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台湾有事、2024年総統選…リスク抱えるTSMCの厳しい現実

半導体から見る明日の世界(6)米国への投資と最先端の半導体技術

 

島田晴雄

島田晴雄 慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長

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テキスト

アメリカが自国内に世界のサプライチェーンを集積する戦略はすでに始まっている。台湾のTSMCをはじめ、欧州の半導体を含む企業など、アメリカは莫大な補助金を出して誘致を推進している。半導体の世界地図が年々変わっていくように、半導体の構造もますます微細化が進み、高機能の進化を遂げている。今回は、巨額補助による米国投資の実情を、最先端の半導体技術とともに解説する。(全12話中第6話)

時間:07:57
収録日:2023/07/14
追加日:2023/10/02

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●莫大な補助金で主要企業を掻き集めるアメリカ


 もう1つは、バリューチェーンの中心を全部アメリカに持っていきたいというので、アメリカ企業もそうですが、世界の主要な企業を今、アメリカは補助金で持ってきているのです。



 これがその図です。台湾のTSMCが「120億ドルでやる」と言っていますが、(日本円にすると)1兆何千億円ですから大した額ではなく、本当はもっと大きいと思います。また、インテルはこの際だからということで、補助金をたくさんもらってどんどん工場をアメリカに造っています。

 サムスンは非常に辛い思いになっています。なぜかというと、サムスンは中国に莫大な工場を持っているからです。つまり、中国の工場を止めなければいけないからです。これをやるときに、韓国は今、非常に困っていると思います。GFというのはグローバルファウンドリーズというアメリカの会社で、ニューヨークにあります。それからテキサス・インスツルメンツ、さらにSKハイニックスは韓国です。

 世界で最大なのは台湾のTSMCで、次は韓国のグループ、インテルが来るという構造になっていますが、彼らの出す投資額の3分の1ぐらい、あるいは4分の1ぐらいは、アメリカ政府が出して、絶対来いと言っているのです。このように、アメリカに言われると行かざるを得ないので、TSMCもいよいよ覚悟を決めて出ることにしたのです。

 しかし、韓国がちょっとかわいそうで、中国の中に10個ぐらい大きな工場を持っていますから、それで輸出を止められると、韓国の会社は最先端の半導体を作れないのです。作れなくなったらスクラップにするか、韓国に持ってくるかしかなく、韓国に持ってきたら中国は怒りますから、ひどいところに追い込まれているのです。

 そのようなことになっていますが、いずれにしても、アメリカにサプライチェーンの中心を持ってくるということです。
 

●台湾有事を念頭に置いたTSMCの海外進出


 ここで、TSMCがどういうことになっているかについて考えたいと思います。TSMCのモリス・チャンという人は世界の人と仲良くしているのですが、ここでもし、米中が対立して台湾有事になったらどうなるかということは、どうしても考えてしまいます。

 台湾有事になって、習近平が軍事侵攻をしたらどうなるかですが、軍事侵攻をすると2つの選択があると思います。TSMCはあそこに世界最大の生産能力を持っており、10個ぐらい工場を持っています。それを壊してしまったら、中国に対しても大損害です。ですから、そこは壊さないで他を全部攻撃する。(つまり)そこだけ残すということです。そういうことをするかもしれないし、(そうしないかもしれない)。どちらかは分かりません。

 しかし、TSMCとしてはリスクヘッジをしなければなりませんから、今回アメリカにがんがん言われてしょうがないから行くことになりました。アメリカでの生産コストは台湾より何割も高く、労働者の質も悪い。そこで我慢していくと決めたのは、やっぱり覚悟を決めたのかなと思います。 アメリカの仲間になるということです。

 同時に、日本に来ました。続いて、シンガポール、そして今度はドイツにも工場を造ります。今までTSMCは一歩も台湾から出ていません。ワーッとこの2年で動き出したのです。やはり台湾有事のことを考えているのでしょう。

 ですから、仮に台湾が2024年の総統選で国民党が勝つと、親中派のような人が出てきます。中国はものすごく情報戦をやっていますから、選挙民の頭の中に影響するような、いろいろと考え方を変えさせるようなことをやっています。それで中国と仲良くやろうじゃないかということになると、そっくりそのまま中国はTSMCをいただけます。

 そうすると、中国の生産力がアメリカの比ではなくなります。ただ今のアメリカは、台湾有事になってもサプライチェーンはアメリカにあるから大丈夫だというレベルのところまでやっていると言っていますが、全然そうではありません。その片棒を担いでいるのが日本です。という、かなり難しいところでやっています。

 それでTSMCはものすごく悩んでいると思います。そのようなことまでして、バイデンさんはサプライチェーンをアメリカに持ってくることで中国を締めつける、ということを皆さんにご理解いただければと思います。
 

●半導体の基本構造と重要な前工程と後工程


 これまで半導体の技術についていろいろとお話ししましたが、ここで一度おさらいをして、マスキングだとか、何かとか、それは一体どのようなものかをちょっと勉強したいと思います。

 半導体というのは、シリコンの基板の上にトランジスタの素子でできています。トランジスタというのは、昔、ソニーのトランジスタラジオを作ったときの鉱石からできた物質ですが、今はものすごく小さくなっています。トランジスタに電流を通すと、プラスになるかマイナスになるかという選択ができますが、これが半導体のエッセンスです。

 半導体というと、(全)導体と不導体(絶縁体のこと)があり、(例えば)銅のようなものは電気が通りますが、電気が取らないガラスのようなものもあり、半導体はその中間です。それを決めているのがトランジスタです。トランジスタが今、最先端の半導体の中に、1つのチップの中に何十億個も入っているという構造になっていますが、そのような集積したものです。

 そして、集積すればするほど微細になっていくわけです。微細になると複雑な論理判断ができるし、計算ができるし、電力の消費も少なくなります。ですから、世界中が必死になって微小化させているのです。それをするために、このシリコンのウェハーという、レコード盤のような上に、まずメタルか、絶縁膜か、多結晶シリコンなどの薄膜を作ります。これを「成膜」といいます。

 この成膜を作り、光を当てて印字して、いらないものを洗い流して、もう1回やるのですが、そういうプロセスを何十回もやることを「リソグラフィ」といいます。そういうリソグラフィの技術は、実はほとんどアメリカにあるのです。そのようなものを作って最後にレジストができたら、プラズマを使って加工しますが、これを「ドライエッチング」といいます。

 ですから、リソグラフィとドライエッチング、リソグラフィとドライエッチングという工程を何十回も繰り返す、それを「マスキング」といいます。これをバイデン政権は、中国には1ミリも渡さないということで、止めてしまったわけです。たまたまその技術はほとんどアメリカが持っているということです。

 これが前工程です。ですから、レコード盤のようなものの上に2センチ角が並んでいて、そこにものすごい情報が入っているというのが前工程で、TSMCがやっているのは主に前工程なのです。

 そして後工程というのは、その前工程ができたあとどうするかということですが、2センチ角を切り出します。チップに切り出して、そのときにウェハーをものすごく薄くします。普通はシリコンウェハーの厚さというのは0.7ミリぐらいなのですが、それを0.02ミリまで薄くしなければなりません。

 その技術を持っているのは、日本のディスコという会社です。世界の6割ぐらいをディスコが占めています。羽田にあり、小さな会社ですが、すごいです。小さな世界の巨人ですね。

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