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みつつきのちょこっとハピネス

イェーイ!
ハピネスイズヒア!

これからブログを使って、

ほんとにあった自分の思い出話、身の上話みたいなものを書いていこうと思います。






今回は『芋ようかんのあの子』編





実はみつつきには幻のオリジナル曲

『芋ようかん』という曲があるのです…


(ほとんど知ってる人はいない)








芋ようかんを作ってくれた

あの子とは絶交したけど

たまに今頃何をしているかなんて

考えちゃうんだな







サビの歌詞がこんな感じで、AメロBメロで一体どういう経緯で芋ようかんを作ってくれたあの子と絶交することになったのか触れているんですが。


歌詞だけじゃわかんないよね。


初めて詳しく語ってみようかなと思います。

















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私は小学5年生になった。


いわゆる『高学年』と言われるやつだ。


クラス替えをして、部活で仲良しの子たちも周りにはいたけど、それよりも習い事の空手で一緒のMちゃんとすごく仲良しだったので、2つ隣のクラスから私の教室に話しかけにきてくれるMちゃんとばっかり仲良くしていた。


私はお姉ちゃんの影響で、ちょっとマセたものが好みだったし、それを好きだと同級生に言っている自分にも優越感を感じていた。

イキってたってことね。


当時『木更津キャッツアイ』というドラマが大好きで大好きで、Mちゃんにもオススメして楽しみを2人だけで共有していた。

もちろん小学生で木更津キャッツアイ観てる人なんていなかったから。


だから2人で登場人物の名前をあだ名として付けて、呼び合ってた。

ちなみに私はぶっさん。Mちゃんのことはバンビって呼んでた。


ある日Mちゃんがうちの教室に来て大きな声で『ぶっさん!』と呼んで話しかけに来た。


それを【あの子】は聞き逃さなかった。



その日の掃除の時間、私は同じクラスの【あの子】(以後Hちゃん)に初めて声をかけられた。


『さっきぶっさんとバンビって呼び合ってたけど、木更津キャッツアイ好きなの?』


なんとHちゃんも木更津キャッツアイを知っていた!

嬉しくなって話が盛り上がった。


Hちゃんというのは、見た目も良く同級生から頭ひとつ飛び抜けてお洒落で、小物や髪型もセンスがあって、学年で1番カリスマ性がある女の子だった。


いわゆる『イケイケ女子グループのボス』だった。


周りからは恐れられていて、野球部のイケイケ男子グループからも一目置かれていた。



そんなボスに話しかけられて、しかも『みつつきちゃんはその辺の子たちと違ってセンスがある』みたいに認定されて嬉しくて、その日を境にHちゃんと仲良くするようになった。


それまでHちゃんには親友と呼べるSちゃんがいたけど、私と仲良くした途端Sちゃんの悪口を言うようになって、Sちゃんは違うグループに行ってしまった。


Hちゃんと私は学校が終わってからも自転車で公園まで行ったり、近くの駄菓子屋さんに行ったり、とにかく遊んだ。


仲良くしてからはじめてのバレンタインが来た時、サバサバした性格のHちゃんが、まさかの手作りのお菓子をくれた。


紙粘土くらいの大きさと重さと形で、なんだろうと思ってあけたら、とてつもなく大きな芋ようかんだった。


『それに生クリームつけて食べると美味しいんだよ〜』

って笑顔で言ってて、味はともあれその気持ちが嬉しかった。


私は安心してた。

ボスと仲良くできて、やっぱり自分にはセンスがあるんだって過信してた。



でもその日常も長くは続かなかった。


Hちゃんに、新しく仲良くする女の子ができた。


歯医者の娘のNちゃんだ。


(ちなみに私は家族ぐるみでNちゃん一家とは仲良しだったけれど、Nちゃんとは違うクラスだったのでそこまで仲良くはなかった)



Hちゃんがいつの間にかNちゃんと仲良くし始めた。

そこからは早かった。


どうやらHちゃんはNちゃんに、私の悪口を言ってるらしい。


前の親友だった子のときと同じやり方だ。


Hちゃんは人の嫌な部分、自分と合わない部分を見つけるとすぐ嫌になって、また別の子と仲良くする、を繰り返してきたのだなぁと痛感した。


私はあっという間に排除され、それまで普通に話すくらいの感じだった子たちのグループと仲良くすることになった。


悔しかった。

このまま黙ってやられてたまるか!と思ってしまった。


前にHちゃんの親友だったSちゃんを呼び出して、放課後『Hちゃんに裏切られた会』を開いた。


会といってもただ公園でお菓子を食べながらHちゃんに対する不満を言い合ってただけだが。



その次の日、たまげた。


あんなに不満を言っていたSちゃんが、Hちゃんにその会を開いたことをチクったらしい。


私はHちゃんにすごい剣幕で責め立てられた。


『昨日私に裏切られた会とか開いたらしいじゃん』


(はい…開きました…)


さすがに口に出してはないけど笑



それよりも『Sちゃん…なぜ…』という気持ちが大きかった。


そこで私は『そっか…私は裏切られた会でまた裏切られた訳ね…』

とこれは口に出して言った。


その日からというもの、Hちゃん率いるイケイケ女子グループの総攻撃が始まった。


きっとHちゃんが切り捨てた人間史上、1番厄介な相手だったからだと思う。私が。


なんせ拗らせてたもので、ただ静かにしてることができなくて、やられたらやり返すを辞めなかったからだ。


あとはまじで純粋に『いじめられてる』と自分が思わなかったことがきっと良かったんだと思う。


大したことはされてないけどね。


クラスメイトに私の悪口を言いふらしたり、もう覚えてないってことは本当にその程度のことだったということだろうけど。


6年生にあがってからがエスカレートしたかな。


(うちの小学校は2年ごとにクラス替えなので、5年と6年は同じクラス)



そういえば私は太っていた。

だからHちゃんに

デ(ブ)、ゴ(リラ)、ブ(ス) で『デゴブ』って呼ばれてたみたい。笑


そのうちHちゃんの言いなりになった野球部のイケイケ男子グループの何人かが、わざわざ私の机まで来て『デゴブ〜!』と言ってバカにしてきた。


ちなみに私はそれに対して、Hちゃんのつむじのことをいじって

『T.H(テッペンハゲ)』と言い返していた。


そのうち手紙で悪口を言い合う手紙攻撃をやり合っていたが、その伝書鳩のような役割をしていたのはHちゃんグループの中のKちゃんだった。


なるべく私の容姿をいじりまくって私を傷つけようとする内容の手紙がHちゃんから送られてきて(Kちゃん経由で)、私はそれに対してノート1ページ分をフルに使って殺す殺す殺すと書き綴った手紙をKちゃん経由で送り返した。


まだお互い未熟だった私とHちゃんなので、なるべく卑劣で相手が傷つきそうなことをやり合って、1年くらい過ごした。


Hちゃんはイケイケ男子グループを遣わせて私に嫌がらせをしてきたので、それが1番むかついて(他人を巻き込んで自分は高みの見物してんじゃねーよ!と思って)、近所のコンクリートの壁にHちゃんをディスるような内容の落書きをした。

石でガリガリ壁に書いてたら、まさかのタイミングで車で巡回していた小学校の先生に現行犯で見つかり、翌日担任に怒られた。

最初は『私は落書きされてあった壁を見てただけ』と言い逃れしようとしてたが、担任の探偵みたいな圧に負けて、追い詰められた犯人のように『(たっぷり溜めてから)…………私がやりました………』って自白した。


そしてそれを機に担任に初めてHちゃんの件について話して、ちょっとスッキリした。

特に全員呼び出されて…みたいなことはなく、担任も深入りしては来なかった。

なんとなくそれを機にHちゃんと私はお互い何もしなくなった。


それからHちゃんが歯医者の娘のNちゃんと仲間割れしたのを遠巻きに見てたけど、

『あぁ〜Hちゃんってこういう風にしか生きれないんだ、かわいそうに』って思った。

関わらないことにした。

Hちゃんは今まで話したことあるの?っていうレベルの女の子を今度は取り巻きにして、いよいよのところまできていた。

全然楽しそうじゃなかった。


私はもうHちゃんとのことは気に留めておらず、6年になってから特に仲良くしていたグループの中に囲まれて楽しく過ごしていた。

(実は嫌われてたみたいだけど、それはもういいや笑)




Hちゃんグループからの総攻撃を受けても、私はなぜか『いじめられてる…辛い…』とは一度も思わなかった。

それは後から思い返してみて気づいたんだ。

なんで辛くなかったんだろう。


習い事の空手に行けばMちゃんや友達がいて、そこが1番の心の拠り所だったし、なんといっても家に帰れば家族がいて学校でのことなんて1ミリも頭の中から消えていたんだ。

まじでそうだったと思うんだ。


もしかしたらそれほど自分が自己中でウザい性格だったのかもしれないなぁ。

自己中だったからこそ、嫌がらせにも参らなかったし、実は嫌われていようがそんなことはどうでも良かったのかもしれない。


今思い返すと、今の自分じゃ絶対にやっていけない環境にいたなぁ。

本当の心の友はまだいなかったのかも。


本当の心の友、一生の親友は、このあと中学2年生のときに出逢う。

その話はまたあとで。


毎日楽しく過ごすことができた当時の自分の鈍感さに、感謝したい。

ありがとう鈍感な自分。自己中で良かった。

ただ色んな人をきっと知らず知らずのうちに巻き込んだだろうから、それについてはごめんなさい自己中な自分。



中学1年生になり、Hちゃんとは隣のクラスになるが、体育の授業で一緒になった。

その縁で、ダンスの授業のグループ分けでまた仲良くご一緒させてもらうことになり、久しぶりに話して、お互い悪かったと言って、少しだけ復縁した記憶がある。


そして中学2年生になり、クラス替えをした結果、Hちゃんと同じクラスになった。

Hちゃんと仲良しのソフトボール部の女の子2人と、Hちゃん、私、この4人がイツメン(いつも一緒にいる仲良しメンバー)になった。


人生って不思議だなぁなんて子供ながらに考えていたけど、半年くらいしてやっぱりHちゃんにまた嫌われて、私はそのグループを離れた。

その時に、今では一生の親友となるYちゃんが、私についてきてくれた。

Yちゃんは嫌われてなかったのでHちゃんからは何も悪く言われることはなかったし、私といつも一緒にいてくれたけどHちゃんとも普通に話す、といったポジションになっていた。

世渡りがうまかったんだなぁ。

いや、普通に性格が良かったんだ。

Yちゃんは最高なんだ。

まぁYちゃんとの馴れ初めについては別の記事で話そうね。



こんな感じで、いよいよHちゃんとは仲良くすることはなくなった。

学年でもあんまりいい噂を聞かなかった。

中学でもHちゃんは学年トップのカリスマ性を持っていた。


Hちゃんのことなんてまじでどうでも良くなるくらい、私の中学校生活は濃厚なものになった。




高校生になり、専門学生になり、ときたまHちゃんのことを思い出した。


たまに思い出しては『今頃どんな風に生きてるかなぁ』なんてちょっと心配したりした。


Hちゃんとはかなりの戦争を繰り広げたけど、なぜか思い出すと、怒りより悲しい気持ちになってしまうのはなぜだろう。



それはきっと、芋ようかんをプレゼントしてくれた時のあの笑顔が、本物だったからなんだろうな。



あの時はきっと、Hちゃんも私を好きで私のために一生懸命芋ようかんを作って渡してくれたんだろうな。


そんなHちゃんとの楽しかった思い出も忘れてなかったからだ。



昔大好きだった『世紀末リーダー伝たけし』という漫画に出てきた言葉で




『大好きだから大嫌いにもなる』


っていうフレーズに衝撃受けたのを今でも覚えているが、まさにそれなんだと思った。


Hちゃんのことを好きだったから、その分大嫌いになってしまったんだと。


人の嫌な部分を少しでも受け入れることができない、そして自分と気が合いそうな子を見つけて切り捨てて、またその子を嫌いになっては新しい子を味方につけて…

もちろん中学でもHちゃんはずっとそんな感じだった。


そんな生き方しかできないHちゃんのことが、きっと心配だったのかもしれない。


このブログを書いてるこの瞬間にも、ちょっと今頃何してるんだろうって思ってる。


Hちゃん、しっかり生きてね。

心の友を見つけてね。






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以上!


【芋ようかんのあの子】編でした!





小説風とか言ってしまうと拙い文章だと笑われてしまいそうですが、なるべくしゃべっているのを聞いてるような読みやすい感じになればなぁと思ってます。


また書きます。身の上話。





またね!