真田丸 「喋りすぎた殿下」 | ヒロシ

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北条家と真田家の沼田城の所有をめぐる『沼田裁定』は、京の聚楽第の大広間で展開されていた。


被告、真田家の代表真田信繁。
原告、北条家の代表板部岡江雪斎。
立会い人、徳川家の代表本多正信。
判事、豊臣秀吉。
江雪斎は、そもそも沼田城は北条が所有していたにも関わらず、真田がかすめ取ったと主張。だが信繁は江雪斎の弁論に嵌り、確かに騙し取り、かすめ取り、奪い取ったと認めてしまった。信繁はしまったと後悔した。
その様子を秀吉は息子の捨をあやしながら嬉しそうに眺めていた。
いいぞ。両者が争えば争うほど、秀吉の思うツボであった。
江雪斎は確かに家康から、沼田城を譲り受けた、と正信に同意を求めた。
すると今まで静観していた正信が重い口を開き、秀吉にこの件についてよく知る証人を用意していると言う。
出廷を求める正信に訝しむ秀吉だったが、
正信は構わず大広間に入る様促した。

「え~失礼します。フフフ...」
現れたのは黒ずくめの上下に襟足の長い、慇懃な男であった。
「証人は証人台へ参れ」
側近の石田三成が促した。
男は慇懃な態度を崩す事なく、証人台の前に立った。
「証人は姓名と職業を述べよ」
 秀吉は目の前にいるこの慇懃な男が不快に感じた。一体何が面白いのだろう。笑顔を絶やさない男の表情が性分に合わない。かつて何処かで会ったようにも思えるが、秀吉には思い出せなかった。




「え~、古畑任三郎と申します、ん~職業は刑事です、殺人課の。フフフ…」
ダメだ。秀吉にとって二度と会いたくないタイプの人間だ。秀吉はこの裁定をなるべく早く終わらせよう、と思った。
「これよりその方を証人として尋問する。その前に嘘の証言をしないという、宣誓をして貰う。良いな。では宣誓書の朗読を」
「あの~、これを読めば宜しいんですか?はい。ン、ン、些か緊張します。初めてなもので…はい、わかりました。え~宣誓…エヘヘ…なんかあれですね、ぅ、ぅ、運動会みたい。え~…わかりました。宣誓します。こういうマジメな所へ来ちゃうと照れちゃいましてね…え~宣誓、良心に従って真実を述べ、何事も隠さずに偽りを述べない事を誓います」
古畑はハンカチで口元の汗を拭きながら宣誓書に署名と拇印を記した。
「では真田殿、尋問を」
三成が促すと、信繁は古畑に尋ねた。



「あなたはこの件についてよく知っていると伺いました。それは真実を知っているという事ですか?」
「知っています。え~、この沼田裁定、ある人物によって仕組まれたものであると。え~その人物は北条家、そして真田家、両家を争わせ、それを隠れ蓑にある計画を成し遂げようとしていたのです。実に大胆な犯行と言ってもいいでしょう」
「穏やかではありませんね。その犯行とは何ですか?」
「異議あり!証人の証言は、本件とは関係無いものと思われます」
江雪斎は判事の秀吉に申し立てた。
秀吉は「異議を認める。証人は関係ない証言をする様なら、退廷を命じる」
古畑は秀吉に食い下がった。
「待ってください!まだ話は終わってないんですよ、私は真犯人を知っているんですよ」
秀吉は「下がれと申しておるのが分からんのか!」と激昂した。
「お待ちください。殿下、古畑さんの証言、聞いてやって貰えませんか…」
正信の重い言葉に秀吉は苦虫を噛み潰した表情で、古畑の証言を聞くことにした。
今、事を荒立ててしまうと家康への顔が立たなくなる。なにしろ正信を徳川家の名代として差し向けたのはその家康なのだ。

「え~、はい、ありがとうございます。ん~…その真犯人は、かつてテレビドラマ『古畑任三郎』に2回ゲストで出演されています。そう、私と同名タイトルのあの大人気ドラマです。フフフ…1回目は第3シーズンで登場した囲碁棋士の小田嶋佐吉です。そして2回目はファイナル三話目のブルガリ三四郎です…」
「それとこの裁定と、どういう関係があるのかね」
江雪斎には話の筋が見えなかった。それはここにいる全員に当てはまる事であろう。
「はい。え~、その真犯人は2回も出て、3度目も出たくなった。それも被害者役ではない、犯人役として。そこで脚本家の三谷さんに掛け合った。ところが同じ犯人役を狙っているある人物の事を聞かされた。犯人はその人物に役を取られてしまうとチャンスを逃してしまう。いえ、逃すどころか自分の威厳に関わってしまう。彼は自分のプライドの為にどうしてもその役を狙うライバルを消さなければならない。そこで犯人が思いついたのが今回の沼田裁定です。沼田城が北条、あるいは真田、どちらに渡っても北条氏政さんは聚楽第に上洛しない。そう踏んだ犯人は自分の命令に従わない氏政さんを戦という名目で倒したかったんです。ライバルを…」
「では、氏政さんがそのドラマの役を狙っていたと?」
信繁は古畑に問うた。では、その犯人というのはまさか?
「そうです。判事でいらっしゃる秀吉さんです」



大広間にいる誰もが驚いた。秀吉の側にいた石田三成や、甥の秀次までも。
「話にならん。先程から証人は何を申しておるのか。そもそも、わしが何故ドラマとかの犯人をやらねばならんのだ」
古畑はさらに慇懃に答えた。
「え~、それはあなたが俳優の小日向文世さんだからです。囲碁棋士の小田嶋佐吉も、そしてブルガリ三四郎もあなたが演じたんです」
信繁は古畑に疑問をぶつけた。
「殿下がその小日向文世さんという俳優の方なのですか?」
「そのとうりです。今目の前にいらっしゃる豊臣秀吉さん、あなたも小日向文世さんです。あなたはライバルである氏政さんを征伐出来るチャンスを掴む為にこの真田丸に出演されたのです」
「…古畑、わしがその小日向文世だという確かな証拠があるのか?まさか口から出任せを申しておるのではあるまいの」
古畑はさらに笑顔になり、後ろを振り向き
部下の今泉慎太郎を呼んだ。
「はいっ!」
今泉が古畑の側へ駆け込んで来た。今泉の手には透明な袋があり、その袋を古畑に手渡した。
「はいご苦労さま。あぁ君、自立神経失調症はもう大丈夫?」
「はい!お陰様ですっかり良くなりました」
「そう、ありがとう。下がっていいよ」
今泉は古畑の言葉に感激をして、思わず目頭が熱くなった。
「はい~、これなんです…。さて、皆さんこれはいったい何だと思いますか…」
古畑は30cm四方の透明な袋を掲げて中に入っている物を大広間にいる全員に見せた。
「何ですかそれは?」
信繁も、江雪斎も、三成も秀次も、見た事がない黒い物体だった。
「正信さん、あなたは何だと思いますか」
「見た事もありませんな」
古畑は満足そうに微笑み、説明を始めた。
「え~、これは小田嶋さくらさんの事件の時に犯行に使われたものです。そう、『悲しき完全犯罪』の回でした。彼女は、自分をうるさく束縛する夫の佐吉さんを殺害するときに「これ」を凶器に使い、佐吉さんを撲殺しました。佐吉さん、すなわち秀吉さんでもある小日向文世さんその人です。え~、秀吉さん。どうです、これでもまだシラを切りますか」
「知らん、見た事もない。そんな懐中電灯」
そう言った秀吉は、ハッとなった。そう、思い出したのだ。あの時の事を。
「え~、今何とおっしゃいました?」
秀吉は言葉に詰まった。
「それは…」
「もう一度、法廷に聞こえる様に大きな声でお願いします」
「…懐中電灯!」しまった、古畑にまんまと嵌められてしまった。秀吉は大きく後悔した。
「待ちたまえ古畑君。その懐中電灯が殿下と繋がりがあるという決定的な物証でもあるのかね」江雪斎は理解し難がった。
懐中電灯を見るのも初めてだったからだ。
それはここにいる皆が同じであろう、と踏んでいた。しかしある人物がその疑問を払拭させようと、発言をした。
「その懐中電灯には小田嶋さくらさんが旦那さんの頭部を殴打した時に付いた血痕が残っています。それはなにより、ここに居られる殿下、すなわち小日向文世さんのDNAと一致します」
そう発言をしたのは片桐且元であった。
一同が呆気にとられる中、古畑が口を開いた。
「え~、片桐さんは、かつて私の部下のえ~…君、名前何だっけ?」
「向島音吉であります!」
「あぁ、そうそう、向かうに島と書いて向島君、どうもありがとう。そう、彼が今言ったように物的証拠があります。それに犯人と被害者しか知らないはずの懐中電灯のことをなぜ秀吉さんが知っていたのか。それは秀吉さん。すなわち小日向文世さんが犯行現場にいたからです」
秀吉は観念した。
「なるほど、納得いったよ、古畑さん。あんたの言う通りだ」
大広間が騒ついた。
「静粛に!本日は閉廷します!証人は下がってよろしい」
三成は家来を二人呼び、秀吉を両側から抱えるように退廷させようとした。

「あぁ疲れた」
椅子に腰掛ける古畑の前に今泉が「古畑さん、お疲れ様でした!」と駆け寄って来た。古畑は今泉のおでこをパチンと叩き「今泉君さ、何か甘いもの無い?」
すると今泉が「バームクーヘンならあります。結婚式の引き出物ですけど」
古畑は持って来るよう促した。
そこへ秀吉が近づいて来て古畑の前に立ち威厳を保ちながら言った。
「古畑さん、君いい弁護士になるな」
「いや~どうでしょう」
古畑は大きく両手を広げた。
「今からでも司法試験を受けたまえ。なるべく早くに」
「どうしてですか?」
「決まっているだろう、わしの弁護をするんだよ」
古畑は額に指先を当てながら照れ臭そうに笑った。
「頼んだよ」秀吉は家来たちと大広間から出て行った。
信繁は古畑に深々と頭を下げた。「古畑さん、ありがとうございました。お陰で北条方と戦にならずに済みました。それにしても古畑さん、私には不思議でならんのですが」
「え~、何でしょう?」
「古畑さんはなぜこの聚楽第に来られたのですか?」
「フフフ…え~簡単なことです。『古畑任三郎』も『真田丸』も、どちらも脚本家は三谷幸喜さんですから」
あぁ、なるほど。信繁も江雪斎たちも大きく納得した。

エンディングテーマ曲が鳴り始めた。

法廷となっていた大広間からは一人、また一人と居なくなり、やがて古畑がその場から居なくなると大広間は暗転した。