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無意味な確率のお話
1985年5月20日
初めて救急車に乗ったのは
当時二十歳だった学生の頃。
箱根の七曲りという山道を、
オートバイでブンブン走り回っていた、
やんちゃな時期だった。
目の前を急に横切った車を避けきれず衝突。
頭を打って、
救急車で運ばれて入院する事になる。
そして舞台はアメリカ。
今度はスキー場。
40歳近くなっても若かりし頃の実力に幻想を抱き、
コブの急斜面で飛ばしすぎて、
激しく転倒。
胸を強打。
救急隊員に運ばれて、
救急車で里の病院まで下山することになる。
『日米の両方で救急車に乗った事ある人って、珍しいじゃん。』
自慢ではない、
情けない話。
珍しいと言えば、
日米の両方で経験した珍しい事は他にも有るかな?
そうだ。
筋生検
筋肉の細胞を採る検査の事だ。
結構痛い。
【 日米の救急車に乗って、日米で筋生検をやった男。】
これだと、かなりの低確率。
そんな奴、殆ど居ないはずだ。
凄い。
でも、
これも、
自慢にはならない。
つまらない。
すると、
別の疑問が湧いてくる。
『 強度の行動障害者ってどれくらい日本に居るんだろうか? 』
今度は、
まともな疑問だ。
私のブログらしくなってきた。
調べてみると、
どうやら、
全国規模での調査は未だ行われたことは無く、
実態は分からないようだ。
でも、
療育手帳を持っている人の1%程度が該当するという文献は見つけた。
答えは、
全国で8000人。
それが、強度の行動障害を持つ人の推測値だ。
意外に多い。
想像以上の数の当事者と家族が苦しんでいるのだ。
そして、日本では
その苦しむ人達を支援しようとする動きが活発になって来ている。
↑
これは、
強度行動障害支援者養成研修向けのテキスト。
編集者には、
2019年にシアトルの我が家にも視察に訪れてくれた
日本の福祉業界の重鎮方が
こぞって関与されている。
編集者の一人である
社会福祉法人『はる』の代表理事長
福島龍三郎さんが、
シアトルまで持って来てくれたものだ。
2センチにも及ぶ、
重たく、
ぶ厚いテキストの中身には、
障害者の支援の方法が書かれているだけではなく、
『障害者を支援する側の人々の心のケア』
についてのページに多くが割かれている。
もう、これは
単なるテキストではない。
『人が人として幸せに生きて行く為のヒント集。』
正にそんな感じだった。
そして、
『日本の福祉業界はここまで進んでいたのか...』
『日本に帰りたい。』
我が家が、
そう思い始めるきっかけになったテキストだった。
その2年半後、
我が家は日本へ帰ることになる。
そこに、長男の諒の姿は無い。
もし彼が帰れていたら、
このテキストでしっかりと養成された生活支援員に支えられながら
健やかな人生を送れていたに違いない。
雪が溶けて間もない北の大地を走りながら
そんな事を考える。
我が家の新居から1kmも走れば
こんな感じになってしまう北海道。
それでも、
ものの10分。
到着した先は、
南幌(なんぽろ)温泉。
北海道には殆ど存在していない、
非常に珍しいラドン温泉だ。
そんなところに意図せずに引っ越してくる確率は、
いったいどれ程のものだろうか?
何故か、
この希少なラドン温泉が、
我が家から最も近い温泉だったのだ。
『親父は血液の免疫疾患だからラドン温泉は効果が有るかもよ。』
『この距離なら毎日でも通えるでしょ?』
今日も諒が笑っている。
★★★★
春到来!
といっても、未だこんなに雪が残ってる..
黄色い蝶々が飛べるのは、
まだ先だなぁ。
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