これは大きい、いや小さい。これは多い、いや少ない。
大小や多少を限りなく延ばしていくとどうなるか。
極大と極小か無限大(±∞)と無限小(dx?)はウロボロスの頭と尾のように同じ位置になるかも知れない。つまりゼロ(0)にどちから無限に近ずくかであって極限の先がゼロ(0)即ち総て(全体)であると考える。これが般若心経の神髄である「色即是空・空即是色」だと私は思い込んでいる。
人の死もこの無限とゼロの接点ではないかと思うが、到底認識の対象にはならない無限の瞬間のような気がする。
これは大きい、いや小さい。これは多い、いや少ない。
大小や多少を限りなく延ばしていくとどうなるか。
極大と極小か無限大(±∞)と無限小(dx?)はウロボロスの頭と尾のように同じ位置になるかも知れない。つまりゼロ(0)にどちから無限に近ずくかであって極限の先がゼロ(0)即ち総て(全体)であると考える。これが般若心経の神髄である「色即是空・空即是色」だと私は思い込んでいる。
人の死もこの無限とゼロの接点ではないかと思うが、到底認識の対象にはならない無限の瞬間のような気がする。