・・・

 

二千年前プラトンが警告!人間にとって怖い「欲望」の暴走

哲学の役割と近代日本の挑戦(1)欲望暴走のメカニズム

納富信留

納富信留

東京大学大学院人文社会系研究科教授

情報・テキスト

プラトンが深く考察した対象に「欲望」がある。欲望はしばしば、日常的に手に取れることのできる健全な欲求を超えると、理念的なものへと膨らんでいく。一旦理念となった欲望は増殖してとどまるところを知らない。そのためには欲望を飼いならすことが必要だが、その怖さを忌避せず見つめるところにこそ、哲学を学ぶ意味はある。(全6話中第1話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)

時間:11:22
収録日:2023/07/28
追加日:2023/09/30

カテゴリー:

キーワード:

≪全文≫

●「欲望」のメカニズムを考える


―― 先生、(今日は)どうもありがとうございます。

納富 どうも、こちらこそ。

―― (以前に先生がお話になっていたことですが、)「欲望」というのは、おいしいものを食べたいというような非常に単純なことであればいい。しかし、(それが)稼ぎ過ぎて一生かかっても使えないほどのお金になると、欲望というよりも理念が出てくる。その理念が暴走するような形になるのが、欲望自体よりも危険なのだということでした。そのあたりから(お願いできればと思います)。

納富 はい。欲望については、ときどき自分のテーマとして話すことがありますが、プラトンが深く考察した対象です。

 私たちの欲求や欲望は本当に幅広いものですが、実はいろいろな種類があって性質も違います。そのあたりをきちんと見て、必要な欲望と不必要な欲望(を見分けること)が必要になります。例えば、食は生体維持に必要ですし、生殖的に(必要な)ものもある。また、そういう必要・不必要もありますが、今ご質問いただいたのは、メカニズムの違いがあるという点です。

 例えば、お腹がすいていれば(食べるし、)喉が渇いていれば飲む。基本的には、そのように不足しているものが満たされたら、そこで一旦(欲望は)止まる。もちろんまた翌日にはお腹がすくかもしれませんが、常に一旦は満ちるということがある。だいたい生理的な欲求はそのような形で進みます。食欲、運動する欲求、セクシャルな欲求などは、だいたい満たせば止まるというパターンです。

 そこにも単純ではないところがあるのですが、それらとは違う形、すなわち「ここで終わる」というような限度を知らず、どんどんエスカレートする欲望がある。それはどういうメカニズムなのか、ということに興味があるわけです。
 

●人間にとって怖いのは「膨らんでいく」欲望


納富 例えば、食欲の場合でも、人間それほどたくさんの量を食べられるわけではありません。しかし、「おいしいものを食べたい」という欲はあります。あるいは「おいしい」ということにしても、われわれの味覚がそれほど繊細とは言い切れないので、(それなら)「珍しいものを食べたい」「高いものを食べたい」「他の人にうらやまれるものを食べたい」という話になっていきます。

 今おっしゃったような、ある種の理念的なものが、すでにそこで起こっているのではないかと思います。つまり、「食べる」「飲む」というような単純な欲求の話であるにもかかわらず、実は何か違うメカニズムを持っているのです。

 もっと繊細なことはいろいろあるのでしょうが、もし仮にそのような二つのタイプに大きく分けるとすると、どんどん増殖してしまうような欲望のタイプには、まず一つ、例えば「名誉」があります。

 名誉ももちろん、最初はうれしいと思うけれども、どんどん大きいものが欲しくなるという傾向もありますし、それからやはりお金の問題があります。お金も、実際にポケットの中に入れて、何か買うという行為に進んでいる場合は、先ほどの欲求と同じパターンで済む。しかし、数字が観念になってしまい、つまり1000万円だろうが、1億円だろうが、10億円だろうが、しかも数は大きい(ほうがよい)ということが理念的にあるので、そこがふくらむ。ですから、「足りない」という気持ちが満たされることはなく、むしろ「足りない」というところがどんどん膨らんでいく構造があります。

 実はプラトンが、そういうことを2400年前に分析した上で、人間にとって怖いのはむしろ後者のほうの欲望だと(言っています)。そして、その象徴的なものがお金に集約されている。だから、社会を歪めて壊してしまう要因や、人間性を壊してしまう要因になる。だから、そこには気をつけなくてはいけないという話をしているのです。

―― なるほど。
 

●「理念」が欲望を無限大以上に膨れ上がらせる


―― その欲望も、名誉欲や金銭欲の場合は無限大に膨れ上がっていく。では、無限大に膨れ上がった延長線上に、理念的なものが出てくるのですか。

納富 向こう側にどんどん引っ張っていくというか、「理念」ということ自体、なかなか難しい単語です。最初はもちろんけっこうリアルな概念ですから、1,000万円であればなんとなく想像がつく。ところが、それがまさに観念的に「どんどん」「もっともっと」と抽象的になっていき、それ自体が自己目的化してしまうといいましょうか。

―― なるほど。抽象化して、自己目的化してしまうわけですね。

納富 はい。そうすると、お金が欲しいのではないのです。むしろ数字が大きくなることが欲しい、というか。そこの構造はひとつ、面白いところだと思います。名誉もそうですね。人が評価してくれる(ことが欲しい)とかではなく、だんだんそれが外れてくると、名誉...

・・・