歴史が変わる?! 教科書が変わる?! ちょっとこだわり(笑)
くいんです。
僕は子供の頃から歴史が好きで
他の勉強はあまりしなくとも
歴史の本はよく読んでいました(笑)

学校では社会科と言う教科で
苦手な地理も含めて
公民・政治経済、歴史でひっくるめて
1科目だった為に
成績は今一つだったように思います(汗)

さて、その歴史についてですが
時代と共に新しく発見される事実があり、
自分が勉強した史実と異なる内容が
新しい教科書の内容として
書き換えられて行きます。
たまたま見ていたテレビによると、
旧:大化の改新 → 新:乙巳の変(いっしのへん)
旧:踏み絵 → 新:絵踏(えぶみ)
旧:百済(くだら) → 新:百済(ペクチェ)
と変わるそうですね。
歴史ばっかり勉強していた僕からすると
別に驚くことってことでも無いように思いますが
(どちらを答えても正解
)
確かに今後の歴史のテストでは
新:の方で回答しないと
不正解となると言うことになるんでしょうかね(笑)
また、
旧:聖徳太子 → 新:厩戸の皇子(うまやどのみこ)
となるようですね!

超有名な制度である
冠位十二階や十七条憲法を語る場合は
推古天皇と共に
厩戸皇子と答えることになる
のですね~(笑)
歴史って新しい発見や
その時代の有力な学説によって
変わってくるものですので
なんとも面白いものですね。

でも、自分に子供ができた時に
安易に昔教わった時のことを言っていると
くいんの娘「お父さん、ふるぅ~い」


って言われそうですね(笑)
しかしながら、
歴史の試験っておかしなものですよね!

例えば、昔受験した社会のテストで、
聖徳太子のことを厩戸皇子と
今では有力な学説で答えていた僕は
不正解となっていたのですよ!

今だったら正解しているのに

昔だったから不正解(笑)と言うこと!!
誰だって千年も生きている訳ではないのですから
真実などわかる訳もありません。
それでも正解があるのですから
歴史ってあまり試験には向かない教科だな

って本当に感じますよ(笑)
ちなみに、
百済って朝鮮三国時代の一国ですよね!
(今の韓国ですかね
)
確か・・・・
新羅と高句麗もありました。
(ここで任那もあったよって思った人は歴史通ですね!)
百済のことをペクチェと言わせると言うことは
新羅のことはシルラ、
(新羅=しらぎ、又はしんらと読みます)
高句麗のことはコグリョ、
(高句麗=こうくりと読みます)
って言わせるんだろうな!

ってツッコミたくなったのでした(笑)
(実はペクチェは現地の言葉なんですよね!)
あ~、なんだか知ってることを
知ったかぶりしている僕の大っ嫌いな
オジサンとこれでは同じですよね(猛省)

でも、でも、
言わせるってことはそう言うことですよね~w
これ以外だって例えば
セリエAのことを
多くのひとが
セリエ・アー
ってカッコつけて行っていますけど、
セリエBのことは
セリエ・ビー(×)
って言っています。
でも、セリエAをセリエ・アーと現地の言い方するのなら
セリエBはセリエ・ベーって言うべきだろう?!

って思っています(笑)
そんな意味からも
セリエBをセリエ・ビーって言ってる友人が
セリエAをセリエ・アーって言っている時は
決まって僕は
セリエAをセリエ・エーって
言い張ることにしているんです(笑)

はい、どうでもイイこだわりです(爆)
でも、言っている意味正しいと思いませんか?

あああ、なんだか偏屈オヤジに見られそう・・・
(将来のモンスターペアレント?w
)
と言うことで、この辺で(笑)
あ、そうそう、
お父さん、お母さん方にちょっとした注意事項、
鎌倉幕府の誕生は
昔の1192年ではなく
1185年に変わっています(笑)

良い国作ろう鎌倉幕府ではなく、
(いいくに=1192年)
良い箱作ろう鎌倉幕府って変わってますので
(いいはこ=1185年)
ご注意を(笑)
( ̄▽+ ̄*)【63キロ】(→)
フ、フ、フニャーゴー
僕は子供の頃から歴史が好きで

他の勉強はあまりしなくとも
歴史の本はよく読んでいました(笑)


学校では社会科と言う教科で
苦手な地理も含めて
公民・政治経済、歴史でひっくるめて
1科目だった為に
成績は今一つだったように思います(汗)


さて、その歴史についてですが
時代と共に新しく発見される事実があり、
自分が勉強した史実と異なる内容が
新しい教科書の内容として
書き換えられて行きます。

たまたま見ていたテレビによると、

旧:大化の改新 → 新:乙巳の変(いっしのへん)
旧:踏み絵 → 新:絵踏(えぶみ)
旧:百済(くだら) → 新:百済(ペクチェ)
と変わるそうですね。

歴史ばっかり勉強していた僕からすると
別に驚くことってことでも無いように思いますが
(どちらを答えても正解
)確かに今後の歴史のテストでは
新:の方で回答しないと
不正解となると言うことになるんでしょうかね(笑)

また、
旧:聖徳太子 → 新:厩戸の皇子(うまやどのみこ)
となるようですね!


超有名な制度である
冠位十二階や十七条憲法を語る場合は
推古天皇と共に
厩戸皇子と答えることになる

のですね~(笑)
歴史って新しい発見や
その時代の有力な学説によって
変わってくるものですので
なんとも面白いものですね。


でも、自分に子供ができた時に
安易に昔教わった時のことを言っていると
くいんの娘「お父さん、ふるぅ~い」



って言われそうですね(笑)
しかしながら、
歴史の試験っておかしなものですよね!


例えば、昔受験した社会のテストで、
聖徳太子のことを厩戸皇子と
今では有力な学説で答えていた僕は
不正解となっていたのですよ!


今だったら正解しているのに


昔だったから不正解(笑)と言うこと!!

誰だって千年も生きている訳ではないのですから
真実などわかる訳もありません。

それでも正解があるのですから
歴史ってあまり試験には向かない教科だな


って本当に感じますよ(笑)
ちなみに、
百済って朝鮮三国時代の一国ですよね!

(今の韓国ですかね
)確か・・・・
新羅と高句麗もありました。

(ここで任那もあったよって思った人は歴史通ですね!)
百済のことをペクチェと言わせると言うことは
新羅のことはシルラ、

(新羅=しらぎ、又はしんらと読みます)
高句麗のことはコグリョ、

(高句麗=こうくりと読みます)
って言わせるんだろうな!


ってツッコミたくなったのでした(笑)

(実はペクチェは現地の言葉なんですよね!)
あ~、なんだか知ってることを
知ったかぶりしている僕の大っ嫌いな
オジサンとこれでは同じですよね(猛省)


でも、でも、
言わせるってことはそう言うことですよね~w

これ以外だって例えば
セリエAのことを
多くのひとが
セリエ・アー

ってカッコつけて行っていますけど、
セリエBのことは
セリエ・ビー(×)
って言っています。

でも、セリエAをセリエ・アーと現地の言い方するのなら
セリエBはセリエ・ベーって言うべきだろう?!


って思っています(笑)
そんな意味からも
セリエBをセリエ・ビーって言ってる友人が
セリエAをセリエ・アーって言っている時は
決まって僕は
セリエAをセリエ・エーって
言い張ることにしているんです(笑)


はい、どうでもイイこだわりです(爆)

でも、言っている意味正しいと思いませんか?


あああ、なんだか偏屈オヤジに見られそう・・・

(将来のモンスターペアレント?w
)と言うことで、この辺で(笑)

あ、そうそう、
お父さん、お母さん方にちょっとした注意事項、

鎌倉幕府の誕生は
昔の1192年ではなく
1185年に変わっています(笑)


良い国作ろう鎌倉幕府ではなく、
(いいくに=1192年)
良い箱作ろう鎌倉幕府って変わってますので
(いいはこ=1185年)
ご注意を(笑)

( ̄▽+ ̄*)【63キロ】(→)
フ、フ、フニャーゴー