で費用が出たのに、バカだからすぐに帰ってきちゃったんです(笑)」


城田「でも、それだけ頑張ったおかげで、明子ちゃんが五輪に行けて…。五輪シーズンの夏の飯塚(飯塚杯)の時かな? 私が久々にジャッジをした試合だけれど、その時に『あ、明子ちゃん、行けそうだ!』って思ったの。その後にGP中国杯で初優勝して、『これはすごいよ…』と」


長久保「でも、全日本は苦しかった。ジャッジ席のメンバーを見た時点で、『あ、これは明子が負けるわ』と思ったからね」


城田「でも、全日本の彼女の演技は素晴らしかったし、中国杯でもGPファイナルでも(表彰)台に乗って。その実績も大きくて、逆境を跳ね返せたと思うのよ」


長久保「僕は一番苦労した選手はやっぱり静香なんだけれど、静香が離れてからは明子が一番長い時間見てるから…。良い所も悪い所も全部分かるから、明子が一番、手がかかってるように感じるんですよ」


城田「明子ちゃんは演技も出来れば、ジャンプも5種類しっかり跳べるしね。先生はやっはり、ジャンプを跳べる子が好きでしょう?」


長久保「いや、ジャンプが出来るか出来ないかより先に、僕の言うことを真っすぐ素直に聞いてくれる子でないとね。そういう子じゃないとうまくならないし、僕も好きになれない。一応最初のうちは、どんな選手も同じように見ます。でも残るのは、うまくなるのは、素直な子」


城田「明子ちゃんも、素直?」


長久保「すごく素直です。素直なんだけど、時々かみついてくる(笑)。でもかみついてるうちに、『あら、ちょっとかみつく所を間違えちゃったかな』と気づいて、すぐに『ごめんなさい』って言える子です。やっぱり『ごめんなさい』が言えない子はダメなんですよ。いくらでも言い争いをするのはあり。でも、自分が悪いって気がついた時に、すぐに『ごめんなさい』って言える素直さ。それが一番、スケートが伸びるために必要なものかな、って僕は思います。まあそんな素直な明子のおかげで、バンクーバーでは五輪の閉会式に初めて出られたしね(笑)」


城田「え、本当? 札幌や長野は? 試合前の開会式はともかく、閉会式は出ればいいのに」


長久保「出してもらえなかったんですよ! 自分が出た時は、真駒内のリンクで閉会式をやるから、そんなにたくさんの人数が入れない。ペアのあんたたちは出なくていい、と…」


城田「ええ?、開催国の選手なのに? それはちょっとひどいね」


長久保「長野も出てないからね。あの時は席がなかったのか何なのかよく分からないんだけれど、『長久保君は、もう帰るのよね?』って言われてね。確か松村(達郎氏。アイスダンス代表、河合彩・田中衆史組のコーチ)とじゃんけんして負けて、私が帰ることになったんです」


城田「誰に言われたの? え、私? 本当に? ごめんね…。まあ、どうしてなんだろう? 私、冷たかったわね(笑)。席が少なかったのかしら。でも、開会式の時の写真は確かあったわよ~」


長久保「だから僕は、五輪の閉会式に出たくてしょうがなかったんですよ。それがバンクーバーでやっと!」


城田「良かったじゃない! じゃあソチは、開会式も閉会式も両方出てください(笑)。明子ちゃんまだまだ続けるでしょ? 次のソチまでは」


長久保「どうですかねえ(笑)。僕、『いつまでやろう』って話はしない。この1シーズンを頑張ろうねって、毎年言ってます。それでいいと思ってるんですよ」


城田「他にも、遥ちゃん(今井)もいるしね」


長久保「うわあ、あの子は宇宙人! どうなるかなあ(笑)」


城田「遥ちゃんってドジョウじゃないけれど、つかもうとするとスルっと逃げていく所があるのよね。つかみどころがない…。でもジャンプを見てると、ルッツの後ろにパンッとトーループを付けちゃう。あれはすごい才能だなって思ったのよ」


長久保「遥のトリプルルッツ―トリプルトーループ、奇麗でしょ。最近、ルッツを直したら、すごく良くなったんです。あとはもっとコンスタントに名古屋に来てくれればいいんだけれど」


城田「遥ちゃん、今は東京から週末に来るだけ?」


長久保「そう、だいたい金曜から日曜。もっと来れば、もっと面倒見られるんだけれど。あの子はすごく能力もあるから」


城田「静香とはまた違うけれど、どちらかといえば遥ちゃんも静香タイプよね。だから遥ちゃんと一緒に練習すれば明子ちゃんもさらにうまくなるし、遥ちゃんも明子ちゃんと一緒に滑ればがんばれる」


長久保「うちにはさらに、後藤亜由美ってのもいるしね」


城田「さらに男の子だって何人かいるじゃない? 木原(龍一)もいい選手よね」


長久保「木原も最近、やっとトリプルアクセルを練習しだしてね。1回奇麗に降りて、その日のうちに6回くらい降りたけれど、それから1週間、またまったく降りられなくて。今、苦しんでる所ですよ」


城田「そのサイクルがだんだん縮まってくる、そんな段階なんでしょうね。いいじゃない、教えがいのある選手がたくさんいて! やっぱり長久保君は恵まれてる。自分が『これだ!』と思って作り上げた生徒は、その後間違いなく育ってるんだから。やっぱり都築先生から始まって、色々あったかもしれないけれどここまで至った。道を一つずつ切り開いて、階段を一つずつ上がって行って、そうやって今、コーチとしての頂点に来ているんだろうな、って思うのよ」(続く)