【松本ほろにが会】
ほろ苦って…
なんのことだかお分かりですか?
最近の若い世代は使わない語彙(ゴイ/単語)かも知れません。
僕みたいに「還暦」が見えてくると『ほろ苦い』経験が思い出されるものでしょう。

ほろ苦…
ちょっぴり「苦い」もの
春の山菜に多いですよね。
あとは…そう!
ホップの苦味  ビール🍺です!

「ほろ苦会」
アサヒビールを楽しく飲む会…の名称です。
新製品もいち早く紹介されたりするので呑兵衛だけでなく、美味しいお料理も添えられて楽しいひと時です。昨夜のお料理は…
松本駅前のタツミ亭さん
ここはお肉がめっちゃ美味しいんです。


めちゃ柔らかくてジューシー

😋幾らでも入りそうなステーキでした。

ローストビーフも美味しいんです。


そうそう…

春の新製品をいち早く試飲してきました!

今回はノンアルコールビールの新製品

dry zero ドライゼロ です。

これまでのノンアルコールビールでも充分美味しかったのですが、よりビールの味にこだわった製法で作っているそうで、早速飲み比べてみました。


これまでのノンアルコールビールに比べて

強い炭酸の舌触りはなく、

泡がきめ細かでコクを感じます。

よりビールテイストにこだわったのがよく伝わってきます。

昼食時にも使えそうな「新・ドライゼロ」
より食卓が賑やかになることでしょう!

【ビール市場の変遷】
実は…
アサヒビール 一時期販売が低迷し
このままでは倒産消滅してしまうのでは無いか?
そんな時期があったのです。

私の実家が小料理屋を営んでいたため、
小学校2-3年にもなると裏方のお手伝いに駆り出されます。

酒屋さんからビールやジュース、お酒調味料が箱単位で届くと、倉庫まで運ぶんです。
大瓶のビールケースには20本入っていました。
店ではキリンとアサヒ、2種類のビールを置いてました。

20本のうち、7-8本がアサヒそれ以外はキリンです。
当時はサントリーも地ビールもありません。
サッポロは認知度が低く2、3回の配達で3-5本見るかみないか。
キリン全盛の時代です。
(ビール瓶は各社どれも使い回しで、キリンビールの瓶にアサヒやサッポロのラベルが付いていることもありました。)

そんな市場占有率の中、アサヒビール愛好者達が、
「松本ほろにが会」を作ってまで買い支えたらしいです。

中学校の頃、社会科の授業で「市場占有率と独占禁止法」を習いました。市場占有率(市場シェア)が60%を超えると寡占状態となってしまうので、価格競争が起きにくくなるそうです。

ちょうどキリンビールが市場シェア60%を超した報道があった直後でした。
先生は、例題にビール業界のことを挙げました。
その瞬間!
僕の頭には大瓶のビールケースが思い浮かびます。
20本のうち7-8本のアサヒビールが
段々減ってきていつの間にか
4本ぐらいになったことを思い出したのでした。

そんなアサヒビールが1987年、スーパードライを発売します。
それまで市場シェア10%前後にまで落ち込んだアサヒビールが一気に攻勢に転じます。
王冠のデザインを旭日旗模様から、真っ黒にして銀文字でスーパードライ!
瓶の襟元にも商品名ラベルを貼り、ボトルラベルは銀色地にして高級感を出しました。

味わいもホップの効いた苦味を抑え、甘みも抑え、ビールにコクを求めず「キレ」を追求した仕上がりになっていました。
これが業界を巻き込んだ「ドライ戦争」の始まりでした。

スーパードライの大ヒットにより、
アサヒビールは業績も回復。
市場シェアも急上昇。
TVラジオのCMも凄かった。
若者の支持を集めたドライだった。
スーパードライを置いてない店は敬遠されるところまで出てきたのでした。

そんな浮き沈みを経たアサヒビール…
松本ほろにが会に参加し出してもう7-8年になろうか?
昭和な世代には懐かしいお話でしたね。