今日は朝から涙が止まらない
8年前の状態が
走馬灯のように蘇ってくる
8年前のあの日
私は今住んでる
東京の〇〇区の福祉課で
身体障害者のタクシー券の
手続きをしていた
東京でもかなり揺れていたが
私と娘はかなり冷静で
携帯のワンセグで震災状況を
見ていました。
揺れも修まったので
外へ
(その時酸素はしてたけど
今みたいに車イスではなく
歩ける状態でした。
どうやって外に出たのか
全然わからない、
思い出せない)
外へ出たら
あちこちビルの外壁が落ちていた
家には犬がいたので
どうしてるか心配だったので
すぐ家に帰りたいけど
タクシーは通ってるけど
乗車中のタクシーばかり
バスが遠くから見えたので
乗ろうと思ったが
ぎゅうぎゅう詰めで
乗る余裕がない
次のバスも数分後に来る
バスを待っていたが
それも乗れず
しかたないので歩いて
振り向きながらタクシーを見るが
みな乗車中
20分以上歩いた位で
ようやく空車のタクシーを
偶然つかまえ乗車して我が家へ
我が家へ着くと食器棚、タンス類、冷蔵庫は
倒れてなかったが唯一買って3ヶ月の
40インチのDVD内蔵のテレビが
倒れてて画面に亀裂が入ってて
観れる状態ではなくなった。
それから慌てて宮城県の仙台市に
住んでる母親、妹、伯母。叔父等に
電話したり、メールを何度もするが
連絡取れず。
震災から3~4日目くらいに
姪に連絡が取れた。
母親、妹、姪の1人は
母親が通院中に震災にあい
母親の通院してる病院で
避難して3人とも元気だからとメールがきた
今は記憶が定かではないが
荒井か荒浜に在った
父親が入所してた医療老人ホームへ連絡するが
連絡取れず
ブラウン管テレビでニュースを観ると
父親が入所してる老人ホームが
津波にあい老人ホームの屋上で
助けを求めてるのが写し出された。
かなり長くなったので
続きは次に書かせて頂きます。