有限な世界で無限を求める -2ページ目

希望はすばらしい。

さっきショーシャンクの空に見たけど、すばらしいね。


まぁ、今年2010年も終わる。


なので、今年を振り返る。


結論として、今年はたぶん人生の中で自分の成長を意識として一番実感できた年であるとともに、自分の哲学を再形成し、体系化できた年だと思う。


3月。北京大学に短期留学。


初めて一人で海外に行ったということでいろいろ大変だった。


でも、ここでの経験が現在の自分とこれからの自分について考えるきっかけをくれた。l


4-7月。村上春樹をひたすら読んだ。


別に村上春樹の本のストーリーが好きなわけではなく、言葉遣いと所々出てくるフレーズがたまらなく好き。


あと何人かの登場人物。


でも自分にとって一番重要だったのは、彼の作品を通して、自分で何か問題設定をして、それに対する自分の解をひたすら追求したこと。


村上春樹の本は人間の精神的な部分を扱うから非常に深い思考ができた。


結果、自分の頭の深いところを使えるようになった。


村上春樹の本でこういうことをしたことに意味があったと思う。


それと同時に北京から帰ってきてずっと自分のことについて悩んでた。


少し精神的にやられてたのかも。


この4ヶ月は今考えるとスタンフォードでの経験を自分の中に消化するために必要なステップだったね。


8月。スタンフォード大学に短期留学。


ここでの体験は自分の人生を変えたと思う。


ほんとにいろんなことを学んだ。


さまざまな人と友達になれた。


詳細は前書いたしいいや。


9-10月。サッカーしたり、勉強したりって感じ。


意識の持ち方はよかったと思う。


11月。ゼミ決まる。


たぶんこのゼミで自分を成長させられると思う。


ゼミはきついだろうけど、今は不安より期待のほうが大きい。


こんな感じかな。





とにかくスタンフォードでのことは自分に大きな変化をもたらした。


今年は「ためる」年って決めてたからそれができてよかった。


来年は自分を飛躍させることができるといい。




毎日が毎日の続きみたいだ。

やれやれ。

バイトは疲れるね。

特に目。

まぁ、いたしかたない。

今日は生活の効率が悪かった。

もっと効率を上げていきたい。

今日小説は娯楽って誰か言ってたけど、ちょっと違うと思う。

小説には確かにある意味では娯楽だと思う。

でも、読み手次第。

表面的な内容が面白いか面白くないかの価値観でだけ読むのは良くない。

作者の作品から自分なりに作者のメッセージらしきものを読み取って、(それが作者のホントのメッセージかは関係ない。)さらに自分の考えを作っていく。

その過程が1番面白いと思う。

そして大概いい小説は普段自分が考えないこと、もしくは違った見方からものを見させてくれる。

さらに言えば、いくつかの小説は全員に理解される必要がないと思ってる。
(安部公房とかね。意味わからんもん。でも、発想のすごさは分かる。)

だから、頭使う。

小説は自分の頭を深化させる。

だから、読書は好き。

そして、それを教えてくれたのは村上春樹。

平易な言葉が多いけど、言ってることは難解。

もうすぐ駅に着く。

そろそろカラマーゾフにリベンジしようと思う。

じゃっ。

スタンフォード⑮


やれやれ。


もう日本に帰ってきた。


時差ぼけのせいで寝れない。


困る。


まぁいい。




今回のプログラムは自分にとってどうだったのか少し整理する意味をこめてここに書くことにする。


読んでいて、いらいらすることがあると思うけど、いやになったら読まなければいいと思うので気にせずに書こうと思う。


抽象的な結論を恐れずに最初に書くならば、「ある部分においては、これからの自分がやらなけばならないことを知り、それと同時に、別のある部分ではこれからの自分がどうなるのか分からなくなった。」ということになる。


(しかし、この結論が自分の得たもの、感じたものをすべてを表しているとは思わない。


じゃあ、それでは結論じゃないって言われるかもしれない。


しかし、たった2~3行の文で表現しきれることしか得てないのならば、たいしたものではなかったのではないかと思う。


じゃあ、もっと長く結論を書けと言われるかもしれない。


それについてはめんどくさい気持ちと他人にすべてを話すことはないという気持ちから来る。


さらに付け加えれば、自分の文章力のなさからも来る。)


前者の部分についてはこのプログラムを通して、自分の無力さを最初の1~2週間で思い知ったことからくるものだと思う。


これらについては明確な解決策はなく、自分がいかに正しい努力するかにかかっている。


努力ではなく、正しい努力じゃなきゃいけない。


もう大学2年生の夏を終えた僕にはあまり時間がない。


走るしかない。


これらが何であるかについては自分の頭と心にだけ留めておきたいので、正直に言ってここに書きたくない。


言葉にしてここに書くことで失われるものがある気がする。


後者の部分については、このプログラムを通して自分の視野が非常に広がったことを感じる。


自分のなかで若干定まりつつあったものが破壊された。


ふりだしに戻ったというのだろうか。


いや、この表現は正しくない。


単純にふりだしに戻ったのではなく、多くの選択肢を手にして戻ったのだと思う。


これはいいことだ。


100ある選択肢の中から選んだ選択肢と、10000ある選択肢の中から選んだ選択肢が仮に同じものだとしても、ここには大きな意味の違いが存在する。


その意味においてこのことはいいことだったと言える。


これからの自分が分からなくなったっていうのはいい意味で分からなくなったということである。


だから結論は自分の現在地を知ったと同時に自分見てる地図が拡大したとでもいうのかな。


たとえうまくねー。


村上春樹の足元にも及ばねー(そもそも例えの質が違うか)



次にじゃあ、なせ視野が広がったのだろう?


アメリカに行ったから?


もちろんそれもあるだろう。


今回シリコンバレーのど真ん中にあるスタンフォードに行ったことの意味は大きかったと思う。


確かにこれは大きな要素だけど、一番大きな要素はこれではない。


一番大きな要素は、多くのいろんな人に会って話しができたことだと思う。


ほんとに様々なことを経験してきたり、考えている人がいた。


そういう人と話してみることを通じて、新しいものに触れることができたし、自分の持ってた考えも深化した。


だから、視野が広がった。




ほかにも様々なことを感じたけど、ここに書くのはこれくらいにしようと思う。


だいぶもやがかかった文章になったと思うけど、そこは許して欲しい。


さっきも言ったけど、自分の中だけに留めておきたいこともあるので、こういう文章になってしまった。




明日は久しぶりのサッカーか。。


たぶんつるな。


しかたない。


じゃっ。