拙著「僕が帰りたかった本当の理由」

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第二の故郷

 

 

 

 

ちょっとヤバイと思ってしまうかもしれない、

この駅の名前。

 

 

その読み方は、

みんなの期待を裏切って、

 

 

「おおあさ」

 

 

と読む。

 

 

札幌市の隣に位置する江別市に在る、

町名のひとつである。

 

 

でも、かつては

この町で本当に大麻(たいま)が栽培されていたらしい。

 

 

戦後、GHQの指導により制定された

大麻取締法によって、

徐々に生産量は制限されるようになったという。

 

 

そんな、

ちょっと気になる歴史が有る町の存在を知ったのは、

2020年6月、

我が家が未だアメリカに住んでいた頃だった。

 

 

当時の我が家は、

日本への帰国を実現する為に、

日本での住む場所を探している最中だった。

 

 

日本の住所を決定する為には、

強度の行動障害を伴った自閉症、

我が家の長男、諒(りょう)

の日々の面倒を見てくれる施設が、

近くに存在している事が絶対条件だった。

 

 

でも、

そんな特殊な施設の数は

日本全国でも限られていたので、

簡単に見つけられる状況では無かった

 

 

ところが、

そんな状況にもかかわらず、

名乗りを上げてくれた施設が、

この「大麻」の町に拠点を構えていたのだ。

 

 

こうして、

我が家は「大麻」という土地の存在を知ることになり、

「大麻」という町を

日本の帰国先として選ぶことになった。

 

 

そして、

この「大麻」の施設へ諒を通わせる為に、

江別市内に新居を構える事になったのである。

 

 

その後、

約1年間の準備期間を経て、

我が家は20年振りに日本への帰国を果たす。

 

 

 

 

2021年7月14日

 

 

 

 

江別市での新生活が始まった。

 

 

この新天地での生活は、

喜びと希望に満ちているはずだった。

 

 

ところが、

その見知らぬ土地で始まった生活は、

実際には虚ろ色あせたものだった。

 

 

帰国直前で他界してしまった諒を、

生きて日本へ連れて帰る事が出来なかったので、

もはや、

この土地に住む必要性が無くなってしまったからだ。

 

 

それでも

かろうじて辿り着くことが出来た日本の新天地にて、

虚ろながらも微かに見える光に期待を寄せながら、

日々の生活を重ねて行くしかなかった。

 

 

この土地を愛する事が出来るのだろうか、

そして第二の故郷になって行くのかどうか、

その時点では未だ、

答えを想像することは出来なかった

 

 

 

 

 

 

生活を始めて、

町の様子が徐々に分かってきたころ、

この「大麻」の町が、

私の好きなタレント、大泉洋さん生まれ故郷だと知り、

少し嬉しく感じた。

 

 

そして、

町の何処からでも

高い鉄塔の様な物が見えた。

 

 

それは、

隣接する野幌森林公園にそびえ立つ

「北海道百年記念塔」

という記念塔だった。

 

 

最初にその名を聞いた時には、

こんなやぐらみたいな塔をイメージしたが、

 

 

 

 

実際に行ってみると

高さが100メートルに及ぶ立派な塔

であることが分かった。

 

 

 

 

その名の通り

北海道の開拓百周年を記念して

1970年に竣工したものだ。

 

江別市や札幌周辺の小学校の遠足と言えば

必ずこの塔が立っている

野幌森林公園と決まっている。

 

 

学校の校歌でも歌われたりして、

生活の中にしっかりと溶け込んで、

地域住民にとっては

大切な塔であることが分かった。

 

 

周辺の街のどこからでも見える

ランドマーク的な存在。

 

 

江別で生活をしていると

常に塔の位置が気になってしまう。

 

 

その美しい姿を見ていると、

新参者の自分ですら

常に見守られているかのような温かい気持ちになった。

 

 

ところが

建設後50年近くが経過して老朽化が進んだため、

北海道の行政は、

2019年に解体を決定

 

 

解体が決定された表向きの理由は、

「老朽化」だったのだが、

本当の理由としては、

アイヌの利権に便乗する外国人勢力の悪意

に依って促されたものだ、

と囁(ささや)かれていた。

 

 

このため、

強く存続を望む市民団体と行政の間では、

解体可否の係争が激しく展開された。

 

 

らちが明かない係争が延々と続き

結局、

その2年後の2023年には行政が解体を強行

 

 

塔の周囲には足場が設置され、

あっという間に解体作業は進んで行った。

 

 

 

 

解体によって酷く甲高く軋(きし)む鉄鋼の音を聞いていると、

まるで

塔が痛みで悲鳴を上げているようだった。

 

 

地域住民の心の鳴き声にも重なった。

 

 

その鳴き声も空しく、

数週間の内に塔はあっけなく姿を消してしまった。

 

 

この出来事は、

塔に見守られながら育った地域住民の方々にとっては

耐えがたいものだったに違いない。

 

 

それは、「大麻」出身

大泉洋さんにとっても同じだ。

 

 

タレントという立場上、

解体の是非についての発言は一切していないものの、

その悲痛な思いについては、

昨年末のNHK紅白歌合戦で歌った歌詞の中で、

伝えられている。

 

 

 

「 今はもう無い あの高く古い塔

雨だって 雪だって

嬉しい涙も 悔しい涙も

いつもあの空で見ていた 」

 

 

 

そして、

この曲を作った北海道(旭川市)出身の歌手、

玉置浩二さんも、

 

 

 

「絶対に心だけは奪えない」

 

 

 

強制的に解体を執行した行政に対する

怒りを表している台詞だった。

 

 

 

正直なところ、

この地に住み始めた新参者の自分にとっては、

塔の解体ニュースは他人事だった。

 

 

でも、

生まれ故郷で慣れ親しんできた物を奪われてしまう

地域住民の辛さや悔しい思いを知るにつれて

自分の心の中にも、

この土地への「愛着感」の様なものが

微かに芽生え始めている事に気がついた。

 

 

この土地に住み始めて

3年目の事だった。

 

 

 

 

 

 

まもなく高校1年生を終える

我が家の三男坊、

颯太郎(そうたろう)。

 

 

今朝も

当たり前の様に『大麻駅』にてバスを乗り換え

1時間を掛けて学校へ通って行った。

 

 

アメリカで育ち、

中身がゴリゴリのアメリカ人の彼が、

こうして普通の日本人高校生として

生活をしている。

 

 

この土地に住み始めた3年前の頃には、

そんな息子の姿を想像する事すら出来なかった

 

 

江別の町並が

我が家の日常にゆっくりと沁み込んで行く。

 


3年前には虚ろでくすんでしか見えなかった町並にも、

いつのまにか色彩が加えられている。

 

 

今はもう見ることが出来なくなってしまった

「北海道百年記念塔」

 

 

その跡地の野幌森林公園から

見上げるバカでかい北海道の空、

 

 

その青空の下に、

塔の姿をくっきりと思い浮かべる事が出来た瞬間、

自分もこの土地の仲間入りが出来たのかもなぁ、

 

 

そう思った。

 

 

そして、

少しだけ嬉しく感じる自分が居た。

 

 

 

 

★★★★★★★★

 

 

 

江別市を案内する看板には

今も百年記念塔が描かれている。

 

 

 


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