スポルティーバ 4月30日(土)17時0分配信

 タイトルを失ったばかりのディフェンディングチャンピオン。その会見とはとても思えないくらい、フリー後の高橋大輔を囲むミックスゾーンは明るかった。

「4回転でトーを突いた瞬間に、スケート靴のエッジのビスが抜けちゃったんです……。滑る前にチェックはしていたので、運が悪かったんだろうな……。かなり焦っていたので、原因はまだわからないけれど……でも誰のせいでもなく、自分のせいですよ」

 演技途中でスケート靴が壊れたアクシデントのことも、さばさばと「仕方のないこと」として語る。言い訳をせず、自らの非を認める男らしい態度に、聞く側はただ黙ってうなずく。

 トリプルアクセルのステップアウト、サルコウの転倒も、エッジの不具合で体重を靴にかけにくくなったためだという。

「中断は仕方ないけれど、アクセルとサルコウは悔しい……。でも演技に気持ちを込めて滑れたので、その点はよかったと思います。プログラムの方はなぜ崩れなかったか? 

 もう、確実にメダルは無理だ、と思ったので(笑)。あとは魅せるしかないな、と。ハプニングの後、お客さんはずっとあたたかく応援してくださって、本当に助けてもらいましたから。お返しとしては、今日の演技ではとても足りないかもしれないけれど……でも、自分の仕事はしたかったんです」

 開始直後のアクシデントも、ふたつの大きなジャンプミスも、一瞬のちには忘れてしまうほどの役者ぶり、切り替えの早さは、さすが前世界チャンピオンだった。

 今回の世界選手権では、トリノ五輪を経験していない比較的若い3人が表彰台に上ったが、やはり彼らには出せない円熟味、氷に立つこと自体が一幅の絵となるような風格が、高橋大輔にはある。ダイスケは別格。そんなことを多くの人が実感するようなパフォーマンスだった。

 ジャンプの失敗を抜きにして考えることを許されるならば、去年の五輪や世界選手権での「道」以上に、今季のフリープログラム「ブエノスアイレスの四季」を仕上げてきた、と言ってもいいかもしれない。

「このままでは、終われないんじゃないですか?」

 確実にある答えを期待して、多くの報道陣は聞いた。

「そうですね(笑)。これで最後にはしたくない。やるしかないでしょう! ロシアでこの失敗をしてしまいましたから、次はソチかな」

「おおおっ」という、ミックスゾーンでかつて聞いたことのないどよめきが起きた。

 ベテランに進退問題を聞くことは難しい。試合直後に聞いても、「もう少し考えます」と言葉を濁す選手も多く、ここまではっきり「ソチ」の2文字が彼の口から出たことに、居合わせたメディアはちょっと感動してしまったのだ。そして100%、彼の「現役続行」を大歓迎していた。

「試合の前から、あともう1年、ということは考えていました。今シーズンはいろいろあって、いつものシーズンではなかったから、あと1年は続けよう、と。でも『ソチまで』と思ったのは、フリーが終わってからです。五輪に行けても行けなくてもいいから、ソチまでは続けようかな、と。

 もう世界のトップには、いられないかもしれない。でもやはり、自分の納得のいくまで選手を続けてみたい」

 確かに今大会、彼よりも下の世代の選手たちが4位までを占め、「トリノ五輪組」のジュベール(フランス)やヴァンデルペレン(ベルギー)は、それぞれ9位、15位に終わった。高橋がこれから先、これまでのようにメダル争いに絡める、という保証はどこにもない。

「日本を見ても(小塚)崇彦だけでなく羽生(結弦)君もいますし、さらにたくさん若い選手はいる。世界を見たら、あと3年の間にどんな選手が出てくるかもわかりません。どんどんどんどん、離されていくかもしれない。でも若い力に負けず、いい経験を積んでいけたら、と思いますよ」

 ソチ五輪まで、高橋大輔を追いかけることができる。それは多くの記者、カメラマン、そしてファンにとっての喜びである。

青嶋ひろの●取材・文 text by Aoshima Hirono