青嶋ひろの
スポーツナビ

世界フィギュアスケート選手権に向けて

■GP2連勝、全日本選手権初Vと、充実のシーズン

充実のシーズンを過ごしている小塚。世界選手権へ向けては「希望が広がっている」
充実のシーズンを過ごしている小塚。世界選手権へ向けては「希望が広がっている」【撮影・森田正美】

「今までで一番思い出に残っている大会は、初めて出た去年(04年)の全日本、ショートプログラムです。なんと1位で……すごくうれしかった! 自分がこれまでやってきた成果が全部出た、やったー! って感じ。その日は自分が載った新聞の記事とか、いろいろ読んじゃったんですよ(笑)」(2005年、16歳の小塚崇彦インタビューより)

 そんな初々しい言葉を聞いたのが、ついこの間のよう。どうしても小塚崇彦といえば、「日本チームの末っ子」「温室育ちの気立てのいいお坊ちゃん」というイメージがぬぐいきれない。

 それなのに、今シーズンはどうだろう? 初のグランプリシリーズ(GP)2連勝。エリック杯でたたきだした当時世界歴代2位のスコア(フリー、170.43点)。そして、初の全日本選手権制覇――。目覚ましい成果を得るたびに、自信に満ちた言葉と堂々たる態度で、「これがあのタカちゃんだろうか?」と私たちを驚かせてくれている。

「この成績(GP2勝)と点数……自信を持ってもいいかな、と思っています。今回(エリック杯)のフリーも、今の僕の実力を考えれば、出せるものはすべて出したと思っていい。でも実力を上げれば、もっとちゃんといい演技もできるし、技術もプログラムもどんどん磨いていけば、今後も点数の伸びはある。そう思っています。このグランプリで終わりではないし、3年半後を目標として、毎日過ごしているので」(優勝したエリック杯にて)

「今回(四大陸選手権)はジャンプミスは目立ったけれど、ジャッジの方や関係者の方、本当にたくさんの方に、『すごくいい!』って褒めてもらったんですよ。特にフリー……2月に修正した振付けにも手応えを感じていますし、これなら世界選手権、いけるかもしれない。そんな希望が広がっています。褒められたからと言ってうぬぼれることなく、このまましっかり練習して臨んだら、いい結果はついてくるんじゃないかな……そんな気持ちはちょっとずつ、自分の中にわいてきているんです」(総合4位、フリー2位で終えた四大陸選手権にて)

 結果だけでなく、どの試合でも確実に次につながる何かを得て、充実感の中で過ごすシーズン。その充実ぶりも、芽生えた自信も隠そうともしない姿が、なんともまっすぐでまぶしい。


■試合では「80パーセントの演技」をするのが目標

「伸びのある滑りが僕の理想」と語る小塚
「伸びのある滑りが僕の理想」と語る小塚【撮影・森田正美】

 しかも、ただただ波に乗る自分に有頂天になっているのではないのだ。試合に対する姿勢やスケーティングのこだわりなどを聞いても、なんだかとても大人な、こちらがうなってしまうような考えを、今シーズンの小塚崇彦は語ってくれる。

「人それぞれだと思いますが、僕は試合で、いつも120パーセントの力を出そうとはしていません。80パーセントの、自分のコントロールできる範囲で演技をすること。マックス以上の力を出そうとは考えず、しっかり練習してきた通りの演技をすること、それをいつも目標にしています。
 ただ80パーセントといっても、次の試合では力をつけて、100パーセントの部分を大きくしていきます。たとえば次の試合では、今回の120パーセントが100パーセントになる。そうすると同じように80パーセント出していても、今回の96パーセント、次には出せるようになりますよね。そうしたら、点数だって伸びる、そんな考え方なんです。
 でもそんな余裕が出てきたのも、最近のことかな。以前はもともとの実力が低かったので、いつもいつも精いっぱいのことをやらないと、点数が出なかった。80パーセントの演技をしていては、なかなかまわりに追いつかなかった。そこで精神的なコントロールも難しくなって、『どうしよう、100パーセントいっちゃう? いかない?』なんて迷うことも、かつてはよくあったんです」

 と、これはエリック杯にて、試合への臨み方について聞かれた時の答え。

「浅田(真央)選手と一緒に練習していて、最近は彼女の滑りの音が僕の理想のスケーティングの音に近づいてきた気がするよ、なんて話をしました。理想の音――滑る音はどんな人でもするんですが、ただガリガリと氷をひっかくような音ではなく、グーンという伸びる音なんです。たとえば野球のピッチャーの投げる球で、伸びる球、ってありますよね。あんな感じで、速さはなくても、伸びる。びゅーんって、後に行くほど伸びる。ただスピードがあるだけでも、ただ力強いだけでもない、伸びのある滑り。そんなスケートが、僕の理想なんです。
 そんなことを、実は今まではあまり意識したことがなかった。ただ小さなころから、(佐藤)信夫先生や父(小塚嗣彦コーチ)がいろいろなことを教えてくれたので、意識しなくてもそんな滑りをするようになっていたのかな。ところが、自分で意識してもっと伸びるようなスケートをしようとすると、今までよりもさらにもっと、伸びるスケートができるんだなって、最近気づいたんです」

 と、同じくエリック杯にて、美しい滑りの秘密を問われた時にこう答えた。

■五輪の大舞台を踏んでも変わらない“末っ子気質”

五輪の大舞台を踏み、成長した小塚だが、“末っ子気質”は相変わらず?
五輪の大舞台を踏み、成長した小塚だが、“末っ子気質”は相変わらず?【撮影・森田正美】

 本人も十分自覚しているが、彼が話すことも、その考えに基づいたスケートも、五輪の舞台を踏む前とは、目覚ましく違う。あの大舞台を越えたことで、日本チームで最も成長し、最も変化したのは、やはり小塚崇彦。今シーズンの彼を見ていて、間違いなくそれが言えるだろう。並みいる一流選手であっても、今の彼ほどしっかりした考えを、これだけ豊富に語れる選手はそういない――興味深い話にひたすらうなずきながら、「タカちゃん、なんだか遠くへ行っちゃったね……」などと、すこしさびしく思ったりもした。

「勝手に遠くに行かせないでください(笑)。自信を持つのは悪いことではないけれど、図に乗ってはいけない、と思っていますし。それにまだ、やっぱり試合となるとめっちゃ緊張するんです。今日(エリック杯フリー)だって衣装のボタンとホック、上から下まで全部外したまま、氷の上に出ちゃったんです。6分を滑った後に一度汗をふくために脱いで、もう一度着た時に緊張していて、はめるのを忘れてそのまま出ていっちゃった(笑)。気付いたのは、演技前に信夫先生と話をして、いつものように先生に背中を向ける直前。あ、全部取れてる! って(笑)」

 なあんだ、やっぱりまだ「タカちゃん」じゃないか、と思う。まだまだそそっかしくて、みんながほっておけない、末っ子気質。報道陣に対しても相変わらず愛嬌(あいきょう)たっぷりで、「ねえ今日、僕の笑顔見てました? ちゃんと笑ってました? 僕はちゃんと笑顔で滑ってたつもりなんですけど、どうだったかなあ?」などと聞いてくる。試合のこともプライベートのことも、私たちに語りたいことがたくさんあって、いつもチームリーダーたちからストップがかかるまで、たっぷり話を聞かせてくれる。


■「誰かの記憶に残るようなスケートを」

「崇彦、相変わらずですよ。相変わらず衣装やらIDやら、忘れ物の神様ですしね! でももう何か忘れても、私たちが面倒みてあげない、ほっておくんです(笑)。忘れたら自分が困るんだってこと、そろそろ知ってもらわないとね!」と、佐藤久美子コーチも笑う。

「私も昨シーズンから、彼がそんなに変わったとは思いません。自信はついてきたようですが、これからきっと調子に乗ってくる。本当に、おっちょこちょいですからねえ」と、信夫コーチもまだまだだ、と言う。

 成績を見れば、滑りを見れば、小塚崇彦はもう誰はばかることなく一流のスケーターだ。でもその本質の部分はいつまでも変わらず。相変わらず温室育ちで、そそっかしくて、人なつっこい愛すべきキャラクターのまま――満を持して臨む世界選手権では、そのまま遠いところへ、高いところへ行くのだろう。

「世界選手権――4年前の東京大会を、良く覚えています。僕は観客席で男子の試合を全部見ていました。その年の全日本選手権は6番で、すごく悔しい思いをして、自分が出られない試合を見ていた。その時、高橋(大輔)選手がすごくいい演技をして、織田(信成)選手もがんばって、その年はまだ2枠だった男子の出場枠を、ふたりが3枠にしてくれました。その次の年からは、僕も世界選手権に行けるようになったんです。
 あのころのことを思い出すと……今度は僕がしっかり滑って、『2011年は小塚君がいい演技をしたんだ』って、誰かの記憶に残るようなスケートをする。そんな世界選手権にするために、頑張って練習していきます!」(四大陸選手権にて)

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<了>



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http://sportsnavi.yahoo.co.jp/winter/skate/figure/text/201104230005-spnavi_1.html