職員の入れ替わりが激しいといわれる介護業界。
今年の春に入社した新人の方々も、
周りのネガティブな雰囲気に染まらず、また心折れず
信念を持って成長して頂きたいと切に願います。
さて、今回は介護業界の「人材不足」について3方向から考えてみました。
①報告書や提言書では、『高齢社会』や『少子化』が
現代社会を語る際の枕詞としてしっかり定着してきています。
『介護の担い手不足』、『〇人の若者で〇〇人の高齢者を支える・・・』
等という言い回しも頻繁に用いられ、
「今のあなたたち(若者)には、社会保障や介護保険なんか頼りにせずに、
自立した高齢生活を送る以外に道はありませんよ!
こんなに問題だらけの世の中なんだから。」
という主旨のメッセージが絶えず発信され続けています。
この「これからの日本は課題が山積み!ネガティブキャンペーン」のおかげで
私たちは『具体的に誰が今、どのような問題に直面して困っているのか』
『その問題が起こると、具体的に誰がどのように、どの程度困るのか』
といった事を深く追求しないまま
少子化、高齢化、人材不足、介護保険制度の崩壊・・・
といった言葉に怯えています。
この「目に見えないもの」への恐れや不安は、
「物の怪」や「怪し」に対して抱くそれと、大差ないと私は思います。
(実害がないのに、イメージだけで騒ぎすぎなのです。)
特に介護・福祉業界は外野がいろいろとうるさいので
抽象的で根拠のないネガティブなイメージには
引きずられないようにしよう、と思います。
②さて、介護現場からも、「人が足りない」という声をよく聞きます。
これはおそらく、
仮に1フロアにスタッフが2人いたとして
3部屋から同時にコールが鳴り出した!と思ったら、
トイレ介助が必要な利用者の方がトイレの前でスタッフに手招きをし始め、
はっとフロアに目を戻すと、
転倒注意の方が椅子から立ち上がりよろよろと歩き始めている、
かつ、部屋から出てきた怒りっぽい利用者の方が
部屋のトイレの紙を交換してくれ、と訴えてきた、
とそこに、利用者さんの一日の様子を聞きに家族の方が面会に来られ…
このような状況に陥った時に、現場スタッフは
「人手が足りないよ!
もう何人かスタッフがいればいいのに!」
と強く思うのだと推測します。
確かにこの状況は、
『利用者の訴え(危機)や
来訪者の要望に迅速に対応できない』
という罪悪感やストレスを
(真面目な)スタッフに(こそ)与えます。
また、「しなければいけない事」が突発的に増えることによる
優先順位を瞬時に考えなければいけない負担や、
”仕事に追われている”という焦りの感覚を
(パニックになりやすい)スタッフが(より強く)感じることになります。
このような状態が起きるたびに
「現場に人が少ない」という意識は強化されていくのでしょう。
しかし、この「人が足りない」という状況は
24時間365日ずっと続くわけではなく、
通り雨のように一時的なものです。
(スタッフの体調不良等による急な休みも然り。)
ですから、この一時的な「人手不足」に備えようと
常時”ゆとり配置”を行うと…
①スタッフが日頃から仕事を分け合いながら行う。
↓
②スタッフ個々の判断能力、危機管理能力、俊敏性、
処理能力全般が育たない、若しくは低下する。
↓
③「一時的な人手不足」の状況に陥った場合に、
「〇〇をしたいのに、人手が足りません!」
「この後はこれ、その後はあれをして…猫の手も借りたい!」
というだけではすまされず、
A.優先順位を瞬時に決めることに慣れていないため
何から手をつけていいのか分からず、
頭の回線が混乱して動作が右往左往する。
ひどい場合は、フリーズしてしまう。
B.効率的な時間短縮方法を学ぶ機会がなかったため
「範囲指定 → Ctrl + C → Ctrl + V」のようなテクニックは使えず、
「1セルごと右クリック → コピー&ペーストを繰り返す」という
非効率な方法を選択せざるをえない。
(『コミュニケーションの省略』と『力技』で
時間を短縮させようとすることも。)
C.仕事の効率は上がらないけれど気持ちだけは焦るので、
表情が険しくなり、言葉遣いが乱れぶっきらぼうな話し方になる。
人や物の扱い方が乱雑になるので、物は壊れ、人は傷つく。
といった事が起こるのではないかと予想されます。
人手はただ常に増やせば上手くいくわけではなく、
適材 適所 適時 適量が大切なのですね。
③さて、それよりも深刻な「介護業界の人材不足」とは、
「優秀な人材が集まらない、寄り付かない、育たない、」
ということではないでしょうか。
ここでいう「優秀な人材」とは、
社会人としての常識があるのはもちろん、
協調性やコミュニケーション能力がそれなりにあり、
長く組織で働く意思があり
在職年数に相応した責任あるポジションで仕事を全うし、
部下の人材育成や組織の統括業務もきちんとこなす、
いわゆる、一般的なサラリーマンのことです。
私が介護施設で働いて感じたことは、
職員の構成が他の企業や組織と全く違うということです。
(※性差別や職業に対する偏見があるわけではありません。※)
介護施設には独身の若者(女性が多い)や
家庭があるパートの女性が圧倒的に多く、
働き盛りの年代、特に男性が少ないように思います。
(差別的な意味ではなく)女性はやがて結婚をして職場を去りますし、
子育てや家事をしている方は
仕事に専念出来る環境に身を置いているとは言い難いです。
組織を「成長」という視点から考えると、
『定年退職した古株の方に代わってフレッシュな新人が入ってくる』
という”自然な新陳代謝”がまぁ理想であって、
介護業界のように
盛んに真皮(若者層)の辺りで新陳代謝が繰り返され、
表皮(辞めません、でも頑張りません思考のぶらさがりスタッフ)が
押し出されずにずっとそのまま残っているというパターンは
身体(組織)に老廃物が溜まるだけのような気もします。
いくら新人を育てようと教育に力を注いでも
数年後にはスタッフが総入れ替えになっている、
(でも、ぶらさがりスタッフだけはちゃっかり残って人件費を圧迫する)
というサイクルでは、組織のサービスの質が年々向上する
ということは望めないのではないかと思います。
福祉・介護業界はエネルギーが必要な成長や変化をあえてせずに、
生命維持のみを目的としている組織が多いのも現状なのかもしれませんね。
飢える心配も命を狙われる危険もない、安全な檻の中にいるにも関わらず。
今年の春に入社した新人の方々も、
周りのネガティブな雰囲気に染まらず、また心折れず
信念を持って成長して頂きたいと切に願います。
さて、今回は介護業界の「人材不足」について3方向から考えてみました。
①報告書や提言書では、『高齢社会』や『少子化』が
現代社会を語る際の枕詞としてしっかり定着してきています。
『介護の担い手不足』、『〇人の若者で〇〇人の高齢者を支える・・・』
等という言い回しも頻繁に用いられ、
「今のあなたたち(若者)には、社会保障や介護保険なんか頼りにせずに、
自立した高齢生活を送る以外に道はありませんよ!
こんなに問題だらけの世の中なんだから。」
という主旨のメッセージが絶えず発信され続けています。
この「これからの日本は課題が山積み!ネガティブキャンペーン」のおかげで
私たちは『具体的に誰が今、どのような問題に直面して困っているのか』
『その問題が起こると、具体的に誰がどのように、どの程度困るのか』
といった事を深く追求しないまま
少子化、高齢化、人材不足、介護保険制度の崩壊・・・
といった言葉に怯えています。
この「目に見えないもの」への恐れや不安は、
「物の怪」や「怪し」に対して抱くそれと、大差ないと私は思います。
(実害がないのに、イメージだけで騒ぎすぎなのです。)
特に介護・福祉業界は外野がいろいろとうるさいので
抽象的で根拠のないネガティブなイメージには
引きずられないようにしよう、と思います。
②さて、介護現場からも、「人が足りない」という声をよく聞きます。
これはおそらく、
仮に1フロアにスタッフが2人いたとして
3部屋から同時にコールが鳴り出した!と思ったら、
トイレ介助が必要な利用者の方がトイレの前でスタッフに手招きをし始め、
はっとフロアに目を戻すと、
転倒注意の方が椅子から立ち上がりよろよろと歩き始めている、
かつ、部屋から出てきた怒りっぽい利用者の方が
部屋のトイレの紙を交換してくれ、と訴えてきた、
とそこに、利用者さんの一日の様子を聞きに家族の方が面会に来られ…
このような状況に陥った時に、現場スタッフは
「人手が足りないよ!
もう何人かスタッフがいればいいのに!」
と強く思うのだと推測します。
確かにこの状況は、
『利用者の訴え(危機)や
来訪者の要望に迅速に対応できない』
という罪悪感やストレスを
(真面目な)スタッフに(こそ)与えます。
また、「しなければいけない事」が突発的に増えることによる
優先順位を瞬時に考えなければいけない負担や、
”仕事に追われている”という焦りの感覚を
(パニックになりやすい)スタッフが(より強く)感じることになります。
このような状態が起きるたびに
「現場に人が少ない」という意識は強化されていくのでしょう。
しかし、この「人が足りない」という状況は
24時間365日ずっと続くわけではなく、
通り雨のように一時的なものです。
(スタッフの体調不良等による急な休みも然り。)
ですから、この一時的な「人手不足」に備えようと
常時”ゆとり配置”を行うと…
①スタッフが日頃から仕事を分け合いながら行う。
↓
②スタッフ個々の判断能力、危機管理能力、俊敏性、
処理能力全般が育たない、若しくは低下する。
↓
③「一時的な人手不足」の状況に陥った場合に、
「〇〇をしたいのに、人手が足りません!」
「この後はこれ、その後はあれをして…猫の手も借りたい!」
というだけではすまされず、
A.優先順位を瞬時に決めることに慣れていないため
何から手をつけていいのか分からず、
頭の回線が混乱して動作が右往左往する。
ひどい場合は、フリーズしてしまう。
B.効率的な時間短縮方法を学ぶ機会がなかったため
「範囲指定 → Ctrl + C → Ctrl + V」のようなテクニックは使えず、
「1セルごと右クリック → コピー&ペーストを繰り返す」という
非効率な方法を選択せざるをえない。
(『コミュニケーションの省略』と『力技』で
時間を短縮させようとすることも。)
C.仕事の効率は上がらないけれど気持ちだけは焦るので、
表情が険しくなり、言葉遣いが乱れぶっきらぼうな話し方になる。
人や物の扱い方が乱雑になるので、物は壊れ、人は傷つく。
といった事が起こるのではないかと予想されます。
人手はただ常に増やせば上手くいくわけではなく、
適材 適所 適時 適量が大切なのですね。
③さて、それよりも深刻な「介護業界の人材不足」とは、
「優秀な人材が集まらない、寄り付かない、育たない、」
ということではないでしょうか。
ここでいう「優秀な人材」とは、
社会人としての常識があるのはもちろん、
協調性やコミュニケーション能力がそれなりにあり、
長く組織で働く意思があり
在職年数に相応した責任あるポジションで仕事を全うし、
部下の人材育成や組織の統括業務もきちんとこなす、
いわゆる、一般的なサラリーマンのことです。
私が介護施設で働いて感じたことは、
職員の構成が他の企業や組織と全く違うということです。
(※性差別や職業に対する偏見があるわけではありません。※)
介護施設には独身の若者(女性が多い)や
家庭があるパートの女性が圧倒的に多く、
働き盛りの年代、特に男性が少ないように思います。
(差別的な意味ではなく)女性はやがて結婚をして職場を去りますし、
子育てや家事をしている方は
仕事に専念出来る環境に身を置いているとは言い難いです。
組織を「成長」という視点から考えると、
『定年退職した古株の方に代わってフレッシュな新人が入ってくる』
という”自然な新陳代謝”がまぁ理想であって、
介護業界のように
盛んに真皮(若者層)の辺りで新陳代謝が繰り返され、
表皮(辞めません、でも頑張りません思考のぶらさがりスタッフ)が
押し出されずにずっとそのまま残っているというパターンは
身体(組織)に老廃物が溜まるだけのような気もします。
いくら新人を育てようと教育に力を注いでも
数年後にはスタッフが総入れ替えになっている、
(でも、ぶらさがりスタッフだけはちゃっかり残って人件費を圧迫する)
というサイクルでは、組織のサービスの質が年々向上する
ということは望めないのではないかと思います。
福祉・介護業界はエネルギーが必要な成長や変化をあえてせずに、
生命維持のみを目的としている組織が多いのも現状なのかもしれませんね。
飢える心配も命を狙われる危険もない、安全な檻の中にいるにも関わらず。