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ガザを統治するハマスはなぜ妥協なき戦いを続けるのか?

ガザ地区におけるイスラエルとパレスチナの対立(2)イスラエルの軍事作戦とハマスの政治的戦術

 

山内昌之

山内昌之

東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授

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ガザ地区ではなぜ、恒久的平和はおろかしばしの停戦状態さえ維持できないのか? そこにはイスラエルの報復的軍事行為もさることながら、イスラエルとの交戦を高次の政治的意図をもって捉えるハマスの発想が大きく影響している。山内昌之氏がガザの不幸な現実を、ハマス側の事情を踏まえて徹底解説する。

時間:20:21
収録日:2014/07/30
追加日:2014/09/08

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≪要旨≫
 ガザ地区の統治を担うハマス政権はなぜ、イスラエルの停戦に応じず妥協なき戦いを続けるのか? 

 そこには、ハマスの地政学的、経済的弱さが関与している。つまり、ガザではイスラエル対パレスチナの問題のみならず、ハマスとファタハの問題、政権交代とともにハマスとの友好関係から批判的態度に移行したエジプトとの問題、イランやシリアの問題といくつもの事情が複雑に絡み合っている。加えて、公務員の給与支給やライフラインの停滞という苦境に立たされているハマスにとっては、国内の失政をカバーし、こういった窮状を国際世論に訴えるためにも、イスラエルとの徹底抗戦は格好の口実だ。ハマスは全ての事情を政治的意図をもって捉え、イスラエルとの交戦に応じていると言える。

 中東のスンナ派、シーア派の勢力地図が変化するに伴い、一時はハマスに有利な環境も一変し、困窮したハマスは2014年4月パレスチナ自治政府との挙国一致内閣の成立に踏み切った。が、そのタイミングでユダヤのイェシーバ学生殺害という事件が発生し、その事件の実行を否定しなかったハマスに報復する形でイスラエルが軍事行動を開始、さらにハマスの首相が「これはインティファーダ(蜂起)である」と応じるなど事態は泥沼化の様相となった。

 この恒久的平和、秩序を到底求めることができないガザの問題の根底には、こうしたイスラエルとの交戦状態は自らの存在意義を高め、国際世論にアピールする機会となる、とするハマスの意図がある。さらに、アメリカの中東における統治能力の失墜、エジプト政権のハマスへの反発などが重なり、ガザ地区の不幸な現実は解決の道を閉ざしたままなのだ。

≪本文≫

●ハマスをイスラエルとの妥協なき戦いに向かわせる背景


 皆さん、こんにちは。前回は、今起きているガザの問題につきまして、特にイスラエルとハマスの間の対決がなぜ行われているのか、そうした問題について、ガザの市民、子どもたちを襲っている悲劇に触れながら語ってみました。

 ところで、こういう疑問も一方では出てくると思います。こうした衝突にあたってイスラエルが行っている行為は、確かに批判されてしかるべきものである。しかし、時としてハマスの方にも責任はないのか。パレスチナの側で実効支配し、そして統治を担っているハマスの政権が、何ゆえにイスラエルとの停戦に応じないのか、といったような問題は、当然疑問として出てくると思います。この点などを中心に、今日はお話してみたいと思います。

 今回、確かにイスラエルとの間の対決において、ハマスには妥協がありません。妥協がないのは、ハマスの側が、ある意味この間苦境に立っていたからです。

 パレスチナ人の子どもが、7月2日にイスラエルによって殺害されました。ユダヤ人の過激派による行為とされていますけれども。こうした子どもたちが殺害されるという行為を、ある意味で理由、機会にしまして、ハマスはイスラエルとの正面対決に踏み切ったのですが、この背景にあるのは、ハマスが持っている地政学的な弱さ、それから、経済的な弱さということです。
 

●ハマスの苦境-地政学的弱さと経済的弱さ


 簡単に申しますと、ハマスはガザで統治を担っているのですから、そこでは公務員を雇っています。しかし、その公務員たちに対して給料を払えなくなってきているというような状況がある。さあ、どうするか、というような点で、ある意味でイスラエルとの対決といったような面が、彼らにとってはそういう国内における失政をカバーする要素にもなっているのです。

 もう一つは、パレスチナ人の内部における、特に西岸を支配しているパレスチナ自治政府(Palestinian Authority、〝PA〟)との関係です。つまり、今のガザにおける問題の複雑性は、イスラエル対ガザ、イスラエル政府対ハマスだけではなく、実はパレスチナ内部におけるハマス対ファタハの対立も関係しています。ファタハとは、パレスチナ解放機構(PLO)の主要勢力であり、今のパレスチナ自治政府を担っている政権です。こうした複雑な関係、さらに、イランやシリアの問題という点が、実は絡んでくるのです。

 さらに、ハマスを従来支持していたエジプトのムスリム同胞団出身の大統領・モルシが失脚しました。ハマスは、ムスリム同胞団から別れたものですから、精神的源流、あるいは組織的な流れから言えば、そのムスリム同胞団によって煮え湯を飲まされていたエジプトの国防軍の元将軍、シーシー大統領は、当然ハマスに寛容であるはずもないのです。

 こういういろいろな国際的な次元が複雑化することによって、ハマスがイスラエルと戦闘をしているという側面も、一方で見ておかないといけないのです。
 

●ハマスの高度な政治的意図-イスラエルの攻撃は苦境脱却の機会


 したがって、常識的にいえば、政治の文法、あるいは、ゲームのルールとして、平和には平和で応え、平穏には平穏で応えるというのが、われわれの知っているゲームのルールなのですが、事このガザ、パレスチナ、イスラエルにおきましては、平和に対しては平和で応えるという非常に重要かつ単純な文法が、なかなか当てはまらないということを少し見ていきたいのです。

 むしろハマスは、今回のイスラエルの作戦のエスカレーションを、自分たちの外交的、経済的な孤立から抜ける機会と捉え、そういう孤立から抜けて、国際世論にその苦境や悲劇を訴えることによって、自らの存在感を高めるという、非常に高度な政治的意図や問題意識を持って行っているという面があるのです。

 ですから、イスラエルはこの点を突きまして、「ハマスは人間を盾にしているではないか」「市民を、人間を盾として使って多くの犠牲者を出しているのは、ハマスの方に責任がある」という論調で対抗するのです。

 もちろん、このイスラエルの理屈はかなり極端であり、無理筋でありますが、しかし、ハマスが政治的に発想していないということは、全くないのです。
 

●ハマスに有利な環境を変化させたシリアの内戦


 もともと2012年11月、2年ほど前にも事件がありまして、小規模ではありますが、ハマスとイスラエルとの間に武力衝突が行われました。この武力衝突を通しましても、ハマスはガザの支配権を維持しましたし、イスラエルと対決したことによって、ヨルダン川西岸という、パレスチナ自治政府が実効支配している地域においても、ハマスの人気が高まったということになります。

 こうしたハマスのイスラエルに対する2年ほど前の対決に対して、カタール政府、もっと正確にいうと、カタールのアミール(首長)、国王がハマスに対して4億ドルの支援を行うということがありました。

 当時は、エジプトの大統領もモルシで、ムスリム同胞団でしたから、ムスリム同胞団からの友好的な支援も受け、エジプトとパレスチナ、ガザ地区との間に今、問題になっている秘密のトンネルをつくったり、それを維持することも黙認しています。つまり、禁止されている武器の密輸、あるいは、諸物資、物品の密輸に対しても、エジプトは非常に寛容に見ていたという面もあるのですね。

 しかしながら、こうしたハマスを取り巻く有利な環境は、シリアの内戦の発生によって変わってしまいます。まずシリアの内戦の発生によって、ガザのハマスが獲得していた、ある種のイスラエルに対する抵抗戦線、抵抗の枢軸、アクシスとも言うべきものが、大きく変化するのです。
 

●ハマスを苦境に立たせた中東のシーア派、スンナ派の勢力地図の変化


 それまでは、南レバノンのヒズボラ、そして、それを支えているイラン、そしてシリアのアサド政権が皆、一緒になってガザのハマスを支援していました。今から考えると信じられないことですけれども、シリアのアサド政権とイラン、そして、ハマス、それからハマスも基本的にいえばスンナ派(スンニ派)のイスラム勢力ですが、こうしたスンナ派のイスラム勢力、エジプトのムスリム同胞団、こういう全てがハマスにとって非常に有利な力学として中東において働いていたのです。

 ところが、シリアにおいてアラウィー派が現に政権をとっている。スンナ派のアラブの反政府勢力が、アサド政権というアラウィー派、つまりシーア派に由来する少数派の政権と対抗し、そこで武力衝突が起きて内戦になって今日に至っているということは、皆さんご存じだと思います。

 そういうことから、言ってしまいますと、シーア派系のヒズボラ、そしてアサド政権、イランというこの軸と、ハマス、すなわち、スンナ派のアラブの力というものが、ぴたりと整合しなくなったのです。

 しかも、そのハマスを支えていたスンナ派のアラブの政権であった、モルシ率いるムスリム同胞団のエジプトの政権が、昨年の2013年に倒れてしまいました。その結果、エジプトの新しい大統領・シーシーは、ハマスを基本的にはテロ運動、テロ組織として批判しまして、エジプト軍はこの秘密のトンネルを壊します。皆さんもお分かりのように、イスラエル軍が進めている作戦は、このイスラエル側の秘密のトンネルを壊しているのです。

 このトンネルを壊すというのはどういうことかというと、まず、物資の補給や密輸をさせなくします。もう一つは、秘密のトンネルを使って、ハマスがイスラエルやその他に対して作戦をし、武装兵力を送り込むことをできなくするということになるのです。

 そうしたことによって、結局、エジプト軍は、今は積極的ではないけれども、ある意味では昔のムバラク政権の時のように、イスラエルとの間の客観的な友好関係を取り戻しつつあるという現状があるのです。
 

●困窮したハマスがとった一時的措置-パレスチナ挙国一致内閣の成立


 こうしますと、まずガザの国内経済が枯渇するということになります。それから、いろいろな形で入ってくる物品に対して、国内において、あるいはさまざまな形で、ハマスの政権は税をかけていたわけで、こうした税収源がなくなるということになります。そして、カタールからもらったお金ももう尽きてしまうということになりまして、ハマスは今、財政赤字に陥っており、電気が止まり、水道が止まり、そして、先ほども触れたように、公務員4万人のサラリーが払えないということになるのです。

 このことによって一時的にハマスが試みたのは、今のアッバース大統領によって率いられるヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府と妥協し、そして、その苦境を脱しようとしたのです。これが、今年2014年4月のパレスチナにおける挙国一致内閣の成立ということです。

 日本では、挙国一致内閣というと、何か素晴らしいこと、「これによってパレスチナは団結を回復した」とか、「したがってパレスチナ人は一体化した」という美談、あるいはメリットの方ばかりが強調されがちですが、ハマスにとっては、これは一時的なジェスチャーだと考えるのが自然です。すなわち、サラリーを支払うため、それから、多くの資金を、予算援助を受けるということ、財政赤字の解消に、パレスチナ自治政府ファタハの方からの援助がほしいという動機が強かったのです。
 

●挙国一致内閣によるガザ問題解決を覆したイェシーバの事件


 いずれにしましても、こうしてせっかく挙国一致内閣ができたのですが、ここから非常にまずいことが起きました。このまずいこととは、歴史とは、こういう小さなことや予想もしなかった事件が起き、そのことが、実は深刻かつ大きな事件につながるということが、また起きたのです。

 それは何かというと、この4月の挙国一致内閣の成立以降、6月に、ユダヤ人のイェシーバ(ユダヤ教の聖典とされるタルムードを学ぶ宗教学校)の生徒たちが、未成年の子どもたちも含めて3人殺害されたのです。誰によって殺害されたかは判然としないのですが、これについて、イスラエルは、「ハマス、あるいはハマスにつながる人間たちがやった」ということを主張したのです。

 この事件はハマス自身にとっても本来あまり望ましくなく、もちろんパレスチナ自治政府にとっても望ましくないことでした。こうしたことが起きますと、イスラエル政府は必ず報復しますから、せっかくここで成立した挙国一致内閣によって、ガザの国内問題を解決しようとしていた時に、ハマスとしてはややタイミングが悪く、非常に悪い事件が起きたということになります。果たしてこれを根拠に、つまりハマスがした行為として、イスラエルは戦闘に踏み切ったということになるのです。
 

●抵抗運動組織ゆえに、事件の実行を否定はしないハマス


 ところが、ハマスは内心からすると「これは非常にまずいことが起きた」と思っていますが、この種の出来事に関しては、ハマスは伝統的にいえば、自らは否定しないのです。

 例えば、1992年にイスラエル人の警官が殺害された時も、これが実際にハマスがした行為、行動かどうかは分からない、分からないのだけれども、ハマスは抵抗運動なものですから。そもそもアラビア語の「イスラム抵抗運動」という言葉の略が、「ハマス」というようになっているのです。

 ですから、こういう行為が起きた時に、それを否定するとか、ましてや批判するということは、組織の性格上非常にできない。したがって、それらは「自分たちの主張の枠内である」「抵抗である」ということとして認める傾向が強いのです。

 実際、ハマスの中でも、これに関しては、はっきり言って分裂しています。ハマスのスポークスマンは、「この行為はハマスと関係ない」と言ったのですが、ハマスのリーダーの一人である現職の首相・イスマイール・ハーニヤは、「これはハマスの行為だ」とは言わないけれども、「その実行者たちを称賛する。これはイスラエルに対する抵抗だ」という発言しているのです。

 政府スポークスマンが行為を否定して、首相がハマスによる行為だとは言っていないが、しかし、その実行者に関して評価するようなことを言っているということになりますと、このような主張は結局、イスラエルに対して、ハマスがその行為をあたかも正当化したという理屈づけをすることになるのです。
 

●パレスチナ自治政府が反発したハマス・ハーニヤ首相の「インティファーダ」発言


 しかも、ハーニヤ首相は「これは第3回目のインティファーダだ」と発言しています。インティファーダとは、パレスチナの住民、市民が一斉に立ち上がって、イスラエルに抵抗することで、「蜂起」という意味です。

 これは、過去に2回あったのですが、「今回は第3次インティファーダの始まりだ」「今起きている戦闘は、第3次インティファーダだ」と言っているのです。

 これは、もちろんハマスの全ての人が言っているわけではありません。しかしながら、責任ある人間の一人が第3次インティファーダと呼ぶということは、パレスチナ自治政府にとっては具合悪く、パレスチナ自治政府はそれに反発し、認めていません。

 なぜかというと、ヨルダン川西岸とガザで一斉に国民が立ち上がってイスラエルに抵抗するインティファーダという現象を認めるということは、西岸もこの戦争に巻き込まれるということを意味するからです。

 いずれにしましても、ハマスは、西岸を巻き込んで、今、安定と秩序というものを壊そうとしているというのが、パレスチナ自治政府の見方であります。
 

●ハマスにとって、これは自らの存在意義を高める機会


 こういう事件が起きますと、それでは、ハマスの側の責任はどうなるのかという問題が、当然起きてくるのです。

 ハマスは、今回のイスラエルの作戦、軍事行動が、自分たちの存在を脅かすのか、脅かさないのか、という観点から考えます。

 われわれの常識や理解からはかけ離れていますが、これは、イスラエルがこうした作戦を起こしても、ハマスの存在は低まることはなく、ハマスの存在は否定されることはない、という考え方です。むしろ、「イスラエルの攻撃に対して抵抗している唯一のパレスチナの側の抵抗組織。それは、ファタハやパレスチナ自治政府ではなくて、やはりハマスだ」。こういう形の強烈な印象と、強烈な抵抗を示すことによって、自らの立場というものを強化する。そういう戦術を採っているのです。

 そして、こうした戦術的目標の実現を含めまして、イスラエルを相手にして、先ほど申したような、国内において公務員サラリーも払えず、電気やガスの運営もできなくなってきている苦境の状態に対して、ある意味では、そういう状態を逆に正当化するような口実を、イスラエルが与えたというように考えるべきかもしれません。

 つまり、ある意味で、イスラエルの側の作戦を逆手にとって、それを戦略的、あるいは計画的に活用することによって、自らの苦境を脱却しようとする面が、ハマスの側にないとは言えないのです。
 

●ガザの停戦を難しくするイスラエル、ハマス、それぞれの思惑と事情


 それが、今回の作戦において、停戦に対してイスラエルは消極的であり、パレスチナ、ガザ地区を実効支配しているハマスもまた否定的であり、すなわち、停戦がなかなか実現しないという事態を招いているのです。そして、本来その調停をとるべきアメリカのオバマ政権は、中東和平に対する統治者能力において、ほとんど今、失墜しています。あるいは、アラブの中の盟主であるエジプトのシーシー大統領は、今のハマスに対して非常に関係は悪く、むしろそれを否定しているような立場です。

 こうしたことから、停戦、そして、状況や秩序の正常化にはなかなかいかない、というのが、今の不幸な現実であるのです。

 こうした点から、2回にわたってイスラエルの状況、あるいは、パレスチナ、ガザのハマスの状況、こうした点を二つ見ることによって、お話ししてきた次第です。

 では、ひとまずこれで失礼します。

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