毛利隆元のブログを読んでみたい!! | マザコン皮かぶり日記

毛利隆元のブログを読んでみたい!!

ブログネタ:この人のブログを読んでみたい!

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くいんです。

僕が読んでみたい「この人のブログ」ビックリマーク

なぜか僕は、もう死んでいる方なのですが

戦国時代の武将

「毛利隆元」(もうりたかもと)クラッカー

って思ってしまいます。


3本の矢ってご存知ですか?えっはてなマーク

「1本の矢は軽く折れてしまうが

 3本の矢をまとめて折ろうとしても

 そう折れるものではない」


と言う有名な話なのですが、

これは戦国時代の大名で

山口・島根・広島を中心にして

中国地方を統一した

毛利元就(もうりもとなり)

が子供たちに残した言葉
(と言われる)

なのです。

毛利元就の息子達は大変優秀で

後々の世まで語り継がれるくらいの

凄い武将達
でした。ビックリマーク

毛利元就は下克上なども当たり前の

戦国時代において、

兄弟仲良く協力しあって毛利の家を支えていくように

わかりやすい例え話として

息子達に教えたのが3本の矢なのです。べーっだ!チョキ



で、前置きは良いとしてあせる
(え、こんなに長く前置き?(猛省))

毛利隆元とは毛利元就の長男さんです。
(次男は吉川元春、三男は小早川隆景)

昔は基本的に長男が跡取りとして存在していまして

嫡男(ちゃくなん)と言って良いでしょうね。

実はこの隆元は3兄弟の中で
(本当は3人男兄弟だけではありません(汗))

1番出来が悪かったのです。えっあせる

剛の元春、智の隆景と言われた

弟達とはえらい違いであったと言います。

ここら辺でなんとなくお気付きの方が

多いのではないかと思いますが、にひひあせる

僕も3兄弟の長男

そして優秀な弟達とは別に

超出来が悪く、目立っていない・・・ガーン
(自分で言ってて情け無くなってきました(泣)しょぼん

こんな辺りが僕の境遇にピッタリなのですよね。ガーンチョキ



で、話を続けますが、

この毛利家の長男隆元は

家督を継ぐか継がないかと言う時に

41才と言う若さで

死んでしまう
のです?!えっ

それも毒殺等の暗殺行為によって
(これも定説がいろいろあるみたいです。)

急死しているのです。ガーンあせる

父の毛利元就より先に亡くなり

それも弟達に劣る長男であったにも関わらず

父からの信頼がとても厚かった長男の死は

毛利元就を大変に悲しませたと言うことです。

そう、長男の隆元は

毛利家の縁の下の力持ちで

兄弟のように特別な才能にたけていなくとも

人柄・人望・人徳にたけた

まさに父毛利元就が本当に毛利の後を

継いでいくに相応しいと思っていた

長男であったようです。
えっメラメラ

これは後に弟達、次男元春・三男隆景も

長男隆元を敬服するくらいに・・・・



まあ、僕なんかは

長男隆元と平行して話をするような

立派な長男ではありませんが

父毛利元就が悲しかった思い

その父より先に死んでしまった

長男隆元自身の気持ちは

いかばかりであったことか
・・・あせる

それも長男隆元は

自分だけが劣っているにも関わらず

毛利家の跡取りとしてくれている、

そんな父に申し訳なく思っている中で

父より先に死んでしまった自分・・・



なんだか人ごととは思えない気持ちになります。

出来の悪い跡取り長男としての

赤裸々な気持ちを書いてくれるブログ


「毛利隆元、
 長男と言う肩書きブログ」
クラッカー

なんて読んでみたいものです。

まさに僕は1日に何回も

読み返してしまうことでしょう
ね(笑)べーっだ!チョキ



ちまみに長男隆元が死後

毛利家は出来の良い弟達が継ぎそうなものですが

父毛利元就および弟達は

長男隆元の息子

毛利輝元に毛利家の家督を継いでもらったのでした。ビックリマーク

その長男隆元の息子輝元とは

あの関ヶ原の戦いで東軍徳川家康と戦った

西軍の総大将毛利輝元です。!!

さすがにこのような家系です。

明治維新までも続く

名門毛利家が出来上がる訳ですよね
!!叫び合格
(確か長州藩(山口県)の藩主は
 毛利敬親(もうりたかちか)って言いましたっけ?)


僕の長男としての役目が

「毛利隆元、長男と言う肩書きブログ」

で勉強できるのだと確信しています(笑)にひひ合格






(ここまで読んで頂き
 ありがとうございました!!)



Zzz…(*´?`*)【65.5キロ】(→)
モーモーモケーション、ベイベェー