エキシビション&ショー 魅せる為に、強くなるために(その5)

http://hochi.yomiuri.co.jp/column/shirota/news/20101026-OHT1T00152.htm


 真壁(株式会社CIC社長)「ところが世界には素晴らしいショーがまだあるんです。例えばスイスの『アートオンアイス』。スケートとアーティストとのジョイントいう点では、彼らの方が1枚も2枚も上手。ミュージシャンも、アートオンアイスは1公演で3組も4組も出るんですよ! ステージのお金の掛け方も半端じゃない。これがチューリッヒで5日間で5回公演。1回に1万1000人入る会場が埋まるんです!」


 城田(本紙評論家)「やはりヨーロッパですね! 文化が行きとどいていているのか、音楽会やバレエなどのような感覚なのか」


 真壁「今は自国のステファン・ランビエルやサラ・マイヤーがメンバーにいることも大きいけれど、演出も素晴らしい。リンクはそれほど大きくなくステージの間口が20メートル。僕らの今度の『ファンタジー』はかなり大きい方だけれど12メートルです」


 城田「ラスベガスのシルク・ドゥ・ソレイユみたい。『O』と言う公演のあのセットはラスベガスから動かせないけれど、演出の素晴らしさで長く長く同じように評価され続けてる。本物のショーですよね」


 真壁「さらにアートオンアイスはチューリッヒのほかに、2月上旬にはサンモリッツという湖畔の街でも開かれるんですが、湖の天然の氷が舞台になるんです。照明は野外だから限られているけれど、でも湖上だけあって幻想的な雰囲気が人気のようです。私も招待されたのですが…。開催時期には、スキーなどウィンタースポーツの客も多いため、サンモリッツに行くまでの電車がまず取れない(笑)。こちらはチューリッヒと違って、一度に何百人しか入れないけれど、素晴らしいショーです」


 城田「私も一度、見に行きたいですね! 湖の上でやるなんて最高じゃないですか? 湖上で滑ってみたい感じ。昔みたいに…(笑)」


 真壁「来年行きましょう(笑)。アートオンアイスも15年前に始まったんですが、最初は本当に小さな会場でスタートしたと聞きます。もちろん、ステファンだっていなかったし、それからスイスの往年の名選手、デニス・ビールマンも引退していて、お客を呼べるスケーターは誰もいなかった。だから最初はアーティストの名前で人を呼んだそうです。しかもオリバー・ホーナーというプロデューサーは、元スケーターで音楽業界に対してはまるきり素人だったので、音楽に詳しい人を共同経営者にして、まずは音楽を中心にキャスティング。そこから演出を本格的なものにしていった。『出演するスケーターの人気に関わりない、本当のショーを目指して僕は成功した』とオリバーは言いましたね。


 城田「確かに。いつだってメーンを張れる選手がいるとは限らない。でもスケーターの名前でなく、ショーの名前でお客さんを呼べるなら、いつの時代になっても興行は成り立つ」


 真壁「その、アートオンアイスを、ぜひ日本でもやらないか、と声をかけられています。でもアートオンアイスを、そのままそっくり持ってくるわけにはいかない。ヨーロッパで有名なアーティストを日本に連れてきても、うまくはいかないでしょう。でも、そのエッセンスを生かしながら、日本のお客さんが見たいと思うようなショーにすることはできる」


 城田「そのままではなく、真壁流にアレンジはしなければいけない」


 真壁「だけどアートオンアイスのあの素晴らしいステージはショーの顔ですから、ぜひ生かしてみたい。そのためにアートオンアイスに近い形の今回のファンタジーオンアイス、これがどこまで反響があるかが次への試金石になると思うんです」


 城田「そうなると、アートオンアイスが日本に来るのは…」


 真壁「当然掛かる多額の経費や座席など、今まで経験のないハードルを幾つも超えて行かなければなりませんので、いまだどうなるかの状態です」


 城田「楽しみですね。ただスイスは寒い国だから、みんながスケートを滑るんです。スケートが文化として長い歴史を持つ国だからこそ、スタースケーターがいなくとも本物のアイスショーが根付いた、ともいえる。そこが日本とは違いますよね。その、アートオンアイス招へいのステップとして、またこれまでの蓄積のひとつの集大成として今年復活したのが、ファンタジーオンアイスだったわけですね」


 真壁「まず最初の福井公演は、ゴスペラーズとの共演。僕はこれまで川井郁子さんや様々なアーティストと仕事をしたけれど、まだまだ音楽の世界での実績はありません。ファンの中には、ミュージシャンにお金を掛けるなら、もっとスケーターを呼ぶことに掛けろという人もいます。さらに地方公演となると、お客さんに名の知れたスケーター、浅田真央ちゃん、高橋大輔は来ないのか、という声も出る」


 ―でもスターを揃えるだけのアイスショーにはしたくなかった。ミュージシャンとのコラボレーションで、エキシビションとは全く違う世界を作ることが目的だった。


 真壁「そう。ミュージシャンは、たくさんの候補の中から』やってみたい!』と言ってくれたゴスペラーズに来てもらうことになり、そうなると今度は出演者のうち誰と一緒に滑ってもらうか、何を滑ってもらうか、が難題でした。今回はゴスペラーズとは大学時代の親友で、長年一緒にショーをやることが夢だったという八木沼純子さん。彼女はさすがで、「1・2・3・For・5」という曲を自分で選んでくれました。こんな曲、ゴスペラーズにあったのか! と驚くようなアップテンポです。プルシェンコやウィアーなど、ライブで滑ってもらう海外勢にはあらかじめ候補の曲を送っておいて、ここだけのプログラムを作ってもらって…」


 城田「生歌で滑るとなると、曲選びって難しい。でも一番初めの『キャンデロロ・ジャパンツアー2001』から数えて、今年のドリームオンアイス、ファンタジーオンアイスまで、ほぼ10年。その間、真壁さんのCICは日本におけるアイスショーのショーとしての確立を目指し、スケート連盟は競技もエキシビションも関係なく、選手の強化に注力していった」


 真壁「そういうことですね」


 城田「繰り返すけれど、両者の目的は違うんです。エキシビションとショーを分けて考えてきた真壁さん。どちらでもいいから(笑)、とにかくお客さんの目のあるところで選手を滑らせて、大事なものを身につけさせたい連盟側。でも真壁さんのショーに反響があり、アイスショーが増えれば、それだけ選手たちのチャンスも増えていきました。ショーとしての演出に選手がきちんと乗れなければいけない、そこは真壁さんも大変だったと思うけれど。それに連盟のエキシビションに関しては、けっこう迷惑もかけています。急に決まって有無を言わさず、『もう何日しかないけれど、用意して!』って感じだったもの(笑)。私は真壁さんを信じて、連盟には『絶対間に合わせるよ』なんて言って」


 真壁「ちょうどタイミングも良かったんです。01年、僕が無理をしてでもキャンデロロを呼んでショーをしたかった時期と、スケート連盟さんが強化をしたい時期が重なった」


 城田「最初は赤字覚悟だったわけで。確かに今思えば、『真壁さん、よくやるよね。よく思いきったよねえ』って連盟では噂してました(笑)。採算度外視で、一演出家としても、経費を工面する立場としても思い切った覚悟があったと思う」


 真壁「損はするだろう、という現実は見えていたんですよ。でも最初の大赤字が、今につながっている。何事も度胸が必要です。それに私は、出会いにも恵まれている。最初はキャンデロロ。その後はステファン・ランビエル。競技での成績はもちろん、ショーで見せることができるスケーターたち。もちろん彼らに頼り切っていてはいけないけれど、それでもいい人に恵まれて、より良いショーができたんだと思います。さらに城田さんたちの『やろうやろう!』に、乗せられた感もありますよ(笑)」


 城田「お互いに熱い思いが常にあったから、難しいことも越えられたんですよ。私たちは選手の成績が出せずに苦労した思い、真壁さんは赤字で苦労した思い。そんな思いがすべて今につながっているんです。苦しい時の思いがあるから、また新しいこともできる。でも真壁さんは、スターがいなくても評価されるショー作りを着々と進めてるようだから…。こちらは『もう日本選手は要りません』と言われないように、常にいい選手を育てていかないと!

 (この項終わり。次回からはGPシリーズ)