・・・

差別価格の実例でダイナミックプライシングの真髄がわかる

ビジネス・エコノミクス(1)差別価格から学ぶダイナミックプライシング

伊藤元重

東京大学名誉教授/学習院大学国際社会科学部教授

この講義シリーズを贈る

テキスト

『マネジメント・テキスト ビジネス・エコノミクス 第2版』
(伊藤元重著、日本経済新聞出版)

私たちの生活を取り巻くモノやサービスには必ず値段が付いている。しかし、その価格はどのように決まっているのか。書籍や映画、携帯料金など、身の回りにあるさまざまな差別価格の事例から、ダイナミックプライシングについて解説する。(全5話中第1話)

時間:12:40
収録日:2021/12/09
追加日:2022/02/17

ジャンル:

キーワード:

テキストをPDFでダウンロード≪本文≫

●ダイナミックプライシングとその背後にあるもの


 こんにちは。伊藤元重です。



 今日は私が最近書いた『ビジネス・エコノミクス』という本で、どういうメッセージを出したかったのかをお話ししたいと思います。本に書いてあることだけを話しても仕方がないので、今、世の中で出てきているいろいろな現象について触れながらご紹介したいと思います。

 経済学、特にミクロ経済学の手法はいろいろなことを分析する上で非常に有効だと思います。ビジネスの世界で起きているいろいろな現象をこれで切ってみることによって、いろいろなことが今までと少し違った視点で見えてくるのはもちろんですが、それだけではありません。経済学の特徴として、一つの考え方やツールでいろいろな現象を議論できるので、経済のいろいろなつながりを見ることができます。さらに言えば、例えばインターネットによってビジネスが変わる、あるいは株式市場でバブルが起きて、いろいろな問題が起こるなど、これまでなかった新しい動きをどう考えたらいいかについての視点を提供することができます。これが『ビジネス・エコノミクス』という本のタイトルが意味していることです。

 今日は何個かに分けて、具体的な例を使いながら、『ビジネス・エコノミクス』の中で使った分析の紹介をしたいと思います。

 第一回目のテーマとして、「ダイナミックプライシング」について、少しお話をさせていただきます。

 ダイナミックプライシングについては、いろいろなところでお聞きになったことのある方が多いと思います。今は情報化が進んでいて、非常にきめ細やかな価格設定をすることができるようになってきました。例えば、鉄道や航空、あるいはホテルの料金を、非常に需要が多い時期とそうでない時期できめ細やかに変える、あるいは時期だけではなくて、時間帯によって値段を変えるとか。また、これもダイナミックプライシングに関わる話になりますが、ポイントを活用して、たくさん利用してくれた人には、もっとポイントを提供して、ポイントを加味すると結果的に割引になるという仕組みを作ることによって、お客様にもっとたくさん利用してもらうなどです。

 この考え方の背後にあるのは、価格を利用して、企業は顧客にどううまくインセンティブを提供するか、あるいはそのインセンティブを利用しながら、企業にとって都合の良い価格をどう設定するかということです。
 

●買い手の状況に応じて価格を柔軟に変える


 『ビジネス・エコノミクス』の中では、いろいろな例を挙げています。その一つの例として、「差別価格」の話を是非紹介してみたいと思います。

 差別価格は、たくさん買いたい人、あるいは少し高い金額を出しても、是非買いたいと思う人には、それなりに高い価格を設定し、安くしてくれないと買わない人には、それなりに安い価格で提供することによって、企業にとっては、全体の収益を増やすためのバランスを取ることが期待できます。それを企業の儲け話のように感じる人もいるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

 例えば鉄道でいうと、混雑しているのは嫌なので多少お金を払ってもゆったり座りたいというニーズの人と、できるだけ安い料金で鉄道移動ができればいいと思う人がいたとします。そうしたときに、通勤電車に例えばグリーン車を導入したとすると、グリーン車はもちろん値段が高いのですが、その分座ってゆっくり移動することが可能です。それに対して、普通の料金の場合、中には座ることもできなくなったり、多少混雑した状況の中で行かなければいけなかったりします。

 このことを通じて、グリーン車の料金によって収入が増える分を、一般の鉄道料金の値段を下げることに使うことができれば、少し高い料金を払って乗ろうという乗客と、多少混んでいても料金はできるだけ安い方が良いと思う乗客の両方にメリットがある形で提供できるようになります。このように、価格差別の例は現実の世の中に多くありますが、決して悪い例ではなく、より柔軟な価格の例として考える必要があります。

 『ビジネス・エコノミクス』の本を読んでいただくとお分かりだと思うのですが、一見気がつかないところに価格差別の原理が結構働いています。それを理解していただくと、先ほどのダイナミックプライシングの話にも通じていきます。
 

●差別価格の事例その1:時間差の利用


 二つ例を申し上げたいと思います。一つは時間差を利用した価格差別です。例えば有名な作家が、読者みんなが期待する新しい小説を出して、これを世の中に販売して、どうやって収益を稼ごうかと出版社が考えるとします。当然その作家の大ファンがいて、少し高くても、出たら早く単行本を買って読みたい人がいるかもしれません。他方で、あまり高い本にお金を出して読むまではいかないけど、少し手軽な値段で買える、あるいは借りられるようになれば、お金を出して読んでみたい人がいるかもしれません。この二種類の人がいるとしたら、まずは単行本で、それなりに高い値段で出してみます。そうすると、高い価格を出しても読みたい方々はそれに飛びついてくるので、それなりに需要があります。

 その需要が一巡してしまうと、それ以上本は売れません。そこで、例えば文庫本にして値段を下げてあげると、今度は高い料金では買わなかったかもしれないお客さんがそこに食いついてきます。これが時間差を利用した価格差別で、現実の世界では非常に多い例です。

 映画でも「007」の新しい映画が出てくると、まずは劇場でそれなりの料金を払って観てもらうことになります。もちろん「007」の映画が非常に好きで、早く観たいと思う人は、1000円や1500円、場合によっては2000円の料金を払って劇場に観に行きます。1回観たら、2回、3回と劇場に行く人はそんなに多くないと思うので、それが一巡したところで、例えばDVDやネットを使って観てもらうことによって、次の需要を取り込みます。もちろん、これだと劇場に行くより少し安く観られます。さらにその先になると、今度はネットフリックスなどを利用してもらって、もっと安く観られる方法で、さらにお客さんをかき集めます。このように、二段階、三段階でやっていきます。

 これも先ほど言ったように、需要が強いところには高い価格を設定して、安くなければ需要が動かないところには安い価格を設定することの典型だと思います。
 

●差別価格の事例その2:二部料金制


 もう一つ有名な事例を挙げると、二部料金制という形があります。要するに、まず固定料金を取って、利用状況に応じて限界料金(追加的な料金)も取るという価格設定です。一番有名なのは遊園地です。遊園地に入るときに入場料を取って、中に入ってからまた個別の乗り物などを利用するときに追加料金を払うという形で、2回お金を払っています。

 携帯電話の料金もそういうところがあります。まず固定で一定額を毎月払って、それ以外にどれだけインターネットを使ったか、どれだけ通話したかなどの利用状況によって料金が変わってきます。これも二部料金です。

 これも実は企業からみると、価格差別の非常に有効な手法として使われています。よくビジネス・スクールで出てくる有名な例としては、ドットプリンターのカラーコピーの機械です。ドットプリンターのカラーコピーの機械そのものはそんなに高くありませんが、機械だけ買っても印刷できないので、インクを設置して印刷するのですが、インクを結構高いと感じる人も多いと思います。ここにどういう企業の狙いがあるかというと、コピー機はできるだけ安くして、できるだけ多くの人にコピーの機械を買ってもらい、その上で使ってもらうことによって、インク財(インク代)で企業が儲かるようになっています。

 仕事柄、あるいはそういうのが好きな人も含めて、世の中にはいろいろな人がいて、多少高くてもカラープリンターをたくさん使って印刷しなければいけない人がたくさんいます。私もずいぶんなヘビーユーザーで、仕事でどうしても必要です。

 ただ一方では、高かったらあまり印刷したくないけど、安ければ少しは印刷を利用したい人もたくさんいます。しかし、お客さんの顔を見て、「あなたはヘビーユーザーだから値段が高いですよ」、「あなたライトユーザだから価格は安いですよ」とはいかないです。そこで、コピー機を安くして、みんなが安く買えるようなものにしておいて、その上でインクの値段を少し上げておきます。そうすると、ヘビーユーザーはそれでも使うので、ヘビーユーザーから高い料金を徴収できます。そうではない人にも使ってもらえるのですが、インクの値段が高いので利用はそこそこになるということです。

 こういうビジネスはすごく多くて、例えばエレベーターもそういう傾向が強いのです。エレベーターの機械そのものももちろん販売しますが、エレベーターが本当に儲かるのは、安全のために毎月定期的に実施する整備・点検によってです。そのため、エレベーターの機器の設置費用を少し低めに設定して、その分をメンテナンスでカバーするという価格設定が非常に重要になってきます。こうしたことはいろいろな分野で出てくると思います。

 こういうことが、なぜダイナミックプライシングという形で大事になってきているのかというと、要するに情報化が進んだので、非常に細かい価格の調整が可能になってきたからです。先ほど少し触れましたが、大手のショッピングモールやデパートの販売などでいうと、お客さまがどういうタイミングでいつ何をどの程度の量を買ったのかが全部情報として入ります。それをベースに、例えばポイントを柔軟に変えたりすることが、結果的にはダイナミックプライシングにつながっていきます。

 そういう意味では、プライシングは経済学的な議論で考えるといろいろな応用例があるので、是非皆さんもいろいろな例を考えていただきたいと思います。

・・・