この世界で、確実にあると思えるものは<この私>だけ

 

この世界で絶対ということは(おそらく)ない(のではないか)と思います。

 

「我思う、故に我あり。」

 

その意味が正確に説明することはなかなか難しいところもありますが、そんな感じで、考えていくと、今この瞬間にここに自分がいるんだという感覚は、どこから来て、その正体は何なのかは分かりませんが、でも、確実にここに(僕自身の中に)あります。

 

自分の名前や住んでいる家、勤めている職場、家族や友人、など今までの全ての記憶がすっぽり作られたものだったとしても、この瞬間瞬間に自分が存在して感じているという感覚は確かにあります。

 

現実の世界には日々いろんなことがあります。自分にとって良いことも悪いこともあって、一喜一憂したり、悩んだり、迷ったりすることも多いです。でも、どんなことがあっても、それば本当のことなのか、自分の思い込みなのか、いいことなのか、悪いことなのかさえも、正しく判断することは本当は出来ないのかもしれません。

 

 

ただ言えることは、自分自身の今ここに存在している<この私>という意識が、<この私>という意識だけは確実に存在して、今この瞬間を体験しているということです。

 

そして、僕の<この私>の体験こそが、唯一、確かに、少なくとも自分にとって意味があることなのだと思います。ですから、良いことも良くないことも、大きな出来事も小さな出来事も、昨日も今日も明日も、自分の体験を感じていきたいと思います。