不快になる事を言われて、
相手のせいにしているうちは、
何も変わらない景色を見続けて行くと
言うこと。


本当は、自分からの声だから。


自分が自分に対して思っている
事が、相手の声で伝えられるの。


その真理に気が付ける者は、
他者のせいにするのはやめて、
自分の内面を捜索し始めるから、
同じ現実を見なくなる。

色濃く残る信念は、
綺麗サッパリと無くすのは
容易ではないけど、

見つけられただけで、
どんどん薄くなっていくもの。



注意深く、自分の本音と、感情の巡りを
探って行かなくては、望みではない世界の
中で生き続けることになる。

分かっていても、同じ癖が
出てしまう時もあるから、
注意深く、注意深く、自分を探る。

自分の不用な思考を上手く取り除ければ、
その空いた空間に愛が入り込む。

自分自身へ。他者へ。と、
愛は全てを一つにしていく。


自分と言う愛と、
自分と言う宇宙と、
自分と言う神様は、

いつも、私に問いかけ、
護られている。

自分を信じていられるから、
相手を信じる事ができるし、
相手を通して、自分からの愛を
受け取ることもできる。

相手から受け取るものは、
良いも悪いも、
自分が生み出したものだから。



また、
世間の声というのは、
自分の思考の雑草にすぎない。

雑草は刈り取って、花を咲かせる作業を
たんたんと行うだけ。

自分に集中するだけ、
世界が変わるから。



相手の声も自分の声なのだから、
ここには、自分しかいないのかもしれない。

目に見える造形物は、
自分の世界観。

誰にでも与えられている
溢れる能力を、望むように
クリエイションして行けばいい


本当は、全て、
自分が生み出せるし、
生み出して来たのだと思うよ。


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