http://hochi.yomiuri.co.jp/column/shirota/news/20101119-OHT1T00170.htm

GPシリーズの行方  強く、輝いて、跳んで~(その3)

 スケート・アメリカはポートランドで行われ、期待がかかった男子SPの高橋大輔はNHK杯と同じ2位スタートとなった。ラテン系の音楽の旋律に乗り遅れたのかトリプル・アクセルでは回転不足と勢い余ってランディング・ミス。オリジナルなアップライト・スピンのレベルは1、トリプルルッツの着氷はステップアウト、技術点では伸び悩んだが、独特の得意のステップで得点を稼ぎ演技構成点を全て8点台。フリーの逆転優勝に望みを掛けた。


 織田のSP曲、「嵐」。三味線での演奏に乗り、スケートカナダよりもスピード感があるように思えた。ジャンプに伸びがあるし、前後のつなぎのステップも彼なりに研究していた。これでジャンプ前の待ちがスムーズなら評価点が上がって来ると思う。レベルを取るためか、スピンの回転が遅いのが惜しいが1位で通過。


 高橋のフリーは序盤の4回転トーループが3回転、2つのトリプル・アクセルのミス、間違ったエッジ踏切のルッツ・ジャンプなど、ジャンプのミスが目立った。しかし、SP続き、オリジナリティ溢れる2つのステップ・シークエンスと演技構成点で得点を伸ばし織田を抜いた。しかし、まだまだ、プログラムの緩急に演技が付いて行っていないのも事実だろう。


 織田のフリーの始めは、4回転トーループで大きく転倒、ルッツの間違った踏切があったものの、次々とジャンプを成功させた。4回転での転倒のばん回を図り、ジャンプ・コンビネーションの構成を変更したが、余計な4つ目のジャンプ・コンビネーションを跳んでしまった。(連続ジャンプは3つまでが規定)。この余計な連続ジャンプは得点ゼロ、大きなマイナス要因で優勝を逃した。ほぼGPファイナルも確定と思うが、時々「ポカ」をして順位を下げる…。この競技会が終わったら真っ先に、日本に帰りたかっただろう。小さなとても可愛い愛息が待っているから…。


 新鋭アダム・リュポン(米国)。端正な顔つきはフィギュア向き。「ロミオとジュリェットの序曲」古典的なプログラムでは、2つのジャンプでミスがあったものの、3つのレベル4のスピンと、トリプル・ルッツの時の空中の腕のポーズの評価を軸に得点を貰い、3位。フリーでは7位と振るわず、総合4位でファイナルは絶望的となった。


 織田と高橋の一騎打ちは、高橋の勝利。織田が余計なコンビネーション・ジャンプを跳んでしまったためと、高橋の演技構成点が高く評価された。さすが世界チャンピオン。GPファイナルで優勝するためには、ジャンプの確実性が重要だろう。スピンも侮らないことだ。欲を言えば、音を良く取れる高橋だが効果音を上手く利用して、ジャッジや観客の胸打つ演技に期待したい。


 女子SPはベテランのカロリーナ・コストナー(イタリア)が少しミスがあったものの持ち前のスタイル、スピード、素敵なプログラム構成で1位発進。村上佳菜子はめったに失敗しないSPで、フリップの回転不足とダブルアクセルがアクセルとなるなど、2つのジャンプミスがあった。しかし高く、飛距離のある、3回転トーループ―3回転トーループは健在で、スピンは全てレベル4。「ジャンピン・ジャック」の曲に乗り、元気よく、朗らかに演技して2位。


 気になるレイチェル・フラット(米国)は、コンビネーションジャンプの回転不足と単独のジャンプ、3回転フリップで少々のミスありで4位。フリーではフラットが2つのジャンプの回転不足があったものの、5種類の3回転ジャンプを自在にこなし、持ち前のしなやかさと表現力で、力を発揮し1位で総合2位。最終滑走のコストナーは、2回目のアクセルから乱れ、流れの中でのエレメンツが途切れ途切れになり、彼女の良さが半減した。後半に用意した、連続ジャンプも不発に終わり、2本そろわないコストナーを再び見ることになった。フリー6位で総合3位。


 世界ジュニアチャンピォンの村上は最初の得意の3回転トーループ―3回転トーループは素晴らしく、ジャッジ団から高い評価を得た。減点は3回転フリップが1回転になり、3回転ループで手をつき、3連続ジャンプの1つの回転不足だった。それでもスピードは最初から最後まで落ちずに、「マスク・オブ・ゾロ」を演じ切った。堂々としたスポーティフルな高感度のある演技でもあった。フリー2位、総合1位。初めてのシニアGPで優勝し、シニアのGPファイナル初出場が決まった。


 村上が地元名古屋でのGPシリーズ開幕戦のNHK杯で、堂々3位デビュー戦を果たしたが、今後に向け課題をたくさん残したのも事実だった。その後、スケート・アメリカへ出かける前の週末、村上は西日本選手権大会(福岡)の氷上に立っていた。山田コーチの策だったと思う。プレッシャーに強くなる為に、もう一度経験を積ませる試みだったようだ。フリーが目的だったとは思うがSPは完璧、フリーは2つのジャンプ回転不足が有ったが上手くまとめた。試合後、山田満知子コーチから、「今日は佳菜子の16歳の誕生日!」


 「おめでとう!」


 「どうだった?」


 「ちょーど、いいんじゃない。スケート・アメリカに向けて」


 「そう!」


 私は「きつくない?ポートランドへ行くのに」と言おうとしたが、余計なことは言うまいと口をつぐんだ。伊藤みどり以来の仲の山田コーチのやろうとしていることは手に取るように分かる。「今に見ていて、必ずやるから、待っていて…」という言葉が浮かぶ。「やったじゃない先生!」と言うのはまだ早いが、一つの大きな階段を上がったことは確かだ。




http://hochi.yomiuri.co.jp/column/shirota/news/20101123-OHT1T00130.htm

GPシリーズの行方  強く、輝いて、跳んで~(その4)

 第5戦のロシア杯(モスクワ)SPでは、ベテランが強かった。スケートの質、スピード、なめらかさ、教科書に出てくるような滑りを見せつけてくれた。トマシュ・ベルネル(チェコ)、ジェレミー・アボット(米国)、パトリック・チャン(カナダ)たちが大人の演技力で上位を占めた。「雨に歌えば」の曲を演じた、3位のベルネルには、カート・ブラウニン(カナダ)をほうふつさせられたし、2位のアボットは曲想に合った「ブエノスアイレス」のプログラム。オリジナリティがあり、流れの中での音とのタイミングはとても素晴らしかった。彼本来の資質が再び蘇り、更にうまさを感じる。チャンはトリプルアクセルの転倒はあったものの、4回転―3回転のコンビネーションジャンプをただ一人成功させ、クリーンなスケーティングと足さばき、種々のターン&ステップを複雑に組み合わせ、チャンならではの演技で1位発進した。


 翌日のフリー、気が付いてみればトップ3人は本番に弱い選手ばかり。誰がトップにきてもおかしくない状況の中、やはりどの選手もスムーズにはいかなかった。アボットは2回のジャンプ転倒をはじめ、ミスの多い演技。振付師をディビット・ウイルソンに変え、プログラム構成には進歩が見られたが、まだまだの完成度という感じ。本来は音との調和に定評がある選手だけに、ピタリと決まった時の演技が待ち遠しい。総合3位。


 チャンの、昨年に続く「オペラ座の怪人」は、とても素敵に組まれているプログラムだ。上手さが群を抜くステップシークエンス、つなぎのステップ、流れるようなエッジワークで音との表現力も優れている。しかし残念なことに3回のジャンプ転倒によってプログラムは断裂された。必要なものはジャンプの前のスピードだろう。総合2位。


 そして本物のフィギュアスケーターは彼、と思えるほど才能にあふれるベルネルは曲の使い方が旨い。楽な動作、スケーティングの質、スピード、リズムと何拍子も揃っているし、よどみなく滑る姿は大人のスケートを感じさせる。青い手袋を片手にはめ、マイケル・ジャクソンのメドレーに乗ったプログラムは新しい振付師、パスカーレ・カメレンゴだった。キャラクターを生かすのも上手だ。そして彼の軸の通ったジャンプも久々に見ることが出来た。4回転トーループを抜いたことの効果だろうか? すべての技の質が高く評価され、総合1位。久しぶりの優勝姿を見ることが出来た。


 一方、日本のホープ羽生結弦はSPで自己ベストを出したが6位。フリーでは余計な要素のジャンプを跳び、そのため1つ分が無得点。それが影響し順位を1つ下げ、7位でシニアのGPを終えた。


 女子SP。アシュリー・ワグナー(米国)は3回転フリップ―3回転のトーループのジャンプコンビネーションを入れ、多少減点があったものの、しなやかなで優雅なスケートティングと伸び伸びとした演技で3位。アグネス・ザワツキー(米国)は3回転トーループー3回転トーループのジャンプコンビネーションとすべてのスピンがレベル4で、2位と好発進。


 鈴木明子は無駄のないソフトな滑りと流れの中で確実に要素をこなし、緩急をつけての演技「ジェラシー」は彼女をなお一層、大人に仕上げて1位。期待の安藤美姫は、練習中に起きた他の選手と激突するアクシデントが響いたのか、3回転フリップの回転不足で減点。ギクシャクな動き、音と身体の一体感がなくプログラムが途切れたように見え、ジャッジ、観客に訴えるものがないように思えた。ジャッジはどう判断するのか、と注目したが、5位と出遅れた。


 続くフリーではワグナー(米国)がのびやかなスケート、プラス確実なジャンプで得点を重ね3位。コーチをプリシラ・ヒルに変更後、安定感が備わったようだ。鈴木は「屋根の上のバイオリン弾き」の曲に乗り、多少ジャンプのミスはあったが流れの中で曲想を反映した演技が光った。ステップシークエンスでは評価が最も高く、曲によく調和していたと思う。また、スケートの旨さも再確認した。演技構成点は全選手中トップ。本人はSPで6点台が並んでいたことを気に病んでいたようだが、フリーでは初めて5項目全部で7点台をそろえた。


 そしてSP5位の安藤。ケガの痛みはなかったというが、身体をコントロールしきれず苦しんでいたらしい。その状態で、冒頭の3回転―3回転ジャンプは回避したものの、後半に入れた5連続ジャンプの成功は圧巻だった。スピンも昨年に比べ工夫されていて、レベル4を2つ獲得。ポジション変化を上手く取り入れ、高いレベルを取りやすくなったようだ。しかし気になるのは、トランジション、つなぎのステップが不足気味であること。彼女の場合、ジャンプを跳ぶための動作が少々単調であるため、もう少しステップの流れの中で跳ぶことが、現在のフィギュアスケートでは要求されている。その点が改善されれば、安藤は常にトップを維持できる選手だろう。


 結果、女子は中国と同じく日本勢のワンツーフィニッシュ。安藤と鈴木のGPファイナル進出が決まった。村上佳菜子もすでにファイナル行きを決めており、現時点で日本勢3人がそろう楽しみな戦いとなりそうだ。