黒チョコボに乗ってトロイアの大森林に戻った4人。再びこのモンスターの蔓延る森林を歩いてトロイア城へ戻る道がダークエルフとの死闘の後の4人にとって行き道以上に疲弊するものであることは承知していたものの、実際にその状況に置かれてはじめてその意味を実感した。4人がトロイア城の城門に到着したのは磁力の洞窟を出てから6日目だった。

 

 セシル達は門番に何も言うことなく城門をくぐった。門番は4人が数日前ここを出る前に見せた小綺麗な姿と打って変わり、土埃や血などで汚れている姿に目を細めながらも、彼らが城門をくぐるのを止めようとはしなかった。

 

 神官の間に入ったセシル達を待っていた大臣もまた、4人の姿を目にすると眉をひそめた。他方、壇の上に佇む8人の神官は一切眉を動かすことなく4人を見た。

 

 セシルは大臣の態度を気にすることなく彼女に近づくと、所々に乾いた血のこびりついた右手に持ったクリスタルを手渡した。

 

 大臣は受け取ったクリスタルをまじまじと見つめた後、神官の1人にうやうやしく手渡した。

 

 その神官はクリスタルを覆い包むような目で見た後、視線を4人の男達に向けた。

 

神官「ご苦労様でした。」

 

 事務的な言葉の中に優しさを感じさせる労いの言葉。

 

 神官は壇から下りると、セシルの前に足を進めた。

 

神官「約束ですからね。」

 

 神官は白い両掌に乗せたクリスタルをセシルに差し出した。

 

 セシルは何も言わず、黒く汚れた手でクリスタルを受け取った。

 

 セシルはクリスタルを受け取ると、おもむろに踵を返そうとした神官に声をかけた。

 

セ「・・・ひそひ草から流れてきたあの“音“は何だ?」

 

 セシルの言葉を聞いた神官は足を止めた。

 

神官「・・・ああ、“あれ”ですか。」

 

 神官は心の迷いが現われた目つきで振り返った。

 

神官「あれは・・・ダークエルフの力を抑える音楽らしいのですが。」

 

 何かを隠そうとする神官の心理をセシルは見落とさなかった。

 

セ「・・・誰が流していたんだ?」

 

大臣「無礼じゃぞ!」

 

 詰め寄るセシルに対し、大臣が割り込むように言葉を挟んだ。

 

神官「・・・いいのですよ。」

 

 神官はうっすらを笑みを浮かべて大臣を諭した。

 

神官「あれは・・・ギルバート王子が奏でたものです。」

 

 セシルは目を細めた。

 

セ「ギルバート王子がここにいるのか?」

 

 セシルの質問に答えない神官の視線は、セシル達の背後にある扉に向けられてた。

 

 セシル達は「キィ」と扉の開く音のする方へ視線を移した。そこには技師らしき服装の若い男2人と頬の側で長い金髪を揺らす色白の男が立っている。

 

 若い男の2人はシドの顔を見ると目を丸くした。

 

技師「お、親方!?」

 

シ「・・・お前達!!」

 

 2人の技師。彼らはダムシアンでギルバートの護衛としてギルバートと共に旅立ったシドの弟子だった。シドは愛弟子の無事な姿を見ると、2人の側へ駆け寄った。

 

シ「よくやったな!ご苦労じゃった!!」

 

 シドは大きな両手で2人の頭をかきむしるかのような勢いで撫でた。そして、シドはこの2人がダムシアン王に言った言葉を思い出しながら、力強く抱きしめた。悲しいわけではない。苦しいわけでもない。シドの腕から伝わる温もりに触れた2人の目から涙が零れた。

 

 

 

ギ「失礼しました。皆さんが戻って来たと聞いたものですから。」

 

 ギルバートは神官に対して頭を下げた。

 

ギ「その件に関しては、僕から説明した方が良いかと思いまして。」

 

 女神官はギルバートからの進言を許諾するかのように、静かに目を閉じた。

 

 ギルバートは優しい眼差しをセシル達に向けると、そっと話し出した。

 

ギ「あの音楽は“光の旋律“なのです。」

 

カ「“光の旋律“?」

 

 聞き覚えのない言葉にカインが反応した。

 

ギ「ええ、ダークエルフは光の力に弱いですから。」

 

セ「・・・それで、奴に、その“光の旋律“とやらを聞かせるために、ひそひ草を袋の中に入れていたのか?」

 

ギ「ええ。もしも、あなた方が来れば間違いなくダークエルフのもとへ行くだろう、と聞いていたものですから。」

 

セ「“聞いていた“?どういうことだ?」

 

 薄汚れたセシルの表情が険しさを増した。

 

ギ「テラ様から聞いていました。必ずあなたが、本物のセシルさんが来ると。」

 

 陶器のように美しいギルバートの表情に優しい笑みが浮かんだ。

 

セ「つまり・・・クリスタルを盗んだのがダークエルフだと知っていたのか?俺達には犯人が誰だか“はっきりしない“と言っていたが。」

 

 神官は目を閉じたまま何も答えない。

 

ギ「セシルさん。神官を責めないでください。やむを得ないことだったのです。」

 

 セシルはギルバートを睨みつけた。

 

ギ「エルフはこの森と共に生まれたと伝えられています。そして、エルフが滅亡すればこの森も滅びるとも。現在のエルフの数は数えるほどになっていると言います。トロイアにとってエルフはクリスタルと同様不可欠の存在なのです。そのエルフが何らかの理由で闇に染まってしまった。トロイアとしては何とかして救わなければならない。しかし、そのエルフがクリスタルを盗んだのではないかとテラ様がおっしゃられた時、神官の方々は選択できない選択を迫られたのです。」

 

カ「・・・クリスタルのためにエルフを手にかけるか、エルフを護るためにクリスタルを奪還しないか・・・」

 

 カインのつぶやきに反応するかのように、ギルバートは静かに頷いた。

 

神官「トロイアの神官がエルフに手を出すことなど、前代未聞のことです。トロイア神官としてこれ以上の背信はありません。しかし、セシル殿が言ったように、このままではバロンの手によりトロイアは・・・いえこの森は死に絶えるでしょう。先日もバロンの手の者が水源に毒を流そうとしたのです。幸い大事に至りませんでしたが、このままではトロイアが滅びるのは時間の問題でしょう。そう、あなたが言ったように。その通りなのです。」

 

セ「・・・」

 

 セシル達が北東の洞窟へ向かった日、神官が“光の旋律“のことを事前に説明しなかったのは、「使わなくて済むならば、使いたくなかった。」という意図の現われだった。説明すればより安全な方法でクリスタルを奪還するために“光の旋律“を使うことになる。しかし、できる限り“それ“は避けたい。その意図はセシル達の命よりも、そしてクリスタルの奪還よりも、エルフの命を優先した結果であった。しかし、もしもセシル達が危機に陥れば“光の旋律“を奏でるという算段を組んでいた。そして、セシル達の危機を感じ取った神官は、意を決してギルバートにエルフを死地へ招く旋律を奏でることを依頼した。これが、選択できない選択の回答だった。

 

 間違っているとまではいえないが、正解ともいえない選択。そもそも正解のない選択。たとえ不本意であったとはいえ、自分達の命を危険に晒そうとした神官に対するセシルの嫌悪感は消え失せていた。

 

神官「・・・あと、皆さんにお伝えしなければならないことがあります。朗報と言っていいのかは分かりませんが。」

 

カ「朗報?」

 

神官「ローザさん、あなた達のお知合いですね?」

 

カ「ローザ!?ローザがどうしたのです!?」

 

大臣「これ!無礼者!」

 

 神官に詰め寄ろうとするカインと神官の間に、大臣が割り込んだ。

 

カ「あ、ああ・・・失礼した。」

 

 カインは一瞬とはいえ取り乱してしまったことを恥じた。

 

神官「ローザさん、あなた達が北東の洞窟へ行っている間にここへ来たのです。」

 

カ「ローザがここへ・・・?だが一体どうして?ローザはゴルベーザ―に捕まっていたと思っていたが・・・」

 

 神官はローザがトロイア城へ来た理由、そしてローザがファブールへ向かったことを伝えた。

 

 

 

 神官の間を出た4人は、数日分の疲労と傷を癒すために、トロイアで一晩を過ごすことにした。

 

 トロイアの城下町にある宿の一室に入った4人は緊張の糸が切れたかのように疲労に襲われた。セシルとカインは汚れた皮鎧を脱ぐと、棒切れのようにベッドに倒れ込んだ。

 

シ「わしらより若いくせにしょうがない奴らじゃて!」

 

 シドは椅子に座ると、疲弊しきった2人の“子供“をニヤケ顔で見下ろしながら、数日ぶりのパイプを楽しんだ。

 

 ヤンも椅子に腰かけると、誰にというわけではない問いを投げかけた。

 

ヤ「それでは、一旦ファブールに戻る。それで良いのだな?」

 

セ「・・・ああ。」

 

 セシルはベッドに顔をうずめたまま力なく返事をした。

 

カ「ローザはどうする?」

 

 カインはベッドから体を起こすと、セシルに問いかけた。

 

セ「・・・一緒に来るんじゃねえか?」

 

カ「同行させれば、かえって危険な目に遭わせることになるだろう?」

 

セ「・・・もう遭ってるだろ?」

 

 セシルはゆっくりと体を起こした。

 

セ「これからのことを考えれば、白魔道士であるあいつの力が必要になるだろう。それに・・・」

 

カ「・・・それに?」

 

セ「『来るな』って言っても付いて来るだろうよ、どこまでもよ、あの“おせっかい“は!」

 

 セシルはそう言い放つと再びベッドの上に寝転んだ。そして、今日までの疲労と明日からの心労に挟まれて、セシルは深い眠りに就いた。