実は私、

お産が怖い助産師でした。

こう書くと、助産師ではない方は、

「え? 助産師なのに?😳」

と思われるかもしれません。

 

でも、お産に関わる助産師にとって、

「お産が怖い」

という感覚は、決して珍しいものではないと思います。

 

お産は、いつも教科書どおりに進むわけではありません。

順調に進んでいると思っていても、
突然、状況が変わることもあります。

お母さんと赤ちゃん。

二つのいのちに関わっているからこそ、怖さがある。

私自身も、

「私は、お産が怖い。」

ということは、ちゃんと自覚していました。

 

でも最近になって、改めて考えるようになりました。

私が感じていた「怖い」の中には、
いったい何があったんだろう?

🌿 🌿 🌿

私が助産師を目指した理由は、一つではありません。

そのお話は、またいつかゆっくり書いてみたいと思います。

 

ただ、高校生の頃の私は、こんなことを考えていました。

「将来、自分も子育てをするかもしれない。」

「そのとき、何も知らないより、知っていたい。」

今振り返ると、

子育てについて知りたかったというだけではなかったのかもしれません。

 

知らないことへの不安や恐れを、
知ることで小さくしたい。

 

そんな思いもあったように思います。

知らないなら、知ればいい。

わからないなら、学べばいい。

知ることで、安心できる。

そして私は助産師になり、
お産についてたくさん学びました。

正常なお産。

異常なお産。

お母さんのからだ。

赤ちゃんのこと。

観察すること。

判断すること。

そして、何かが起きたときに対応すること。

母子の命を守るための知識と技術を、身につけていきました。

でも、お産について知れば知るほど、

 

「何が起きるかわからないことがある」

 

ということも知っていきました。

知らないことが怖くて学んだのに、

知ったからこそ、
見えるようになった怖さもあった。

今思うと、ちょっと皮肉ですね😅

🌿 🌿 🌿

長くお産に関わってきた今、

私の中にあった「怖い」には、いくつか違うものが重なっていたのではないかと思っています。

 

一つは、

未知への恐怖。

何が起きるかわからない。

予測できない。

自分ではコントロールできない。

 

もう一つは、

いのちの危険に直面する恐怖。

お母さんや赤ちゃんに何か起きたら。

気づけなかったら。

判断を間違えたら。

助けられなかったら。

母子の命に関わる仕事だからこその怖さです。

 

そして、もう一つ。

これは今も、私の中で考えている途中なのですが、

自分を解放すること。
さらけ出すことへの恐怖。

 

お産は、とても身体的な営みです。

声が出る。

涙が出る。

思いどおりにならない。

誰かに委ねる。

いつもの自分ではいられなくなる。

自分でも知らなかった自分が出てくることもある。

そこにもまた、

「怖い」

があるのかもしれません。

 

こうして振り返ってみると、

「お産が怖い」

という一言の中にも、いろいろな怖さがありました。

🌿 🌿 🌿

そして今の私は、

怖さそのものが悪いわけではない

と思っています。

 

怖いから、観察する。

怖いから、学ぶ。

怖いから、準備する。

その怖さが、いのちを守るための行動につながることもあります。

だから、

怖さをなくせばいいわけではない。

でも、

準備することと、
恐れ続けることは違う。

これは、長くお産に関わる中で、

私の中で少しずつ変わっていった「あたりまえ」の一つです。

🌿 🌿 🌿

そんな私に、あるとき後輩助産師が言いました。

「まゆみさん、お産って怖くないですよ。」

助産師同士なら、

「いやいや、怖いでしょ!🤣」

ってなりそうな言葉です。

 

でも、そのときの私は、

ストン。

と、ハラに落ちました。

「あぁ……そうか。」

と思ったんです。

それは、

「お産では何も起こらない。」

と思ったわけではありません。

自然に任せておけば大丈夫、ということでもありません。

異常が起きたときに対応するための知識も、技術も必要です。

観察する。

判断する。

準備する。

必要なときには動く。

それは今も変わりません。

でも、その準備をしたうえで、

 

まだ起きていないことを恐れながら、
目の前のお母さんと赤ちゃんを見ない。

 

信じて、観る。

信じて、待つ。

そして、必要なときには動く。

私の中で、

「安心・安全なお産」

というものの捉え方が、少しずつ変わっていきました。

 

何をするか。

何を知っているか。

どんな技術を持っているか。

それらは、もちろん大切。

でも、それと同じくらい、

 

そのとき、自分自身がどう在るのか。

 

それも大切なのかもしれない。

今の私は、そう思っています🌿

🌿 🌿 🌿

そして不思議なのは、

もっと前の私が同じ言葉を聞いていたとしても、

「いやいや、お産は怖いよ。」

で終わっていたと思うこと(笑)

では、なぜあのとき、

「お産って怖くないですよ。」

という、たった一言がハラに落ちたのでしょう。

 

その頃、実はお産とは別のところでも、

私自身の「あたりまえ」が少しずつ変わり始めていました。

自分の人生のこと。

家族のこと。

生きること。

そして、死ぬこと。

 

そのお話は、また次回に🍀

 

今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました🌼

 

そのお話は、また次回に🍀

今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました🌼

🌿 🌿 🌿

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助産師 北野真由美