http://hochi.yomiuri.co.jp/column/shirota/news/20110426-OHT1T00175.htm


世界フィギュア~東京からモスクワ開催に~

 3月11日、東京を留守にしていた私は、打ち合わせも終わり静かな海を眺めていた。午後の4時近くだったように思う。「御宅からお電話です」「自宅から?」。そう言えば自分の携帯電話は、かばんの中にマナーモードで入れっぱなし。受け取った受話器から「大地震!」「大津波!」の言葉。慌ててホテルの部屋に戻り、テレビを付けたら…。考えられないほどのダメージが東日本を襲っていた。さらに福島第1原発の放射能被害と、二重、三重の耐えられない程の無残な状況。あまりテレビを見ない私が、一晩中くぎ付けになった。これから一体どうなって行くのか? 画面を見る限り三陸海岸から茨城県にかけて、地形が変わってしまうのではないかと思った程だった。


 海外での報道は、まるで日本が沈んでしまうかのような印象を与えたのだろう。友人から「大丈夫か? 無事か? 」のメールが何本も来た。私はすぐに、3月21日から行われる東京の世界選手権に影響が出るのではないかと心配になった。世界選手権のためにイベントコーディネーターも東京入りし、準備万端で開幕を待つばかりの中、大地震が起こる。国際スケート連盟(ISU)へ状況を報告する際も「東京は大丈夫だと…」当時はそう考え伝えたのだろう。翌12日の報道では、チンクアンタ会長は震災や東京電力第1原発1号機で起きた爆発を重視、「全ての面で安全が確認できなければ開催は決められない。日本当局による保証が最も重要になる」と述べ、早急に結論を出させる方針を示した。


 すでにこの時、チンクアンタ会長は、日本開催は無理だろうと踏んでいたように思う。64か国の加盟団体を抱えての総指揮官だ。選手、関係者たちの安全を第一に考えて当然だ。と同時に、他国で開催可能な会場を探し始め、作業に入っていたのではないか。13日には、来日するはずの主任スポーツ・ディレクターが日本に来ないと情報が入った。私はこの時、日本開催は無理だ、と思った。一方、日本スケート連盟は14日、東京開催を見送ると発表した。16日、チンクアンタ会長から10月での日本国内開催の要望が出て、日本連盟は今秋に世界選手権&世界国別対抗戦とも国内開催を目指して調整をする方針を決め、西日本開催も視野に入れ検討する姿勢を取った。


 しかし、秋開催の打診は、震災を起こした日本への「リップサービス」のようにも取れた。対応策が日本連盟はあるのか? と試され、どのような返事が来るのか? と値踏みをされたように感じる。世界に向けてどのようなスタンスで対応するのか? アイディアはあるのか? 考える力と豊富な経験に基づく知識を試された感は否めない。18日、もうすでにISUは、代替地は模索し終わっていたように思う。「22日までに日本での開催有無について回答せよ」。ずいぶんと気遣いのあるISUの返事待ちの答えだと思った。


 フィギュアがスポーツである限り、多くの加盟国団体があり、「その年の王者は誰か?」という最も大事なシーズン最後の大会である。自然の力でどうしようもなく受けてしまった、震災と福島第1原発の爆発に放射能漏れ…。大会を開催するには無理があると、震災が起こった段階でISUの考え方を察知するべきで、「今年の世界選手権はやれる国でお願いします」と言うような謙虚さが、日本連盟になかったのだろうか? と疑問に思ってしまう。日本がフィギュア大国ではなく、やっとシングルが世界のトップに位置してきただけで、(ペア、アイスダンスを含めた)4カテゴリー全部でのメダル圏にほど遠い。すべてそろった時点で、大国になったという看板で胸を張ってもいいだろうが、まだまだ入口をちょっと入っただけだとは思わないのか?


 64か国の加盟団体だって、日本の被災は十分理解している。しかし、秋にやる世界選手権なんて、気の抜けたシャンペンみたいなもの。1シーズンに2回の世界選手権をやるなんて、考えられない…。努力した中で開催が無理と判断したなら仕方がないが。結果、カナダ、ロシア、フィンランド、ドイツ、アメリカ、オーストリア、クロアチアなどがノミネート。代替え第1候補はロシアだと思った。ソチ五輪を控え、プーチン首相もサポート。ロシア連盟の会長が交代したものの結束力が強く、いつも同じメンバーで世界を回っているからフィギュア情勢も分かっている。その後、正式にモスクワ開催が決まった。チンクアンタ会長は、1か月遅れになったが開催出来ることになり、ほっと胸をなでおろしたのではないだろうか? 彼はロシア連盟とも懇意だから、上手く運営出来るだろう。


 一方、選手たちにとって秋開催は「No more」だったろう。東京の3月開催に合わせ、トレーニングし調整してきた。それを今一度リセットし、再度4月末に向け調整に入る。予定されたスケジュールが狂うと選手たちは心理的に大きな打撃を受ける事も多い。新たにコンデションを調整する難しさが勝敗を分ける形となるだろう。気持ちを切り替え準備時間があると考え、焦ることなくあらゆる面で調整をし、プログラムの質感をより高くしながら体力も強化。無理なく完璧にプログラムを消化出来るように努力し、観客やジャッジから「素晴らしい」と評価されるよう、細部まで調整出来ると言う時間が与えられたと判断する事が得策だろう。


 年に一度の世界選手権。大舞台のモスクワへ、大きなエネルギーと強い精神力へとの準備を整えた選手が、栄冠を手にするだろう。