高度成長で縁起物から害虫に ゴキブリと人間の50年格闘史

 姿を見かけると悲鳴をあげられ、問答無用で駆除の対象となるゴキブリだが
日本で“虫”て認知され..........
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[アメーバニュース]                

姿を見かけると悲鳴をあげられ、問答無用で駆除の対象となるゴキブリだが
日本で“害虫”として認知されるようになったのは、約50年前、高度成長期
のころからだった。

 アフリカ原産のゴキブリは、温かく食べ物がある場所でなければ生存
できない。高度成長期より以前の日本では、食べるものがふんだんにあり
保温性が高い場所を確保できる豊かな家でなければ
ゴキブリは生きられなかった。

 実際に、大正11(1922)年につくられた童謡「こがねむし」は「こがね虫は
金持ちだ 金蔵たてた蔵たてた」と歌い出すが、このコガネムシは緑色に輝く
夏にあらわれる昆虫のことではない。作詞した野口雨情の出身地では
チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び、現れると金が貯まる
縁起物とされていた。

 ところが、日本の住宅事情が改善され人々の生活が豊かになると、特別な
金持ちの家に限らずゴキブリは出現するようになった。すると、縁起物の地位
からすべり落ち、細菌やウイルスを運ぶ“害虫”と考えられるようになった。



  50年ほどのゴキブリ駆除の歴史のなかで
          日本人はさまざまなチャレンジをしてきた


 殺虫剤をくん煙させ、隙間に入り込んでも追いかけて駆除する製品が発売
されたのは1961年。少し置いて1968年にはエアゾール式製品が登場し
家じゅうを殺虫剤でいぶさずとも手軽にゴキブリ駆除に取り組める
ようになった。そして、1970年代には、ゴキブリを捕獲して取り除く
捕まえたことを確認できる装置が流行する。





  使用する殺虫剤の成分は変化したものの、多くは上記3タイプに分けられ
ていたゴキブリ駆除商品に、新しいタイプが登場したのは1980年代半ば。
日本におけるゴキブリ駆除の歴史が始まった当初から、農家などには伝
えられていた「ホウ酸団子」が主婦の間に口コミで広がり、ブームとなったのだ。
これをきっかけに、殺虫成分入りのエサを食べさせる毒餌剤が新たに加わった。

 さまざまなタイプを生んできたゴキブリ駆除商品だが、すべてのタイプに対して
一貫した変化の傾向がある。人への安全性を、より重要視していることだ。

 有機塩素化合物を殺虫剤として使用することで始まったゴキブリ駆除商品
だったが、環境問題への関心の高まりとともに、使用する薬剤は、より人体へ
の心配が少ないものへと変化していった。いまや、この春に発売された
「ゴキブリ凍止ジェット」(フマキラー)のように「殺虫成分ゼロ」が最先端の
駆除商品だ。

 温かいところでなければ生きられないゴキブリの性質を利用し、冷却効果で
動きを瞬時に止めるため、使用しているのは噴射ガスだけなので、殺虫成分
が必要ないのだ。

「マイナス75度(※降下温度。条件により異なります)の冷却効果で、動きを
瞬間的に停止させます。使用するのは冷却ガスのみ。成分がガスだけなので
噴霧後にすぐに乾き、ベタツキ汚れが残りません。まさに”究極のクリーン
処方”と言えますから、冷蔵庫の近くのような食品まわりや、寝室、子供部屋
でも安心して使えます」(フマキラー商品開発担当者)



  ゴキブリには厳しいが、人にはやさしいという 
         駆除商品のトレンドが しばらく続きそうだ。

 


 

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