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病気はなぜあるのか――進化医学から考える4つの原因

進化医学からみた現代の病気(1)人類の進化と病気の関係

長谷川眞理子

総合研究大学院大学長

この講義シリーズを贈る

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日本人の死因の第一位となっているがんや生活習慣病など、病気は常に私たちの生命を条件づけている。そうした病気とヒトの関係を進化生物学の観点から考えるのが、「進化医学」である。では、現代の病気は人類の進化とどのような関係にあるのだろうか。(全3話中第1話)

時間:11:55
収録日:2021/11/15
追加日:2022/01/04

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●現代における病気の種類とその発生原因


 皆さん、こんにちは。長谷川眞理子です。



 今日は「『病気』の進化」という話をしたいと思います。特に現代社会の私たちが、毎日行っている生活の仕方と、病気との関係についてお話しします。

 病気、すなわち体の不具合は何らかの形で、またいろいろな意味で必ず起こります。ただし、その多くは現代社会の暮らしによるところがあります。そのため、現代社会の暮らしに対する提言を最後にしたいと思います。



 病気は体の不具合で、原因や種類はいろいろあります。昨今の新型コロナウイルスのような感染症もあります。感染症はウイルスが体に寄生して、私たちの体を搾取して自分たちが増える、つまりパラサイト、寄生者です。病原菌、ウイルス、原虫などの、小さい微生物が原因となり、それが人に寄生して起こる疾患です。これは個人がそれに対してどれほど耐性、抵抗性があるかなど、その人の持っている遺伝的な資質なども少しは関係しますが、だいたいは降ってきた災難として罹ることになります。病原体と接触することが、広まることの一番の原因です。

 その次に、病気とはいっても、「生活習慣病」と呼ばれるタイプの病気があります。これは、パラサイト、すなわち病原菌ウイルスなどがきたわけではありません。例えば食事の構成や、どんな寝起きをするかなどの毎日の暮らしの仕方が全部絡まって、私たちの体が本来のようにきちんとは働かなくなることです。これは、まさに生活習慣がもとになった不具合です。

 また、そこに遺伝子の変異や、個人がどんな遺伝子を持っているかが関係しているものもあり、例えば2型糖尿病や、ある種の乳がんなどを発症しやすい人がいます。これらは、自分の生活様式をドラスティックに変えることができれば、病気のリスクをかなり軽減することができます。しかし、この世の中で今、誰もが暮らしているので、それ(生活様式、環境)を変えるのは難しいでしょう。

 さらに、ある人が持っている遺伝子の変異によって、病気が引き起こされる遺伝疾患もあります。有名なのは、染色体の数が増えてしまうことで起きるダウン症です。ダウン症で生まれた子どもは、はじめから遺伝子の構成が変異を起こしているので、病気になってしまうということです。あとは、マルファン症候群やハンチントン(病)など、遺伝子の変異によって起きてしまう病気もあります。こういうものが遺伝疾患です。

 最後のがんですが、細胞が増殖して複製されるときの何らかの変異によって起こります。たいていは除去されたり、遺伝子が修復されたりすることが多いのですが、年齢とともに異常増殖する細胞が出てくる可能性が上がります。そのため、長生きすれば、がんが発生する確率が上がっていきます。こういうことには、個人がどういう遺伝子型を持っているかが少しずつ関係していて、がんを防ごうと思ってもそんなに簡単に防げるようなものではありません。

 この中では、感染症が防ごうと思えば、一番可能性が高く、手を一生懸命洗うなどいろいろ方法はあります。ただ、病気の原因はそれぞれ異なりますが、どれも生活している間に体に不具合が起こるのです。
 

●人類の進化から私たちの体の状況を考える必要がある




 人類の進化と病気がどういう関係にあるかについては、主に「進化医学」で研究されてきました。歴史はそんなに古くなく、1990年代以降に、そういう観点から病気をみてみようということで、進化医学が発展しています。

 進化を考えるときに、私たちの体がどんな状況で進化してきたのかを考える必要があります。私たちの体のいろいろなつくりや機能は、文明生活、すなわち先進国の快適な環境下で進化したわけではありません。何万年、何十万年、何百万年にわたる人類の暮らしに適応して、この体ができたのです。そういう人類進化史の中で、ヒトが暮らしていた環境とは、どんなものだったのかをまず知らなければいけません。

 そこを原点にして、文明が起こり、人口が増えて、環境がいろいろと変わってきました。その環境に毎世代、何とか対処して、人類が繫栄しています。文明によって変わってきた環境は、もとの環境とはかなりずれてきていて、それによっていろいろなことが生じていることは、やはり知っておいたほうがいいと思います。

 私はこれまで何回か人類進化についての話をしたと思います。人類進化史における99パーセントは狩猟採集生活でした。つまり、定住ではありません。食料を何とか獲得しないといけないので、歩き回って、狩猟をして肉を取る、あるいは根っこを掘ったり、葉っぱや果実を摘んだりして食物を集める。電気も何もないので、全部自力でやるのです。そうして集めたものをキャンプに持ち帰って、火を焚いて調理をする。キャンプで焚いた火を共有して、皆で調理をする。こういう生活だから、食べられるものは何でも食べる。よって、食品の数はすごく多い。定住しないので、あるところで食料が取れなくなってきたら、またどこかに歩いて、それを取りに行く。

 つまり、食料を取るために毎日よく歩くのです。少人数で移動して、食べるものがなくなってくると、分かれて別々のところに行ったり、あるいは一緒に集まったりして、離合集散します。電気もガスも水道もない生活で、水も薪も何もかも自分たちで集めて、掘っ立て小屋のようなキャンプに差し掛け小屋を作って、そこで火を焚きます。そして移動するので、最小限のものをまとめて、背負って歩いていきます。

 そういうこと全部を、基本的には誰もができないといけません。したがって、現代社会のように「私はこれしかできません」ということは通用しません。「私は電車もコンピュータも作れません。コンピュータを使ってはいますが、壊れたら何もできないので、どこかに修理に出します」というように、現代社会は完全分業で、「私一人では全部はできない」ということです。しかし、狩猟採集生活では皆、基本的に何でも自分でできますし、むしろできないといけません。食料を取ったり、火をつけたり、薪を持ってきたり、差し掛け小屋を作ったり、子どもを世話したり、あるいは一応病気を治したりということもできないといけません。特に何かに特化している人もいますが、基本的には皆、全部できないといけません。そして、よく動くのです。

 こういう生活の中で、人類進化史の99パーセントを過ごしてきて、最後の1万年前に、農耕と牧畜、定住生活が始まりました。そこから先に、都市が生まれ、文明が発達し、分業ができ、階層ができるということで、生活が激変します。

 何度もいいますが、それは進化史の本当に最後の変化です。すごく短い期間で、こんなに変化が起こりました。そのため、私たちの体がそれについていかないということはたくさんあるのです。



 いつも上の図を出すのですが、チンパンジーと分かれて600万年前に人類ができました。その最後の20~30万年前に、ホモサピエンスである私たち自身が出現しました。

 その20万年の中の最後の1万年を拡大すると、最後の1万年の間に、農耕と牧畜が始まり、何千年前かにいろいろな文明が始まり、最後の100~150年前ぐらいに産業革命が起こりました。

 そこをまた広げて拡大してみると、戦前に電気や電話、飛行機や自動車などが少しずつできて世の中に出ていくのですが、全員がそれを使うことはまだまだありませんでした。

 それから、抗生物質ができたり、家電製品が山のようにできたりするのは戦後です。今は戦後70年くらいたちましたが、パソコンや携帯はこの10~20年くらいの間に普及し、本当にものすごい速度で生活が変わりました。これが当たり前ではありません。私たちの体が進化してきたのは、先ほど言ったような狩猟採集生活の中です。自分でとって、調理して、いろいろなものをたくさん食べていました。また、いろいろなことを自分でやって、歩いて移動しながら暮らしていました。電気がないので、夜明けとともに起きて、日が落ちれば焚火を焚いて、その内に寝るという生活でした。

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