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公共心だけで人材確保は無理…迫られる給与体系の見直し
経済と社会の本質を見抜く(6)公的機関の人材確保
テキスト
官僚を志望する優秀な学生の減少が取り沙汰されているが、日本銀行にも優秀な人材がなかなか集まらなくなっているという。それは、若くて優秀な人材が民間企業に流れてしまうからだが、ではパブリックセクター(公的機関)としてどうするべきなのか。鍵となるのは、現行の評価体系の見直しにあるようだ。講義後半では、現在の為替レートの見方を、為替を動かす要因に焦点を当てて解説する。(全6話中第6話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:13:42
収録日:2023/08/09
追加日:2023/12/03
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●深刻化する人材不足と優秀な人材を呼び込むための方法
―― 次に、ついに日銀が人を採れなくなったことについてです。
霞ヶ関で財務省が人を採れなくなった後でも、日銀と外務省だけはかろうじて大丈夫だったのですが、ついに日銀も外務省も、いよいよ採れなくなったそうです。日銀は金融で戦うので、外資の提示する年収と比べて昔は高かったのですけれども、それがどんどん崩れてきた。そして、(日銀が)叩かれるたびにだんだんとそのメリットはなくなってきました。
そうすると、もうメガ(バンク)とちょぼちょぼくらいのところとの比較では全然敵わなくなり、いよいよ人が採れなくなったという感じです。結局、(例えば)東大の人は外資系コンサルを中心として、みんな他へ行ってしまいますよね。そもそも法学部が定員割れしていることもあるという状況ですし、優秀な人はみんな(民間の)経済のほうに行き、経済の優秀な人は外資に行き、というような感じの循環です。
そういう循環系がある程度リクルーティングの中でできてしまっているとき、10年~30年という長期で見たら、おそらく相当深刻な問題ですよね。
柳川 そうですね。
―― 政策運営者で、今はまだ政治家が役人(のしり)を叩いても(活を入れても)、優秀な人たちの塊が残っているので回りますけれども、そのうち政治家が全部自分で背負わないと動かなくなるような時期がきています。でも、アメリカのシンクタンクのようなものが日本にあるわけでもないので、そうすると研究者の養成機関もだいぶ違いますよね。
柳川 そうですね。
―― そうすると、誰も国のことを考える人がいなくなったというような話が、いよいよ日銀にも及んできたという感じなのかなと思うのですけれども、特にパブリックのキャリアのところに人が行かなくなるということについて、どういう組み立てがあれば(改善が)可能になってくるのでしょうか。
柳川 そうですね。おっしゃる点は、日本が今抱えつつある大きな課題だと私もすごく思っていまして、なんとかしないといけないのではないかと、同じような危機感を持っているのです。
やるべきことの1つは、その給与体系と、それからキャリア体系のようなことをもう少し見直すということだと思います。公務員だから安い給料で働き続けるべきだというのはもう成り立たないのだと思うので、持続可能性はないのだと思います。
ですから、それなりの能力を発揮できる人には外資系並みとはいわなくても、そこにかなり競争力があるくらいの賃金、給与をしっかり出すことです。その代わり、終身雇用である必要はないので、それはしっかり能力を発揮してもらって、能力を発揮できなければ雇用は延長しない、継続しないというような体系でやっていくべきなのだと思います。
―― はい。
柳川 たしか、シンガポールはそのような体系をしています。
―― なるほど。(給与が)ものすごく高いし、若いですよね、シンガポールの次官とか局長は。
柳川 若い人が高い給与をもらって、そこである程度勤め上げたあと、民間で働くわけです。だから、決して終身雇用ではないのです。
―― はい。
柳川 それでいいのだと思います。しっかりとしたパブリックセクター(公的機関)で能力を発揮してもらえばいいので、全員ではなくてもいいのですけれども、いわゆるキャリアの相当大きな意思決定をするような人に関しては、そういう給与体系、人事体系を作っていくべきなのではないかと思います。そのためには、成果をあげたとは何かということをもう少し明確にしないといけないのだと思います。
最近、いろいろなところで申し上げているのですけれども、今だと、例えば歳出改革ということがかなり政府の大きな命題になっています。歳出をできるだけ減らす、無駄を省く。だから歳出改革をしっかりやれたキャリアの人にすごく高い給与を出すというようなことをしたらいいと思います。それが歳出改革になるのです。
―― インセンティブプランですね。
柳川 ええ。ですから、今はどうしても逆なのです。予算を取ったほうが評価されて、将来のプロモーションに比較優位だという形になっているのです。 その状況の中では、どれだけ歳出改革だと叫んだところで、なかなか実態としては動きにくいのでしょう。「ここの予算を削って」とか「ここはいらないから」と予算を返上したような人はすごく評価されて、給与も上がるし、将来のプロモーションにもつながるというようなことにすれば、ずいぶん行動は変わるのだと思うのです。
それは一例ですけれども、短期的なボーナスだけではなくて、全体の給与とか評価体系をもう少し他の、先ほどの外資や他の産業、コンサルなどとコンペティティブな形にしないと、残念ながら本当に彼ら彼女らの公共心、奉仕の心だけで、みんなから叩かれても低い給料で我慢して働いてくれというのは、なかなか難しくなっています。
―― そうでしょうね。先生が言った歳出改革をまず持ってくるということは、今までは逆ですよね。主計官のところに行ってどうやって予算を取ってくるかと、「こいつは偉いやつだ」ということで上がっていくという、その仕組みを逆転させるわけですよね。
柳川 ええ。こういう評価体系とか給与体系を変えるというのは、そこで働いている当事者からすると本当に大変なことなので、今までこうだと思っていたのが突然はしごを外されて、おまえは評価しない、こっちを評価するからと言われるのはたまったものではない。それは実際働いている人にとっては死活問題です。だから、今すぐガラガラッと変えられるものでもないのかもしれないのですけれども、少しずつそういう方向に変えていかないとなかなかみんな動かないし、おっしゃるようにいい人材は(集まらないと思います)。
―― はい。でも、パブリックのエリートを強くしていかないと勝ち残れないとなったときに、東京大学も同じですよね。東大の先生の給与はどう考えても安いですよね。ハイエンドな層に対して犠牲的に働いてもらうというような感じのことをやっていたら、競争力は高まらないですよね。
柳川 そうですね。一時的には凌げても、そこはなかなか持続可能性がなくなってしまいます。みんな給与のためだけに働いているわけではないですけれども、でも向こうと半分の給料だとか、3分の1の給料だとかと言われると、なかなか…。
―― そう行かないですよね。
柳川 「世の中のために役立ちたいのだ、3分の1の給料のところに行くよ」というのは、なかなか家族も含めて受け入れがたいものがありますよね。
―― それはそうだと思いますよね。
●財の裁定取引より金融の裁定取引のほうが為替に影響を与えている
―― 先生、最後に、実質実効為替レートについてです。これがビッグマック指数とか購買力平価とか(いろいろありますが)、実質実効為替レートでいくと1971年以来の円安水準とかいわれるのですけれども、この実質実効為替レート、それから購買力平価で見ると110円ですという説明の仕方があります。1995年対比だと、もう昔の価値の40パーセントしかありませんということです。
このあたりについて、今のような(円安の)状況のときに、私たちは実質実効為替レートで見ていったほうが正解なのでしょうか。
柳川 購買力平価という考え方は、中長期的には物価と為替が同じものだったら同じ値段になる形で調整されていくだろうという考え方だと思います。これがまったく成り立たなくなったわけではないのだとは思うのですけれども、なかなかそれに向かって調整されていくというようには考えにくくなっている時代だと思います。
―― やはり考えにくくなっていると。それはそれでいいのですね。
柳川 ええ。それはなぜかというと、購買力平価の考え方はすごくシンプルで、同じものが違う価格で売られていれば、ある種の裁定取引が働くはずだということです。
そうすると、安いところから買ってきて高いところで売るみたいなことや、あるいは安いところでたくさん作って、高いところではあまり作らないというようなことが起こる。こういう、モノの貿易の裁定取引の中で両者の価格が実質的に一緒になっていく。それが物価で動くのか、為替で動くのかというと、なかなか通常、物価はそんなに簡単に動かないのに比べて、為替は動くから、為替の調整でもってモノの裁定取引は行われる。これが基本的な考え方です。
ところが今は、貿易は行われていますけれども、貿易の中でモノの裁定取引が本当に行われているレベルというのはそんなに大きくないのです。
―― なるほど。
柳川 国際的なモノの動きとか、ある意味でお金の動きの中で、財の貿易が果たしているウエイトは相当低いのです。もう少し金融サイドのほうで動いているのです。
―― 10倍くらいありますね。
柳川 そうですね。だから、かつて国際金融がさほど発達していなかったときには、為替を動かすのはモノの貿易でした。それで、購買力平価が結局それの動きになるという話が、一定の説得力を持ったのです。今は財よりも金の動きのほうが、つまり国際金融マーケットが為替にインパクトを与えるほうが圧倒的に大きいので、国際金融のモノのお金の動きのときには、金利裁定のほうが逆に分かりやすいという裁定の動きなのです。
だから、財の裁定が働くのか、金利の裁定が働くのかというと、金利の裁定のほうがずっと動きが大きいので、そちらに引っ張られると考えたほうがよいのです。
だから、実はすごく長い目で見れば、モノを作っていったり、売ったり買ったりするときにものすごく購買力に差があれば、そちらに調整が働くだろうとはみんな考えているのだと思います。購買力平価が為替レートを決める大きなアンカーになっているとはなかなか考えにくくなっているのです。
―― なるほど。
柳川 それは、為替レートに影響を与えるファクターとしては財の貿易よりも金融のほうが大きいという理解なのです。
―― なるほど。
柳川 だから、為替レートに影響を与えるルートはいくつかあるので、それがけっこう複雑に絡むし、さらにいえば、今のように政策がかなり金利とかを動かしているとすると、素直な裁定取引が行われにくいので、そんな簡単には動かないということの結果ではあるのです。全体の中で、財の裁定取引が為替に与える影響は相当小さいのです。
―― なるほど。だからどちらかというと、実質実効為替レートのほうが現実を反映しているということですよね。
柳川 そういうことですね。
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