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燃料電池車、がんの治療などで活用されるナノテクノロジー

教養としてのナノテクノロジー(5)ナノテクノロジーとは何か<後編>

 

松本洋一郎山本貴博由井宏治元祐昌廣

この講義シリーズを贈る

テキスト

国家ナノテクノロジーイニシアティブでは、ナノスケールで生じる現象やプロセスの根本的理解から社会的側面まで、7つのプログラムが構成されている。これに合わせて日本でもいろいろと動き出しているが、こうした世界的な動きの背景には科学技術の進歩がある。そこで、最近の研究事例から、さまざまなところでナノテクノロジーが使われていることを紹介していく。(全10話中第5話)

時間:08:40
収録日:2021/03/29
追加日:2021/08/19

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●国家ナノテクノロジーイニシアティブによる7つのプログラム




 国家ナノテクノロジーイニシアティブのプログラム構成についてお話しします。繰り返しになりますが、まず1つ目がナノスケールで起きる現象とプロセスの根本的理解です。これを促進するために基盤的な科学技術にお金を突っ込みますと言われました。

 2つ目が、ナノ材料をきちんと開発するということです。特性を考えるときには、細かいところからきちんとやっていかないといけません。「材料は材料だよね」とやっていくのではなくて、量子力学に戻って、その材料がどのように機能を発揮しているのかという基礎科学のところから材料を考えましょうと言われました。

 3つ目として、そのナノスケールをデバイスにしないと結局われわれの役には立たないので、そういうデバイスをつくるということ、さらにシステムとしてどう考えていくかというシステムエンジニアリングの観点をきちっと入れてやりましょうと言われました。

 4つ目が計測です。ナノテクノロジーのための計測手段が規格化していないと、競争に負けてしまいます。そうならないように、お金を注力しますと言われました。



 それから5つ目はナノマニュファクチャリングです。どのように製造していくのかという製造工程をきちんとつくり上げるということです。

 また、各大学の各研究室で、装置を持ちなさいと言ったってそんなのは持てません。非常に高価な装置をいっぱい整備しないといけないため、6つ目として、主要な研究設備を国がきちんと整備してそれをみんなで使えるようにすることも提言されています。

 最後の7つ目は社会的側面です。先ほども少し申し上げましたが、ここで重要なのは、やはり国民目線です。ナノテクノロジーが本当にわれわれのために使えるのかどうかというのを非常にたくさんのステークホルダーが入って議論して、安全なのか、将来に危害をもたらさないのかどうかを、公衆衛生的な観点からも議論していきました。また、小中学校の生徒やいろいろな市民に対して、ナノテクノロジーとは何かということをきちんと教育、広報していくという、そういうコンプリヘンシブ(包括的)なプログラムになっていきました。

 もちろん日本の中でもそれに合わせていろいろ動き出していて、先ほどお見せした、この本(『ナノテクノロジー 極微科学とは何か』PHP新書)を書かれた川合知二先生が、同じことを日本でもやろうと大きな運動をしました。
 

●2つの顕微鏡の発明




 こういうことができた理由の1つは、先ほど計測と言いましたが、走査型のトンネル顕微鏡というものができて、界面のところがナノスケールでどうなっているのかが測れるようになったからです。

 それからもう1つの理由は、「AFM」と呼ばれる原子間力顕微鏡ができたことです。この2つのデバイスができて、ナノサイズで何が起きているのか、何がどういう構造になっているのか、分子の表面はどうなっているのかというのが分子スケールで分かるようになり、理解が一気に進みました。
 

●トップダウン型とボトムアップ型のアプローチ




 それから先ほど申し上げました、トップダウンとボトムアップです。この辺からは細かい話で時間的な制約もありますので飛ばしますが、ボトムアップというのはドレクスラーが言っていた話です。分子のスケールが自己組織化して、どういう構造をつくっていくかということを、個々の分子の挙動を総合的に見ることによって考えるというものです。

 もう一方のトップダウンは、大きなものを旋盤で削るようにして、だんだん分子スケールのものをつくれるかどうかという話です。先ほどのAFMやSTMというものをうまく活用して、例えばIBMが、分子を並べて「IBM」という文字を書いたのを覚えている方がいるかもしれませんが、そういうこともできるよということが見せられたわけです。そのようにしてどんどん技術が進んできました。
 

●ナノテクノロジーの具体的活用例




 最近の技術のいくつかをご紹介すると、新聞紙上でも触媒の話がいろいろと記事になっていて、プラチナをあまり使わなくても、立派な触媒ができるということを知っている人もいるかもしれません。最近、トヨタが非常に良い燃料電池車を開発しましたが、それに使う触媒も必ずしもプラチナじゃなくても良い、そういう研究をされている方がいます。それはプラチナじゃなくて(周期表の)その周辺の分子を一緒に集めて、1つのナノスケールの構造体にしてしまうというものです。それが今、スライドで映しているものです。

 これはサイズが1ナノ以下の合金です。これをうまく使うと、例えばプラチナ、イリジウム相当の作用を発揮します。これは非常に画期的です。なぜなら、材料固有の性質ではなくて、われわれが望むような性質を発揮する材料をつくれるからです。これは実際に動かして開発しています。



 もう一つは、結晶スポンジです。今までたんぱく質がどういう構造をしているかを調べるのは非常に難しいことでした。たんぱく質を全部結晶化して、X線解析でどういう構造になっているのかを調べないといけなかったのですが、藤田誠先生は、望みの機能を発現するデバイスとして結晶スポンジを開発されました。結晶スポンジではスポンジの細孔のように同じ大きさの結晶の隙間が並んでいて、これをたんぱく質の水溶液の中に入れると、その隙間のところにたんぱく質が入っていきます。そして、そのスポンジごとX線解析をすると、そのたんぱく質の構造が分かってしまうという新しい手法を開発されました。これは2020年にノーベル賞候補ではないかと騒がれました。



 最後は、われわれの病気の診断や治療に関する、片岡一則先生が開発した技術です。自己組織化をうまく使って、このカプセルの中に薬剤を入れます。そうするとがんの部位に行くのですが、がんというのはパーミアビリティ、つまり小さな物質が中を通るという性質を持っています。このナノカプセルががんの細胞の中に入っていき、その中で分解されて、薬剤ががん細胞の中で展開するのです。そうすると、がん細胞だけをやっつける治療ができるようになります。片岡先生は今これを開発していて、「こういう自己組織化されたナノカプセルで、体内病院をつくるんだ」と言っています。

 このように、ナノテクノロジーはいろいろなところに使われているということをご紹介しました。どうもありがとうございました。

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