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前立腺ガンの進行を止めるための三次予防

「人生100年時代」の抗加齢医学と前立腺ガンの予防

 

堀江重郎

堀江重郎 順天堂大学医学部大学院医学研究科 教授

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人生100年時代の到来が近年、叫ばれている。100年という時間の中で生じる変化は女性の方が適応しやすいともいわれている。それに対して男性は、どのようなライフスタイルを築けば良いのだろうか。来たるべき人生100年時代の抗加齢医学、そして増加する前立腺ガンの予防について学ぼう。

時間:14:35
収録日:2018/11/15
追加日:2019/02/11

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≪要旨≫
 人生100年時代における男性のアンチエイジングについて、今回は検討する。「人生100年時代」はベストセラー『ライフ・シフト』で提唱された考え方で、この本の中で著者リンダ・グラットンは3つの資産が重要であると述べている。

 1つ目は生産性資産、つまり学歴や職歴上の経験といったものである。2つ目は活力資産であり、100年間やる気をもっていろいろなことに取り組むための内面である。3つ目は変化資産であり、人生のいろいろな時期に応じて働き方が変わってくることを意味する。これらの資産は目に見えないものである。

 人生100年時代においては、男性よりも女性の方がもともと変化する生活に適しているといえる。女性の場合、閉経までで子どもを育てるステージが終わり、また別の生活、人生を送ることができる。

 女性の方が認知症の発症率は高いけれども、実は65才までの発症率は男性の方が高い。これも、おおむね65才までで孫の子育てが終わることと関係する。また、女性の中で認知症になりにくい遺伝子を持っている人は、その遺伝子の効果が非常に強いことも分かっている。

 なぜ男性は人生の早い段階で認知症になりやすいのか。なぜ女性は人生の後半で認知症になりやすいのか。これはまさにこれからの100年時代の重要な問題である。また男性の場合には、女性のような人生の明確な区切りがないので、高齢者になる男性がどのような活躍をすることができるかを考えることがこれからの課題である。

 男性の中で現在話題になっているのが、前立腺ガンの増加である。PSAによってチェックをすることも普及したが、PSAが高くともガンではない状況もある。また、適切な食事によって進行を抑えることもあれば、ガンではあるが治療をせずとも良くなったというパターンもある。これを三次予防という。

 アンチエイジングとの関連でいえば、近年では、ネズミの血管をくっつける実験によって、年を取った人が若返る可能性があるという研究も行われている。このように、抗加齢医学は、100年時代にも生き生きとした人生を送れるように研究を進めているのである。

≪本文≫

●人生100年時代における3つの資産


 皆さん、こんにちは。順天堂大学の堀江です。今日は、人生100年時代における、男性のアンチエイジングについて考えてみたいと思います。

 アンチエイジングに関する医学を「抗加齢医学」ともいいますが、現在私は日本抗加齢医学会という、アンチエイジングを研究する医師、医学者の団体の理事長をしています。今日は男性のアンチエイジングということで一緒に考えてみましょう。



 現在、リンダ・グラットン先生が書かれた『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』という本が30万部を超えるベストセラーになっていますが、この中でリンダ・グラットン先生は3つの資産が100年時代に重要だといっています。

 1つ目は生産性の資産、2つ目は活力資産、3つ目は変身資産です。最初の生産性の資産は、簡単にいえば学歴、あるいは職業上の経験のことです。要するに、ご飯を食べていくためのスキルということになります。



 2つ目の活力資産は、自分が100年間やる気を持っていろいろなことに取り組み、生活をしていくという人間の内面、あるいはメンタル、サイコロジーに関連したことです。



 3つ目の変身資産ですが、おそらく今後、人生のいろいろなステージに応じて、ライフスタイル、あるいはワークスタイルが変化していくだろうということで、例えば私たちの分野でいえば、最初は外科医だったけれども、その後内科医になるかもしれません。あるいは健康に関するコンサルティングをするようになることも考えられます。つまり、人生のいろいろな時期に応じて、働き方が変わってくることを変身資産といっているのです。



 これらの資産は、いわゆるお金や土地、株であるといった目に見える資産ではないということから、「intangible assets」、触れることができない資産といわれます。
 

●人間の集団の中におばあさんがいると、より繁栄しやすい


 しかし、人生100年時代、むしろ女性は100年間いろいろ変化しながら生活できるということに、もともと適していると思います。女性の場合、成長していくと、生殖年齢、また子どもを育てる年齢になるわけですが、全ての女性がある時期でこれを卒業します。医学的には、いわゆる生理の周期が終了するということで「閉経」といいますが、これはDNAに書いてありますので例外なく全ての女性がそういう道筋をたどることになります。では、なぜDNAに書いてあるかというと、閉経した後の生活、人生に基本的に意義があると認められているといえるかもしれません。

 興味深いことに、例えばゴリラやチンパンジーもほぼヒトと同じ50才ほどで閉経になりますが、ゴリラやチンパンジーは50才で死んでしまいます。ですから、閉経即人生ということで、ヒトではないので人生といえるか分かりませんが、ライフスパンが終わってしまいます。ところがヒトは、(人生100年時代になると)おそらくその後また50年間ほど生きていくということで、その50年間の役割があるということです。

 面白いことに、ヒトの場合、おばあさん効果ということが知られています。要は人間の集団の中におばあさんがいると、その集団はより子どもが作りやすい、より繁栄しやすいということです。これについてですが、霊長類の中でもヒトは非常にユニークな動物ですが、他の動物では海にいるシャチにもそういう効果があるといわれています。



 例えば女性の場合、認知症の率が男性より高いということはお聞きになった方もいらっしゃるかと思いますが、実は65歳までを見ると、男性の方が女性より認知症になる率は高いのです。しかし、65歳を超してくると、今度は女性の方が認知症になってくる率は高いです。面白いのは、65歳は孫の子育てがだいたい終わる時期だということです。第一子を産む年齢は現在いろいろな意味で遅くなってきており、だいたい28歳くらいです。ただ、それを25歳、その子どもが第一子を産むときの年齢を50歳と考えますと、65歳で孫の子育てはおおむね終了しているという形で、そこまではおばあさんががんばっているということになります。
 

●認知症になりにくい遺伝子の効果は女性の方が高い


 また遺伝子を調べますと、遺伝子の中のある特定の部分だけが、人によって違うということが分かっています。これを医学的な言葉で「一塩基多型」といいますが、多型とは形が多いということです。例えば、人間とチンパンジーは90数パーセント遺伝子が一緒とよくいわれますが、実はその遺伝子の中のある部分は違いますし、それは人によっても違うということが分かっています。それがいわゆる体質というものに関係するといわれています。例えば、風邪をひきやすい体質であるとか、ガンになりやすい体質だとか、いろいろな体質が話題になっていますが、どんどん突き詰めていくと、特定の遺伝子の個人差ということになります。

 今、認知症に関係する遺伝子がいくつか分かっているのですが、その中で認知症になりにくい人、なりやすい人というのもある程度分かっています。実は驚くべきことに、アフリカの人は認知症の頻度が少ないのです。アフリカの人は、より新しい人類です。人類の進化のスピードからいうと、アフリカに今住んでいらっしゃる方が私たち日本人やヨーロッパ人よりも新しい人たちで、この人たちは認知症が実は少ないです。ですから、アフリカの人たちは、現在はいろいろな理由によって平均年齢が低いですが、人生100年時代により活躍できるのは、このアフリカの人たちかもしれません。

 先ほどお話ししましたように、一般的には女性の方が男性よりも認知症になりやすいですが、早い年代は男性の方がむしろ女性より認知症になりやすいのですが、この認知症になりにくい遺伝子の効果は女性の方が高いということがいわれています。ですから、女性の中でも認知症になりやすい人、なりにくい人がいるのですが、なりにくい遺伝子を持っている人はその遺伝子の効果が非常に強いということになります。

 そういうことから、遺伝子は1つではありませんが、どうして人生の早い段階で男性が認知症になりやすいのか、そして女性の場合は人生の後半で認知症になりやすいかというのは、まさにこれからの100年時代の重要な問題だと思います。
 

●100年時代の男性のあり方はこれからの課題である


 むしろ問題は男性で、男性の場合は女性のような明確な区切りというものがありません。ですから、おばあさん効果は証明されていますが、おじいさん効果は動物の中では証明されていません。

 ただ人間の場合は、こういった生殖だけではなく、当然文化や、文化の集合体である文明というものがあり、そうした蓄積と、50歳を超えて100歳までの男性、おじいさんがどう活躍できるかがこれからの大きな社会的な課題ではないかと考えます。
 

●最近、日本では前立腺ガンにかかる男性が増加している


 その中で最近話題になっており、世界中の男性の脅威になっているものが前立腺ガンです。前立腺のガンは従来、欧米の方に多かったわけですが、ここ最近は、日本でも男性のかかるガンで最も多いものになってきました。これまでは前立腺ガンが非常に少なかったアジアの国々でも、どんどん増えていっています。

 前立腺ガンに関係する因子として、脂肪をたくさん食べるということがあります。特に私たちアジアの人たちは、どちらかといえば穀物をたくさん取って、あまり動物の脂肪を取らない傾向にありましたが、最近牛乳やお肉など動物性脂肪をたくさん取る機会が増えてきました。そういうことから前立腺ガンが増えてきています。

 そして、「PSA」という、血液の中のバイオマーカーを測ることも一般化しています。ただ、このPSAという数字だけで前立腺ガンがあるかないか、あるいは前立腺ガンでも悪性度が高いかどうかということはなかなか分かりません。

 ですから、この番組をお聞きの方でも、PSAが高いけれども医者に行ったらどうだろうかと、あるいは高いけれども検査を受けたらガンはなかったという方もいらっしゃると思います。そういった中で、現在前立腺ガンになりやすい遺伝子も70個以上分かっています。その70個以上のデータを調べることによって、同じPSAの値でもより注意した方がいい方と、あまり注意をしなくてもいいのではないかという方が分かりまして、どういう重み付けをするのか、現在私たちの順天堂大学ではそういう研究もしています。
 

●生活を変えることで前立腺ガンの進行を止めることができる


 また遺伝子だけではなく、予防をすることに関しては、前立腺ガンになった方でも、適切な運動、そして食事を注意することによって、実は進行を抑えるということが最近分かっています。

 端的にいうと、運動量が多い人はガンであっても再発をしにくい、あるいは転移が進行しにくいということが分かっています。もう1つは前立腺のガンの中に出ている遺伝子を調べてみますと、やはり健康的な食事をすることによって、ガンに関する遺伝子も変化をすることが分かっています。ガンではあるけれども、何の治療もしないでそのまま経過を見ているうちに良くなってしまう、というケースは私も経験をしています。

 ですから、比較的悪性度が低いような前立腺ガンの方の場合、急いで手術をするとか放射線治療をするのではなく、まず生活を変えてみることによって、前立腺ガンの進行を止めることができます。これを医学的な言葉で「三次予防」といいますが、そういったことも可能になってきています。
 

●人生150年という究極のアンチエイジングも可能!?


 よくアンチエイジングといいますと、顔のシワをとるとか、たまった脂肪をとるとか、あるいは怪しげなお水を飲んでみるとか、少しまがい物的に捉えられる方もいるかもしれませんが、実は数年前、画期的な研究が出てきました。これは究極のアンチエイジング法なのですが、若いネズミと年を取ったネズミの血管をくっつけます。それで両方生かしておくと、驚くべきことに、年を取ったネズミの神経の老化、筋肉の老化、心臓の老化が良くなってしまう、改善してしまうということが分かりました。ですから、昔、変な話ですが、若い人のおしっこを飲んだら元気になるのではないかという発想がありましたが、あながち間違いとは言い切れないかもしれません。

 要するに血管をくっつけて一緒にしてしまうと、年を取った人、あるいは動物が若返ってしまうということが分かりました。では具体的にはどういう物質がそれに関係するのか、ということに関しては、今世界中の科学者が必死に探しています。また、そこから薬も出てくると思いますが、そのような究極のアンチエイジングはかなり可能になってきています。これが人生100年はおろか、120年、150年も可能になってくるかもしれないことの1つの根拠となっています。

 ただ、グラッドンさんの考えでいう、3つの資産の中の特に活力資産ですが、活力を持って100年を生きていくことは相当大変なことだと思います。しかし、そういう医学、従来の病気をしたときに対する医学、怪我をしたときに対する医学を超えた、どうやって生き生きと人生を過ごしていけるかという抗加齢医学もどんどん進んでいると思います。ぜひご期待いただければと思います。どうもありがとうございました。

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