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半導体世界でさらに熾烈になっている米中対立とその背景

半導体から見る明日の世界(3)米中対立と欧州企業の支配

 

島田晴雄

島田晴雄 慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長

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テキスト

中国の台頭によって急激に拡大した半導体市場。急追する中国の脅威が増す中、アメリカで浮き彫りになったのはサプライチェーンの空洞化である。これは危機だということでバイデン政権が動き出す一方、注視すべきは設計と微細加工を支配する欧州企業の存在だ。そこで今回は、米中対立で深まる半導体の世界と、設計力の頂点に立つイギリスのArmと微細加工で世界を支配するオランダのASLMという欧州2社について解説を進める。(全12話中第3話)

時間:09:28
収録日:2023/07/14
追加日:2023/09/11

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●米中対立で浮き彫りになったサプライチェーンの空洞化


 さて、今までのストーリーは、最初に申し上げたファブレスとファウンドリーの分業と協業の話です。世界はそのようになっています。もう1つの話は米中対立です。

 中国は21世紀に入ってから、半導体の市場がものすごい勢いで拡大したのです。2012年に習近平さんが主席になったわけですが、それまでの経済の成長というのは鄧小平さんが主導したものです。それが、習近平さんが主席になり世界最大の半導体市場になったのですけれども、半導体の自給率が非常に低いというのが構造的な欠点でした。

 なぜかというと、中国は後発国だからです。鄧小平さんが頑張り始めた時は、世界におけるGDPの比率は3パーセントもなかったのです。その後10年のうちに3倍になり、一応形だけは大国になったわけです。しかし、中身がありません。それで半導体(の自給率)が非常に低い。習近平さんはそれに気がついて、2014年に「国家IC産業発展推進ガイドライン」というものを作り、そのあとに中国IC(投資)ファンド(基金のこと。National IC Industry Investment Fund、通称:National Big Fund)を作ったのです。それを使って半導体産業を発展させようとします。

 そして2015年に「中国製造2025」を作り、アメリカにものすごく叩かれましたが、これをやりました。これは何かというと、2020年に半導体の自給率を40パーセント、25年に70パーセント、その後に100パーセントにしていくという目標です。それで、ものすごく頑張り始めたわけです。

 この習近平さんが作ったファンドですが、清華大学に1つその基礎をどんと置いたのです。そして、清華大学のファンドを使うのですが、清華大学は優秀な学生が集まっていますから、彼らを使った「紫光(しこう)集団」がお金の力で世界中のメーカーを買い漁ったのです。

 しかし、結局あまりにも乱暴なことをしたので挫折しますが、であればそのお金を使ってこのような工場を造ろうということになり、ものすごい勢いで工場を造り始めたのです。ということで、世界の全工場を造るより中国の工場建築のほうが多かった時代がありました。

 さらに、工場を造ると半導体の製造装置を作らなければいけないので、それもどんどん作り、今ガラ(形)だけは中国が世界一です。ところが、最先端(の半導体)がない。一番重要なものがないわけです。この最先端のところは台湾のTSMCに頼んでいるのですが、問題はいろいろな方法論のところです。(例えば)マスキングとか最先端の半導体を作るのに非常に緻密な技術があり、その技術はほとんどアメリカです。アメリカのファブレスがみんな持っているのです。

 ですから、アメリカのファブレスの技術を導入して、最先端は台湾に作らせて、中国が世界最大の半導体大陸ですよと言っているだけの話で、真ん中が抜けているわけです。しかし、彼らは必死になって今アメリカを追いかけようとしているので、アメリカも本当はうかうかしてはいられない、という状況が今です。

 ところが、今のアメリカを振り返ってみると、とんでもないことをやっていると、技術と安全保障の専門家たちが気がついたのです。つまり、アメリカの本土の中で半導体を作れない。 どこで作らせているかというと、TSMCに最先端はみんな作らせている。量で稼ぐものは、韓国のサムスンに作らせている。あるいはSKハイニックスという会社に作らせているのです。

 アメリカにはインテルという立派な会社がありますが、なかなかうまくいかないのです。そのような足元が寂しい状況になっていて、頭脳ばかりで儲けるような構造にアメリカはなっているのです。これで一朝、事が起こったらどうなるか。 サプライチェーンが空洞化していますから、アメリカは立ち行かなくなるのです。それで、これは危機だということに気がついたのです。バイデンさんというより、バイデンさんを取り囲んでいる安全保障と技術の専門家たちです。アメリカ大統領が強いのは、背後にそういう人たちがいることです

 ということで、気がついた、これはまずいと。ではどうしたらいいかということになり、台湾がその最先端の9割を作っていますから、台湾をアメリカが確保しなければいけないということになったわけです。ところが、台湾は中国のものにすると習近平さんが叫んでいます。それで絶対に台湾は譲らないぞという戦略を、アメリカは取らざるを得ないわけです。そこで、トランプの時代から始めたのですが、どんどん武器を台湾に渡しているわけです。台湾を渡さないぞと。

 もう1つ、アメリカ国内に世界最強のサプライチェーンを作らないとアメリカが危ないと。それで、どうしたらいいかですが、インテルは結構強いけれども、TSMCに比べたら全然勝負になりません。台湾企業のほうがずっといいですし、サムスンもインテルよりずっと上です。

 そういう会社がずらっと外国にあるのです。そこで、それらの会社がみなアメリカに来るようにしなければいけない、という考えになりました。そこで、どんどんと呼び込むために相当な補助金を出しています。これをある法律で決めて呼び込んだのです。

 このような状況で、米中対立を半導体から見ると、単なる対立以上に熾烈です。生きるか死ぬかの戦いになっています。中国から見てもそうですし、アメリカから見ても譲れないというところに来ています。
 

●設計と微細加工を支配する欧州企業


 それから3番目に、欧州の企業はすごいと先ほど半分ぐらい説明しましたが、設計と微細加工を支配しています。設計を支配しているのはイギリスのArmです。

 それからASMLというオランダの会社ですが、半導体のチップはたかだか2センチ四方ですから、その中に目に見えないような回路を作っていきます。トランジスタがその2センチ四方の中に、数十億個入っているといいます。それを設計しなければいけません。設計はArmでいいのですが、作るのはASMLです。どうするかというと、ウェハーというレコード盤のようなものがありますけれども、そこにものすごく微細な光を当てます。目に見えないレベルの光です。

 われわれが目に見える光というのは、そんなに微細ではありません。ですから、虹を見ると赤から紫などがありますが、紫の先にまだ紫があり、目に見えない紫です。その波長は短いのだそうです。それで、ずっと端まで行くと全然目に見えませんが、とんでもなく波長の短い紫があり、それを「EUV」といいます。これは何かというと、エクストリーム・ウルトラバイオレット(Extreme Ultra-Violet:極端紫外線)という、目に見えない波長の短い光線で、薬品を照らし出して回路の設計を映し出し、それをレンズで何十回も当てて縮尺していくその技術は、すごく時間がかかったそうです。それを必死でやったのです。

 これはオランダのASMLだけではできません。この基本技術はほとんどドイツの会社です。これを後ろでバックアップして応援しているのがベルギーにある会社で、imec(アイメック)という会社です。アイメックのフルネームは、インターユニバーシティー・マイクロエレクトロニック・センター(Interuniversity Microelectronics Centre)といって imecになるのですが、これは何かというと、要するに研究者の集まりです。

 数千人の研究者がいて、みな親会社が手弁当で出しており、結構高給を出しているそうですが、そこでワイワイやって集まっていると情報が入るのです。ですから世界中の情報が、このimecに来ると全部分かるわけです。imecがこのASMLの後にいることで、ASMLに世界の情報が全部入るのです。まずそれを作りました。

 これはそういう微細加工のマシンなのですが、真空の中に目に見えない光を通して写像し、それをどんどん縮尺を変えていって、何十回もそれを繰り返すと本当に小さくなるのです。レンズが大きいのは、小さく縮めるためだそうです。

 トラックのタイヤくらいの大きさですが、その機械を1台買うのに200億~300億円くらい(かかるそう)です。このオランダの会社が逆立ちしても、1年間で40台しか作れないそうです。今、世界ではTSMCが100台ぐらい持っていて、他の会社は数台しか持っていないという状況です。

 世界の半導体の設計のエッセンスと、微細加工の頂点をこの2社が握っているというわけです。このところは覚えておいたほうがいい。ちょっと極端に限界まで行っている。そういうところまで来たのです。

 以上、皆さん、だいたい世界の半導体の分布のストーリーがお分かりになったかなと思います。

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