寂聴は人には定命がある、ガン・事故・災害・戦災などで死ぬことも定命であると。定命は天命・天寿・寿命・運命・宿命の仏教語と思ってもいいかもしれない。これらは命の定めと言うことでは同じと想ってもいいのではないか。
自身が選択するとしたらどれを選ぶかは、命に対する認識によるとも思う。
それぞれ厳格に意味を問うと難しくなるので、直観的に決めるなら天命かと思うが、寂聴の言う定命も捨てがたい。両者は天(宇宙・神)と定(仏)の命のままに逝くこと考えると、同じように思えるからでもある。
天命・定命の中に生きると思うと、あと五年、十年生きたいなどと終点を決めず安心立命の心になれるような気がする。