モスクワで2011年世界フィギュアスケート選手権が開幕した(25日から6日間)。当初は3月末に予定されていた東京での開催。東日本大震災の影響で、延期、中止、他国での開催……さまざまな可能性が検討された末に、ロシアで行われることになった。

新生キム・ヨナがどんな滑りを見せるのか

 日本からはシングル、ペア、アイスダンスに選手たちが出場するが、注目は何といっても男女のシングルだろう。女子は安藤美姫、浅田真央、村上佳菜子、男子は高橋大輔、織田信成、小塚崇彦の精鋭が参戦する。


 2月に台湾で行われた「四大陸フィギュアスケート選手権」では、安藤と高橋がともに優勝。バンクーバー五輪後、調子を崩していた浅田も四大陸では銀メダルに輝き、伝家の宝刀「トリプル・アクセル」にも精度とキレが戻ってきた。


 また、村上佳菜子も冬季アジア大会で優勝し、大会ごとに目覚しい成長を見せている。小塚崇彦は予選免除枠2の関係で予選からの出場になるが、高橋、織田、小塚の3選手も実力は申し分ない。4回転ジャンプの精度がメダル獲得の鍵になりそうだ。


 そして、もうひとり注目を集めるのは、韓国のキム・ヨナ選手だ。一時は引退の噂も囁かれていたが、再びあの華麗な演技が帰ってくる。大会に向けて完璧な練習をこなしてきたという。指導するオブガード・コーチは、キム・ヨナと新プログラムについて「今回の世界選手権で新たな衝撃を与えるだろう」と自信を見せている。新生キム・ヨナがどんな滑りをするのかも必見だ。


小塚選手の祖父・光彦氏が名選手、名指導者を育てる

 フィギュアスケート好きの間では、当たり前というか、誰もが知るところだが、フィギュアの選手には名古屋出身の人が多い。世界フィギュアに出場する安藤、浅田、村上の3選手はもちろん、男子の小塚も名古屋の出身だ。


 振り返ってみれば、名古屋には脈々と名選手の系譜がある。1990年代から見ても92年アルベールの銀メダル・伊藤みどりさん、その後の恩田美栄さん、近年では中野友加里、鈴木明子も名古屋でスケートに取り組んでいる。


 なぜ、名古屋はこれだけの選手を輩出し、またフィギュアスケートが盛んなのか? 名古屋出身の選手が活躍すればするほど、その理由が知りたくなる。そこで、2月に名古屋へ行って、その環境と実態を調べてきた(詳しくは小学館「本の窓」5月号をご覧ください)。


 さまざまな理由と影響があると思われるが、名古屋スケート界のルーツを訪ねていくと、小塚崇彦選手の祖父、小塚光彦氏の存在に行きあたる。旧満州でフィギュアスケートを覚えた光彦氏が名古屋に戻り、戦前からフィギュアの普及振興に尽力される。そして、その指導を受けて息子の小塚嗣彦氏(崇彦の父)や、山田満知子氏(伊藤みどりや村上佳菜子を指導)、門奈裕子氏(安藤美姫などを指導)が名選手・名指導者として活躍し、名古屋隆盛の礎を築いてきた歴史があるのだ。


一年中スケートを滑れるのが当たり前の環境

 実際に名古屋に行って驚かされるのは、スケートに取り組んでいる子供たちの多さだ。地下鉄で名古屋駅から2駅、大須観音駅の近くにある名古屋スポーツセンターをのぞくと、平日でも学校帰りの子供たちが高いレベルでガンガン滑っている。


 その数、軽く100人以上。子供たちがグルグルと滑っているリンクの中央には、彼らが所属するクラブのコーチがいて、適宜アドバイスを授けている。また、そのすぐ横では、幼稚園の年少組くらいのちびっ子たちが、スケート教室の先生たちの指導を受けて、氷上に置かれたコーンをジグザグに滑っていたりする。とにかくものすごい熱気と人数だ。


 名古屋には、スケートリンクを中心にたくさんのスケートクラブがあってレベルに応じて指導が受けられるシステムが出来上がっている。


 また、クラブの活動を支えるハード面での要素としては、夏でも滑れるスケートリンクの存在がある。先日、名古屋出身の女性アナウンサーとラジオ番組で話をしていると、彼女は「スケートリンクは全国どこでも一年中やっているものだと思っていた」と言っていた。名古屋では、スケートは夏でも滑れるのが当たり前なのだ。


スポーツを支える三つの力

 そして、こうした環境の中から飛び出してきたトップ選手たちの活躍が、次の世代のモチベーションを刺激することは言うまでもない。伊藤みどりさんに始まったトリプル・アクセルへの挑戦は恩田美栄さんに引き継がれ、今は浅田真央が受け継いでいる。明日を夢見て頑張っている子供たちには、憧れの対象が必要なのだ。


 一年中滑れるリンクがあって、レベルに応じた指導体制があって、子供たちのやる気を刺激するトップ選手の活躍も身近にある。名古屋には、フィギュアが盛んになる環境がすべてそろっている。


 名古屋でフィギュアスケートを取材して、スポーツを支える三つの力を改めて知った。


(1)環境の整備
(2)指導体制の充実
(3)トップ選手の活躍


被災地に憧れのプレーを届けてほしい

 4月29日には仙台で、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス、サッカーJリーグのベガルタ仙台の試合がそれぞれ行われる。東北でのスポーツのイベントもいよいよ動き始める。


 被災地では、いまだにスポーツどころではない状況が続いている。子供たちのスポーツ環境が整うまでには、まだまだ時間がかかるだろう。グラウンドや体育館などのハードも、指導者や指導体制というソフトも大きなダメージを受けている。


 しかしそんな中でも、トップ選手の活躍だけは見てもらうことができる。東北楽天やベガルタの選手たちは、地元でのゲームを張り切って戦うことだろう。


 モスクワで滑る日本のフィギュアスケートの選手たちもきっと同じ気持だと思う。


 被災地の復旧・復興に向けて少しずつ動き始めている今、、トップ選手たちの活躍には子供たちに届くメッセージがあるはずだ。プロ野球選手もJリーガーも、フィギュアスケーターも被災地に憧れのプレーを届けてほしい。



http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110425/268131/?P=1