人との暮らしは、

暖かくもあり、楽しくもあり、

大変さもあり、時には、

苦しさや、悲しさもあるよね。




自分以外の誰かといると、

一人になりたくもなるし、

誰かと一緒にいるのに、

孤独を感じている人もいる。





誰かと暮らすと言うことは、

互いの様々なエネルギーを感じるから、

それだけ学びも多い。



その時、その時で、

対処していくのは、

自分の感情だけではなく、



相手も見ていかなくては

いけないし、



一番、悶絶するのは、

相手を通して見える自分。




誰かと一緒にいるというのは、

なかなか高度な世界に

いるのだと思う。





互いの、「わかって欲しい」が、

せめぎ合うときは、

誰かとの対話をどうにか

しようとする前に、

自分と対話をしなきゃ、

きっと、わかりあえない。




わかって欲しいと

思うと言うことは、

相手ではなく、自分自信が、

自分を否定しているからなんだよ。





だから、自分の本当の声は、

きっと、孤独の中でしか、

聞こえてこない。





誰かといるのに、

孤独の中にあるときは、

自己否定している何かに

出会えるチャンス。



また、

こうあるべき、

そうであらないといけない、

と、

制限の鎖で自分を縛っているのを、

解くチャンス!




孤独を遠ざけるのではなくて、

孤独を楽しめばいいよね。



本当は、誰もが、

相手を責めているようで、

わかってあげられない、

自分を責めているんだからね。





孤独は、闇ではないよ。





心を静めて、

光の中にある闇を見つめてやると、


ふわぁっと、

そこは、消えゆくよ。




自分一人を、生きながら、

互いの光を感じ、

相手の中の、

自分を見つめて生きる。



誰かと一緒にいるというのは、

自分想念の巣窟。

相手を見ているようで、

本当は、自分を見ているんだよ。